国家権力による情報操作ほど恐ろしいものはない。ミキサー車の運転手らでつくる関西の労働組合「関生(かんなま)支部」への弾圧を取材していて、つくづくそう思う。警察と検察は、関生支部の組合員たちに「反社会勢力」のレッテルを貼った。ストライキや団体交渉を「威力業務妨害」や「恐喝」という容疑に仕立て上げ、逮捕・勾留した。
1月27日、新たな警察庁長官に楠芳伸氏が就いた。Tansaは関生支部への弾圧を問う質問状を1月23日に送っている。回答期限は2月3日。どんな長官なのか。長官就任を受けたマスコミ各社の報道を調べた。そのうち一部を引用する。
1月30日付の朝日新聞
交通事故死者減少への取り組みや捜査部門の責任者としての経験から感じるのが、「警察だけでなく、ほかとの連携の大切さ」という。治安課題への対処へ、「関係省庁、自治体、事業者などと協力し、みんなで同じ方向を向いて施策を行っていく機運を醸成していくことが重要だ」と話す。
2月1日付の毎日新聞
持ち味は粘り強さだとする。なかなか前に進まない仕事に直面した時、「諦めることは1秒でできる。もう少し頑張ってみよう」と部下らに声をかける。雰囲気づくりにも心を配り、周囲からは「穏やかだけどタフ。頼りがいがある」と慕われる。
随分と褒めている。警察庁長官は、強大な力を持つ組織のトップだ。報道機関として権力を監視する緊張感がない。一体どうなっているのか。長官就任会見の動画があったので、チェックすることにした。会見は、警察庁の記者クラブ加盟各社の記者を対象に開かれたものだ。
楠長官が手短なあいさつをした後、記者との質疑応答に入った。NHKの記者から質問が始まったのだが、冒頭の言葉に心底驚いた。会見の動画は、Tansaの事務所で音を出して視聴したのだが、居合わせた中川七海と辻麻梨子もギョッとしていた。
「この度は就任おめでとうございます」
警察庁長官というポストは、出世競争に勝ち抜いた「ご褒美」として与えられるものではない。警察活動のすべてに責任を持つ役割として与えられるものだ。数々の冤罪を生んでもなお、人質司法を改めず国内外の批判を浴びている今、その職責を担うことはかつてないほど重い。
それでも記者会見で祝意の言葉を述べ、提灯記事を書く。おそらく記者たちは、自分たちの姿が社会からどう見られているかに無自覚なのだろう。その分、怖い。
ある関生支部の組合員は、警察が逮捕しに自宅にやってきた時、ドアを開けたら7社の記者やカメラマンが来ていた。一斉にカメラのフラッシュを浴びた。その時の記者たちも、本来は対峙すべき警察権力と一体となっていることに無自覚だったのだろう。
Tansaが楠長官宛てに送った質問状の回答は、警察庁広報室から締切を3日過ぎた2月6日に届いた。11項目に対する回答は、1文。
「個別の事件に関わることなので、お答えは差し控えます」
個別でない事件などない。この回答が許されるならば、警察は何も答えなくていいということになる。
長官の取り巻きのような記者たちは必要だろうか。長官就任会見に私が参加できていれば、徹底的に対決したのにと口惜しかった。