5月20日の党首討論に、戦慄を覚えた。
中道改革連合の小川淳也代表が、高市早苗首相に言った。
「総理、お帰りさない。先ほどまで韓国におられて、気がついたら委員会室にいると。その破壊力のある笑顔で、各国首脳と渡り合ってこられたんだろうなと。改めて敬意を表したいと思います」
「破壊力のある笑顔にやられそうなんですが、ちょっと心を鬼にして厳しいお尋ねもいたします」
真剣勝負に臨むべき野党の党首が、首相を持ち上げてどうする。高市首相の笑顔に「破壊力」を感じ、「やられそうになる」感性も理解できない。「心を鬼にして」問うたことは全く厳しくない。高市首相を追い込めなかった。
2日後、小川代表は定例記者会見で「破壊力のある笑顔」と感じた理由を問われ、こう答えた。
「高市さん、韓国からお帰りになって、私の顔を見つけるなり、ものすごい笑顔で絡みついてくるというか、絡めとろうとしてくる。これを外交の席でやられてるんだな、各国首脳も悪い気しないわなという気が率直にしました」
「私の心中は、経済対策の遅れなど厳しいことを聞かなければいけない。生身の人間同士ですから、ニコニコ絡めとろうとしてくる方に、厳しいことを聞くのはしんどい作業なんですね。私の志を砕こうとする笑顔に、ある種の破壊力を感じました」
高市政権は、スパイ防止法の制定や改憲など、日本の国のあり方を根本的に変えようとしている。戦争をする国になるのか、踏みとどまれるかの瀬戸際だ。野党ならば猛然と抵抗するべきところだが、「無抵抗勢力」に堕ちている。
小川代表だけではない。党首討論では、他の党首も似たり寄ったり。緊張感がまるでなかった。
官房長官就任に地元紙は
「野党がダメならメディアに期待」といきたいところだが、新聞やテレビには期待できない。一部のマスメディア業界の人を除き、日本社会の共通認識ではないだろうか。
部数や視聴率の低迷は、インターネットに比べて、新聞とテレビという媒体が時代にそぐわなくなったことが主因ではないだろう。権力を監視するというジャーナリズムの役割を果たしていないことに、読者・視聴者が愛想を尽かしたのだ。新聞をやめた人が、デジタル版の購読に移行しないことが、そのことを示している。
Tansaは連載「健軍から」の第三話で、木原稔氏が官房長官になる前、熊本日日新聞を誹謗中傷していたことを報じた。自身のブログ「みのる日記」の中で、健軍駐屯地へのミサイル配備に疑問を呈した記事を「印象操作」と表現していた。
本来なら熊本日日新聞は怒り、木原氏を徹底的に批判するべきところだ。「印象操作をしている」などと言われることは、報道機関としての存在価値を否定されているのと等しい。
しかし、「無抵抗勢力」となっている。
それどころか、半世紀ぶりとなる地元国会議員の官房長官就任に、浮かれているようにしか思えない。熊本日日新聞東京支社の中尾有希記者が、「取材前線」というコラムを書いている。
「木原氏本人の記者会見。『熊本で半世紀ぶりの官房長官』について尋ねた。『これまで私を育てていただいた地元熊本に感謝する』。その回答に故郷への確かな目線を感じた」
故郷への確かな目線を持っているならば、ミサイル配備に疑問を呈する熊本日日新聞の記事を「印象操作」とは言わない。住民説明会を求める地元の人たちの声を無視しない。
日本の悲劇は、高市政権が誕生したことではない。野党にしろ、マスメディアにしろ、それに対抗するべき勢力があまりに権力に従順なことにある。
悪意がない分、恐ろしい。

5月20日の党首討論(首相官邸ホームページより)
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