編集長コラム

政治家がバカにされる国で(155)

2025年04月05日16時22分 渡辺周

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官僚から随分と政治家の悪口を聞いてきた。財務、厚労、警察・・・。省庁を問わず、官僚たちは鬱憤を溜めている。

政治家の前ではペコペコしている。国会議員会館へ取材に行くと、ファイルを小脇に抱えて平身低頭で「ご説明」に訪れている官僚たちを目にする。

だが面従腹背。本心では、自身の選挙や党利党略にしか興味がない政治家をバカにしている。裏では大放言大会だ。

先日、「統合作戦司令部」が発足した。目的は、陸海空の自衛隊を統括して指揮すること。初代司令官は、統合幕僚副長だった南雲憲一郎空将だ。

なぜ今になって新組織ができたのか。中国と台湾との緊張の高まりや、米軍との連携強化が理由として挙げられているが、私がハッとしたのはそこではない。共同通信は3月25日付の記事で、自衛隊幹部の本音に触れている。

「東日本大震災などの大規模災害が起きると、政治対応に追われ、部隊運用どころではなかった」

「これからは政治の対応は統幕長に任せ、司令官は部隊運用に集中する。政治の相手をしなくてよくなったのが最大のメリット」

従来、自衛隊トップの統合幕僚長が、陸海空の自衛隊を統括していた。しかし、東日本大震災など非常時では政治家への対応に追われて、部隊の指揮を担う余裕がなかった。統合作戦司令部ができることで、部隊の指揮は司令官に任せ、統幕長は政治家への対応に専念できる。そういうことだ。

「政治の相手をしなくてよくなった」という言葉の裏に、自衛隊幹部の政治家への軽蔑を感じる。明け透けに言えば、「馬鹿な連中に労力を割く必要がなくなった」ということだろう。

実際、東日本大震災での東京電力福島第一原発事故では、菅直人首相が事態を俯瞰して掌握し、的確な指示を出すことができなかった。首相は自衛隊の最高指揮官だが、その役割を果たせず現場は混乱。救助に当たった自衛隊の部隊は連携ミスが相次ぎ、原発から5キロの双葉病院で45人が命を落とした。Tansaの中川七海が担当したシリーズ「双葉病院 置き去り事件」で報じた通りだ。

2024年元旦の夕方に発生した能登半島地震では、自衛隊の初動が遅れた。建物や土砂の生き埋めになった多くの人を、救い出すことができなかった。現地で懸命の救助活動が続いているにもかかわらず、岸田文雄首相は自民党の裏金問題で気もそぞろ。1月5日には経済三団体、労働組合の連合、時事通信の新年会をはしごした。頭の中がぐちゃぐちゃになっていたのだろう。連合と時事通信の新年会では、防災服にバラをつけて登壇した。

三島由紀夫勉強会

コメディアンの志村けんさんが扮した「バカ殿様」という役があった。遊び呆けていて、たまにキレると家臣を成敗しようとする。家臣は殿様に言って聞かせたり、なだめたり。自衛隊の幹部には、政治家たちがこのバカ殿様のように見えているのではないか。

しかし、これは危険だ。

1936年の2・26事件は政治への軽蔑と怒りが原動力だった。

貧困が深刻な農村では、娘が身売りをするまでの事態に。ところが、政治家や財界は策を講じず、私利私欲に走っている。自分たちがクーデターを起こすしかないーー。陸軍の青年将校たちが約1500人の部隊を率いて、首相官邸や警視庁、東京朝日新聞を襲撃した。大蔵大臣の高橋是清、天皇の側近で内大臣の斉藤実、教育総監の渡辺錠太郎を殺害した。

「そんなことは二度と起こらない」とは、思えない。

自衛隊の関係者が15年前、言っていた。

「最近、自衛隊の中で三島由紀夫の勉強会が開かれるなど危険な兆候がある。私的な勉強会ではあるが、こういう動向は監視する必要がある」

三島は1970年、東京・市ヶ谷の自衛隊に東部方面総監を人質にとって立てこもった。バルコニーから自衛隊員たちに檄文を撒いて、決起を促した。「政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を潰してゆく」。自衛隊員は相手にしないどころかヤジを浴びせ、三島は割腹自殺した。

ところが時を経て、三島の勉強会が自衛隊員の間で開かれるようになっているという。

昨年は、自衛隊員が集団で靖国神社を参拝していたことが発覚した。陸上幕僚監部のナンバー2、小林弘樹陸幕副長も含まれていた。靖国神社は軍国主義を象徴する施設であり、A級戦犯が合祀されている。

陸上自衛隊第32普通科連隊(さいたま市)は、戦没者の追悼式を伝えるXへの投稿で、「大東亜戦争最大の激戦地硫黄島」と書いた。大東亜戦争は、侵略戦争を正当化する表現だ。

どんどん、雲行きが怪しくなっている。

深刻なのは、国民もまた、政治家にうんざりしていることだ。暮らし向きが悪くなる一方なので、うんざりするだけではなく、怒りが蓄積している。自衛隊が決起したら、拍手喝采で後押しするかもしれない。

石破茂首相は4月1日の記者会見で、「自分を見失っていた」と述べた。新人議員に商品券を贈っていたことについての、反省の弁だ。

日本は文民統制を敷いているから、首相が自衛隊の最高指揮官だ。だが自衛隊員にしたら、自分を見失う人に、命を預けるわけにはいかない。そういう思いの延長に、統合作戦司令部の発足があるのではないか。

政治家がバカにされる国は、危うさを孕んでいる。

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