編集長コラム

「聞いてねーぞ」の明暗(127)

2024年09月07日12時40分 渡辺周

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「聞いてねーぞ」と上司が騒ぎ出して、仕事に水を差される。組織で仕事をしていれば、多くの人が経験しているのではないだろうか。

そういう組織では、どの上司に、いつ、どうやって報告するかに神経を使う人がはびこる。相互不信に陥る。内向きのエネルギーを使うようになる一方で、社会とはズレていく。

先日、私の知らない間に仕事が進んでいるということがあった。「聞いてねーぞ♪」。内心、ニンマリした。

Tansaではシリーズ『自民支えた企業の半世紀』を走らせている。自民党は結局この50年間、献金してくれる大企業のための政治をしてきたのではないか。そのことを、約50年分の献金データを収集して問うものだ。政治資金規正法では3年で献金データを廃棄すると定めている。政府はデータを持っていない。Tansaの学生インターンたちが、官報からコツコツとデータを収集した。初回は、自民党に総額1億円超の献金をした企業が249社あったと報じた。

だが企業献金と並んで、もう一つ明るみに出さければならないことがある。団体献金だ。日本医師会など業界別の団体は、企業を凌ぐ献金をしている。収集したデータを概観しながら、キッチリやらねばと思った。

ただ、報じるためには収集データの整理が必要だ。これが超面倒くさい。他のテーマも並行して進めているので、なかなか時間が取れないまま、毎日が過ぎていった。

すると・・・。私が知らない間に、学生インターンたちが団体献金のデータ整理を始めていた。

脱「一匹狼」

私は2000年から16年間、新聞社で仕事をした。だがその後半からは、旧来の仕事の仕方が新しい時代に通用しないことに気づき始めた。Tansaを運営する今は、そうした手法を捨てていっている。新旧の報道機関を知り、時代の狭間に立っている私の役割だと思っている。

その一つが、「一匹狼」方式をやめることだ。

従来、組織に所属していても探査報道を担う記者の意識は、一匹狼だった。自分が追うテーマを独力で成就させる。秘密保持のため、情報はなるべく同僚に知らせない。組織で権限があるごく一部の人と、「縦のライン」で共有するだけだ。

だが今は社会が複雑化し、扱う情報の量もインターネットがなかった時代と比べて膨大になっている。一匹狼でできることは限られている。国際的な租税回避の実態を暴いた「パナマ文書」では、世界80か国、100を超える報道機関が協力した。

世界の金融詐欺ネットワークによる、株配当税20兆円の詐取の証拠「Cum Ex文書」は、ドイツの探査報道ニューズルーム「CORRECTIV」が入手した。だが文書は20万ページある。Tansaやイギリスの公共放送BBC、フランスの新聞社ルモンドなど16の報道機関が、取材パートナーとして協力した。

同じチームのメンバーとすら、協力関係を築けないようでは、インパクトがある仕事はできない。

Tansaでは毎週、専従メンバーに加え、学生インターンも参加して編集ミーティングを行なっている。そこでは、テーマごとになぜその取材が必要なのか、どうすれば壁を突破できるのか、リスクは何かということを共有する。全員、自分が担う仕事の意義を理解している。私の指示がなければ何も動かない組織ではない。

もちろん、情報管理は徹底する。Tansaに加入する際は、守秘義務についての誓約書を提出してもらっている。なぜ、情報管理が必要なのかを教え込む。情報源については、全員で共有するようなことはしない。

しかし、最も重要なことはチームの中で信頼関係を築くことだ。「あなたのために私は何ができるか」ということを、上司と部下という関係ではなく、同僚として互いに思っている。そういうチームになれば、情報を共有しても安心だ。何よりインパクトある探査報道を実現できる。

Tansaでは2週間に1回、ジャーナリスト育成のための勉強会も開いている。インターンという同僚のために、自分は何を伝授できるのか。ここは私の頑張りどころだ。

「Cum Ex文書」を入手した「CORRECTIV」と、その取材パートナー

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