編集長コラム

自分の親が同じ目に遭ったら(120)

2024年07月13日15時28分 渡辺周

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最高裁が7月11日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者だった女性が1億円超の献金をし、「教団に返金を求めない」と書いた念書について、「無効」だと判断した。女性の娘が、「母親は違法な勧誘で献金をさせられた」と教団側を訴えていた。

女性は熱心な信者だった上に、念書を書いて献金した半年後に認知症と診断されている。献金をした際はすでに判断力が低下していた。最高裁は次のように指摘した。

「信者らは念書の締結を終始主導し、合理的な判断が困難な状態を利用して、一方的に大きな不利益を与えた」

この指摘を見て、本質は新聞の高齢者への押し売りと同じだと思った。

Tansaは2020年に、シリーズ「高齢者狙う新聞販売」をリリースした。認知症の高齢者が押し売りの標的にされ、まさに「合理的判断が困難な状態」につけ込まれた。

私が取材した女性の母親(84)は、読売、朝日、産経、毎日の4紙を契約していた。月11万円ちょっとの年金で暮らしており、「合理的な判断」とはいえない。認知症が進行していた。

同じ事例が横行しているのではないかと考え、国民生活センターに情報公開請求した。センターには月100件超、高齢者への新聞の押し売りに関する相談が寄せられていた。

「脳梗塞を患い、認知症でもある母親が、理解しないまま2社契約していた。販売店に問い合わせると恫喝された」

「介護施設でヘルパーをしているが、認知症の利用者が強引に契約させられ、代わりに解約交渉をしているが不安になった」

「目が見えず認知症気味の妻が新聞の契約をし、現在同じ地方紙が2部入っている。1部でいいが、販売店が応じない」

これらの相談は、家族や介護ヘルパーによるものだ。独居で被害に遭っている場合、本人が相談してくることはできない。明らかになっている事例は氷山の一角だ。

ところが、新聞各社は自身の問題として検証せず、目を背けている。

他者のことであれば、めっぽう強い。

例えば、かんぽ生命と日本郵便が高齢者に対して強引に保険を契約させた問題。新聞各社は社説で批判した。

読売新聞(2019年12月19日付社説)

顧客への虚偽説明などの法令違反や、高齢者の契約時に家族を同席させないといった社内規定違反の疑いがある契約は、過去5年で約1万3000件に達した。 

顧客本位の営業姿勢を徹底するには、一から出直す覚悟が必要だ。

朝日新聞(2019年12月29日付社説)

日本郵政の長門正貢(まさつぐ)社長らグループの3社長が辞任を表明した.高齢者らの郵便局への信頼を食い物にした不正の実態と、グループの統治が機能不全に陥っていた状況に照らせば、当然の判断だ。

傷ついた信頼を回復するのは容易ではない。まずは企業統治を回復し、法令や社会規範を順守する、「顧客第一」の風通しの良い組織にうまれかわる。民営化のゴールに向かうためにも、それが第一歩だ。

このような社説を書きながら、なぜ自身のことには口をつぐむのか。

自分たちに不利なことからは、何とか逃げようとしていることは明らかだ。しかも部数が急速に落ち込んでいる。「貧すれば鈍する」状況に陥っているのだろう。

だがより深刻なのは、新聞社で働く一人ひとりの想像力の欠如だ。

自分が子どもの頃は頼もしかった親が、日増しに弱っていく。離れたところで暮らしていたら、いつの間にか新聞を何紙も取らされている。なんでこんなことになったのかと親に聞いても、うつむくばかりで答えられない。

高齢者への新聞の押し売りは、金銭だけではなく本人の誇りまで奪う。

自分の親が同じ目に遭ったらどう思うか。一考してほしい。

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