そのベテラン記者は笑って言った。
「君、文章が下手だねー」
君とは私のこと。27年前、朝日新聞の採用試験を受けていた時の一幕だ。私が書いた作文について、面接官だった彼が評した。
下手とは何だ、私がムッとしていると彼は言った。
「でも、これでいいんだよ。何やら伝えたいことがあることはよく分かる」
どういうことだろう。私がキョトンとしていると、彼が前任地の地方支局でデスクをしていた時のエピソードを教えてくれた。デスクとは、原稿の添削や取材のアドバイスをする人のことだ。
「4月に入社したばかりの記者が、6月の父の日に合わせて地方版で特集をしたいと言ってきた。彼女は父親と二人暮らしで育ったが『母子家庭の記事はよくあるのに、父子家庭の話を見かけない。だから書きたい』と直訴してきたんだ」
「出てきた原稿は、そりゃあ滅茶苦茶だよ。添削するのが大変だった。でもそんなことはどうでもいい。新人記者がいきなりまともに書けるわけがない。読者に伝わるように、こっちが文章を整えればいいんだから。大事なのは、『これを書きたい』という思いがあること」
入社後、そのベテラン記者と仕事をする機会はなかった。だが採用面接の時に言われたことが、今も耳に残っている。「どう書くか」より、「書きたいことがあるか」が重要なのだ。これが枯れたら、私は仕事を辞めなければならないと思っている。
連載「双葉病院置き去り事件」ができるまで
私が採用面接で「文章が下手」と言われてから20年余り。2020年秋、中川七海が私に直訴してきた。「双葉病院置き去り事件」を特集したいと言う。
2011年3月11日の東京電力福島第一原発の事故で、福島県大熊町にある「双葉病院」の入院患者と、近くの介護施設「ドーヴィル双葉」の入所者が少なくとも計45人亡くなった。両施設は原発から4.5キロ。事故翌日の12日、首相官邸は原発から10キロ圏内に避難指示を出している。本来なら、この段階で全員が救出されるはずだった。ところが、全ての患者と入所者の避難が終わったのは、5日後の3月16日。病院や避難のバスの中で絶命した人もいれば、衰弱して避難後間もなく死亡した人もいた。
中川は「原発事故で弱者は見捨てられたのではないか」と考えた。
遺族、自衛隊で救助に当たった人、行政の責任者を粘り強く取材した。情報公開請求も重ねたし、業務上過失致死傷で捜査していた検察の調書まで入手した。
さて原稿。渾身の文章を提出してくるのだが、どこからどう手直ししたらいいか。私は頭を抱えた。連載は14回。中川も大変だったと思うが、私も大変だった。
だが、それでいいのだ。あの連載は中川の哀しみと怒りがあったからこそできた。文章は意欲を持って訓練を積めば上達する。実際、中川の文章はあれから5年で飛躍的に向上した。みんな最初は下手なのだ。
メディアの現場で気がかりなのは、所属組織が経営難で縮小均衡する中、ベテランたちが自身の将来のことで頭がいっぱいで、若手たちの育成に意識が及んでいないことだ。
若手たちの声に耳を傾け、観察し、「熱源」を探し当てる。その熱を形にするアドバイスをするのがベテランの役割ではないだろうか。自分たちだって、そうやって育ててもらってきたはずだ。
熱源を、失ってはならない。


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