編集長コラム

「記者クラブなしでスクープをとれるか?」に答える(122)

2024年07月27日14時38分 渡辺周

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年に3、4回くらいは大学に呼ばれて、ジャーナリズムについての講義をしている。聴講する学生には、新聞社やテレビ局などマスコミへの就職希望者が結構いる。私はマスコミに就職することと、ジャーナリストになることとは同じではない。むしろ、真逆だということを話す。

先日、立教大の授業で話をした時は、記者クラブに取材拠点を置くことの矛盾を説明した。

記者クラブは、役所や警察の中のフロアにある。記者クラブに所属している社の記者は、庁内での取材や資料提供など様々な特権を得る。

では記者クラブに所属して、その記者が楽をしているかというと、そんなことはない。他社の記者よりも自分の方が優秀であることを示そうとし、悪戦苦闘する。優秀さを示す目的は、大抵が社内での評価を得ることだ。

マスコミでは「当局に食い込む」記者が、優秀だと評価される。「食い込む」とは、要は「気に入ってもらう」ということ。気に入ってもらうため、役所や警察幹部の自宅を「夜討ち朝駆け」して、「一生懸命な記者」をアピールする。媚びて相手の機嫌を取る。

対価は「明日わかることを今日報じる」ための情報だ。「逮捕へ」、「方針を固めた」というフレーズを、記事や番組でよく見聞きすると思う。「逮捕へ」というフレーズで記事データベースを検索したところ、この1年で1252件ヒットした。「方針を固めた」は何と1万1308件。記者たちの膨大なエネルギーが、この種の競争に割かれている。

不毛な競争でマスコミの記者が疲弊するのは、自業自得だ。しかし社会にとって危険なのは、権力者たちはこういう記者を、世論を誘導するためにしばしば利用することだ。権力を監視するというジャーナリストの使命と、記者クラブを拠点にした取材とは根本的に矛盾している。

「提灯記事」を書く記者に情報は集まらない

立教大の講義では、記者クラブの愚を説明する一方で、探査報道の役割も語った。「暴かなければ永遠に隠蔽される事実を、深い取材で掴む」。そういう趣旨だ。

質疑応答の時間になって、ある学生が質問した。

「事実を掘り起こすには、相手の深いところへアクセスする必要があると思うのですが、記者クラブなしでそれが可能なのでしょうか」

本質を突いた質問だと思った。答えは「可能」だ。

どんな職業も社会に必要だから存在する。政治家だから悪いとか、警察官だから批判するべきだとかいうことはない。職業上の使命に反する行為が、組織や業界であった時が問題なのだ。

ジャーナリストは、それぞれの職業に対する敬意があるからこそ、不正を追及しようとする。心ある人は事態を改善するため、こうしたジャーナリストに協力する。逆に、提灯記事しか書かない記者クラブの記者には近づかない。

印象に残っている言葉がある。

その人が所属する組織は不正にまみれていて、取材に協力してくれた。一連の報道で改革への道筋がつき、今日で取材も終わりという日、その人は私との別れ際に言った。

「渡辺さん、今度はいいことで取材に来てくださいね。ちゃんとしておきますから」

Tansaには今、探査報道に専念しているのは私を含めて3人しかいない。それでもスクープを出し続けられるのは、我々と同じ思いを持った各分野の人たちとのネットワークがあるからだ。

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