編集長コラム

「あの時代のジャーナリストは何をしてた?」と言われないために(212)

2026年05月02日17時32分 渡辺周

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NGO「国境なき記者団」(本部パリ)は毎年5月、世界の「報道の自由度ランキング」を発表している。

日本は民主主義国家で、ジャーナリストの殺害や投獄が頻繁な国ではないのに、毎年、60位代から70位代で低迷している。政治権力が強いのではなく、報道する側が弱いのだ。

2026年 62位

 

2025年 66位

 

2024年 70位

 

2023年 68位

 

2022年 71位

 

2021年 67位

 

2020年 66位

 

2019年 67位

 

2018年 67位

 

2017年 72位

国境なき記者団は、日本の報道の自由度について、次のように総評している。

「議会制民主主義国家の日本は、一般的にはメディアの自由と多元主義の原則を尊重している。しかし、伝統的な利害、ビジネス上の利害、政治的圧力、ジェンダー不平等が、権力監視の『番犬機能』を、ジャーナリストが完全に果たすことをしばしば妨げている」

この総評は間違ってはいないと思う。だが、指摘されていない深刻なことがある。

それは、日本で働く記者で、この低ランクを悔しがる人がほとんどいないということだ。低ランクに馴れてしまい、「伸びきったゴム」になっている。

不平、不満ならよく聞く。

「上司がOKを出してくれない」、「所属組織内で高評価を得られない」、「人事異動で望まない部署に行かされた」――。

Tansaにはこれまで、日本の他メディアと連携する話がいくつかあったが、相手の担当者が組織内の事情ばかりを主張して、一向に進まないこともあった。「そっちで話をつけてから来い、あなたの組織の愚痴を聞かされても困る」と思ってしまう。

結局、不平、不満は口にしても、状況を打開する意思がないのだ。こちらが「腹を括って上司と闘ってきたらいいじゃないか」とプッシュすると、「そうは言っても」とまた言い訳が始まる。時間の無駄だ。

記者たちが「伸びきったゴム」になっている一方で、政治権力は増長するばかりだ。

4月29日、高市早苗首相は昭和100年の記念式典で、昭和をこう振り返った。

「戦争、終戦、復興、高度経済成長といった未曽有の変革を経験した時代だった」

私は怒りが込み上げた。戦争を「変革」と表現したからだ。戦争は変革ではなく、愚行だ。日本国憲法では「惨禍」と表現している。

「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」

「戦争を知らない世代がこの国の中核になったら怖い」と語っていた田中角栄氏は、首相を務めていた1972年の総選挙の演説で、戦争について聴衆に説いた。

「戦争をやって大地に叩きつけられて、戦争というものがどんなにつらいものかということを、骨の髄まで知った日本人じゃありませんか、みなさん。その日本人が全世界に新しい平和を求めて、新しい日本をつくろうとしておるんです。全世界の、全人類の平和のために貢献をしようとしているんじゃありませんか、みなさん」

メディアが弱体化するのに反比例して、政治権力が攻勢に出る。この状況を、どうすれば打開できるのか。

Tansaが出した答えが、「市井の人たちと、うねりを起こす」だ。

イデオロギーや属性は関係ない。平和を願うという一点で連帯するのだ。Tansaは「イマジン 戦争をさせないために」で、連帯のためのハブになる探査報道を繰り出していく。

ここから3年が正念場だと思う。私は無理をしてでも、すべきだと思ったことはやり切る。

後世、「あの時代のジャーナリストは何をしていたんだ」と言われるわけにはいかない。

沖縄戦で亡くなった約20万人の氏名を、国籍や軍民の区別なく刻んだ「平和の礎」(いしじ)=沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園で2025年2月9日、渡辺周撮影

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