10代から20代の若者が探査報道に挑戦するプロジェクトが始まってから、9カ月が経過しました。今、3人の受講生が作品の完成にむけて奮闘中です。
私がこの9カ月間、取材を続ける受講生を見ていて感じるのは、教師からのいじめに遭った友人や生まれ育った街の住人の孤立など、犠牲者の置かれた状況を少しでもよくしたいという思いが原動力となっていることです。
2022年6月の合宿でプロジェクトがスタートして以来、受講生はどのようなテーマを選び、時に葛藤しながら取材を続けてきたのかをお伝えします。
取材で得た資料について説明する受講生の今井直人さん
家庭で虐待に遭った友人のために/上智大学2年 熊西叶乃
熊西叶乃さんの取材テーマは、「家庭内虐待から逃れられない18歳以上の若者」です。取材を始めたきっかけは、友人が虐待を受けていると知ったことでした。
18歳以上になると、家庭内で虐待を受けていたとしても、児童福祉法の対象から外れてしまうため、保護を受けられません。保護の対象がなぜ年齢で区切られてしまっているのか、18歳以上の被害者を救済する手立てはないのかを探るのが目的です。
しかし取材を進めると、虐待問題を担うはずの厚生労働省は18歳以上の虐待被害の実態に関する統計を取っていないことがわかりました。
そこで熊西さんは、被害者の実態をより知るためのアンケートを自前で作成し、被害者の声を集めています。現在25人分の回答が集まり、被害の実態が見えてきました。
熊西さんが当初戸惑ったのは、18歳以上の被害者を救えない責任を誰に問うべきかでした。行政をはじめ、この問題に関係する人たちは個人的には悪い人ではないと感じたからです。
熊西さんは、定期的にZoomで開催している取材の相談会で、この疑問をTansa編集長の渡辺周に聞きました。
渡辺は、被害を引き起こしている構造をしっかり取材し報じることが大切だということを、探査報道シリーズ「強制不妊」を例に挙げて説明しました。
日本政府は戦後、旧優生保護法のもと障がい者の排除を目的に1万6500人を超える男女に対して強制的に不妊手術をしました。行政だけではなく、医師や裁判官、新聞社やNHKの幹部までが加担しました。個々人は決して悪人ではありませんが、1つのシステムの歯車としてそれぞれが稼働する時、被害は甚大なものとなります。歯車ですから、一人一人の責任感は希薄で個人を追及しても捉えどころがありません。システムの欠陥を明らかにすることが重要です。
熊西さんは、時々Tansaの事務所にも足を運んでいます。熊西さんの担当講師である辻麻梨子に、アンケートの内容や取材の相談をするためです。
記事の執筆に向けて、児童相談所や専門家への取材を重ねていきます。
ふるさとのコミュニティを壊した責任を追及/社会人 今井直人
唯一の社会人で20代の今井直人さんは、仕事上学生から相談を受けることも多いため、受講生にとって頼りになる存在であり、ムードメーカーでもあります。
今井さんは、神戸市長田区の出身で、1995年の阪神・淡路大震災後の新長田南地区の再開発について取材をしています。
神戸市は、震災後にわずか2カ月で新長田地区の再開発を進めました。ところが、新長田南地区では再開発によって転居を余儀なくされた住民がコミュニティを失い、孤立。今井さんは、わずか2カ月で再開発計画が推し進められた理由に焦点をあて取材をしています。市はきちんと再開発計画の失敗を認め、検証するべきだと今井さんは考えています。
2022年6月に行ったユース合宿でテーマ決めをした時、今井さんはこの題材をテーマとするかどうか迷っていました。神戸市役所と仕事上で連携することもあるからです。
しかし、市が転居した住民の孤立には向き合わず事業が成功したと主張していることを知り、取材を始めることを決めました。
仕事と探査報道の両立は大変ですが、生まれ育った街のため、市民のためなら頑張れると今井さんは言います。
開発計画の経緯を知るために神戸市への情報公開請求も行っています。
「全員こうあるべきだ」の価値観に抵抗/叡啓大学2年 成毛侑瑠樺
成毛侑瑠樺さんは、学校での教師による生徒へのいじめを取材しています。取材では、教師からのいじめを経験した女性の「人生が壊れた」という言葉に触れ、事態の深刻さを痛感しています。
体罰や暴言の根底には、教師が生徒に対して「全員こうあるべきだ」という価値観の押し付けがあると考えています。
成毛さんは、学校へ行かなかった経験があります。当時から、日本の社会では学校へ行かないのは悪いと決めつける風潮があり、成毛さんも悩まされました。そのことがきっかけとなり「全員こうあるべきだ」という価値観をなくすための活動を、高校生の時から続けています。
成毛さんはこれまでに、教師からいじめを受けた被害者の女性だけではなく、虐待をしたことのある教師にインタビューを行いました。
この問題を根本的に解決するには、教師個人を責めるのではなく、教師が自分の価値観を生徒に押し付ける原因が何かを取材で明らかにする必要があると、成毛さんは考えています。
「疑い、調べ、発信する」習慣を若者に
Tansaがユース合宿プログラムを始めた目的は、探査報道のスキルとマインドセットを身につけることを通じて、自ら考え行動に移すことができる若者を育成することです。子どもの時から知識をそのまま受け入れることに慣れてしまっている若者たちには、自ら疑い、調べ、発信するという習慣を身につけることが大切なのです。そういう若者が、情報が氾濫する一方で大事な情報は隠される日本では特に必要です。日本の市民社会にエネルギーをもたらします。
取材に関する相談や探査報道に必要なスキルやマインドセット、取材のポイントは都度伝えますが、実際に取材を進めるのは受講生自身です。学業との両立が難しくなったり、探査報道の難しさを実感したりして、参加を辞退することになった生徒もいます。ユース合宿が始まった当初は、10人の受講生が参加していましたが、現在は3人となりました。
Tansaは引き続き受講生の探査報道作品の完成に向けて、伴走していきます。応援よろしくお願いします。
受講生へのインタビュー動画は、こちらからぜひご覧ください。
✳︎このプロジェクトは、公益財団法人ウェスレー財団とNPO法人まちぽっとからの助成を受けて実施しています。
Tansaユース合宿一覧へ