編集長コラム

ピコピコレーダー(129)

2024年09月21日15時11分 渡辺周

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「トリアージ」という言葉がある。災害や大事故の際、手当てをする患者の優先順位を決めることだ。当然、重症の患者が優先だ。

兵庫県西宮市の兵庫医科大学で、トリアージの訓練を取材したことがある。この病院は阪神大震災の修羅場を経験している。訓練は救命救急で、医学部生らが的確なトリアージをできるようにするのが狙いだ。

ベテラン医師が患者役を担った。「痛い、痛い、痛い、助けてくれー! はよ来んかい!」。大声で叫び、手足をバタつかせて暴れる。迫真の演技だ。医師の卵は思わず駆け寄ってしまう。

実習の振り返りで、ベテラン医師の言った言葉が印象に残っている。

「大声を出せる人より危険な状態なのは、声をあげられない人だ。そういう人たちを見つけて優先的に手当てをせなあかん。声の大きい人に引きずられたらあかん」

この取材をしたのは20年も前。思い起こしたきっかけは、日刊ゲンダイ第一編集局長の小塚かおるさんとの会話だ。おとといのことで、「PV至上主義」が話題になった。

PVとはページビューの略で、その記事の閲覧数を示す。ニュースをインターネットで報じることが主流になっている今、このPVをどれだけ増やすかが広告収入に直結する。

収入を稼ぐことも、多くの人に読んでもらい影響力をつけることも必要だ。だが今のPV競争は常軌を逸している。PV自体が目的化し、数に取り憑かれている。

有名人の言動や今話題の出来事に群がる。SNSでの過激なコメントを見出しにして発信する。記事を書く人はまともに取材をしてないから、中身が薄い。見出しにつられて記事を読んでも、「なーんだ」となる。数を稼いでも単なる泡。何も残らないから、すぐに次の刺激を用意する。これならAIで十分だし、大量生産の必要性から言うとAIの方がいい。プロのジャーナリストは必要ない。

小塚さんは伝えるべきことを伝えるのが、私たちの役割ではないかと言う。同感だ。

では何を伝えるべきか。

声をあげられないほどの危機に陥っている人の声だ。数字を獲得するため、声が大きい人のところに行くのではない。

「どうやって取材テーマを見つけているのか」という質問をよく受ける。

「ピコピコレーダーです」と答える時がある。冗談として受け止められがちだが、こちらは本気だ。

声を潜めている犠牲者がいないか、五感のアンテナを張る。感知したら、心の中でピコピコとアラームがなる。これが私の言うピコピコレーダーだ。

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