編集長コラム

よく似た二人(227)

2026年08月22日14時49分 渡辺周

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きのうの「国葬文書隠蔽裁判」証人尋問の初日は、3人の官僚が法廷に立った。情報公開訴訟で官僚を証人尋問するのは異例で、東京地裁の大法廷は満員。開廷の1時間以上前から並ぶ傍聴者もいた。

裁判所の庁舎2階に常駐する司法記者クラブの記者たちの姿は、見当たらなかった。公文書は誰のものかを問うと同時に、閣議決定を盾に暴走する政権に歯止めをかける歴史的な裁判にもかかわらず、あまりに鈍い。仕事をしないのなら、間借りしている司法記者クラブのフロアから退居してほしい。Tansaは司法記者クラブを使えないから、口頭弁論後の説明会場を毎回、高い賃料を払って近隣で借りている。傍聴者はそこまで電車で移動する。

きのう尋問を受けた3人は、国葬を閣議決定で実施できるかを内閣法制局と協議した面々だ。3人とも、証人として「嘘もつかない、隠し事もしない」と宣誓したのに、法廷からどっと笑いが起きるほどの矛盾に満ちた証言をした。

最も酷かったのは、内閣官房の責任者として協議に参加した西澤能之氏だ。宣誓時、宣誓書を持つ手が震えていたので「これから宣誓と反する証言をするから緊張しているのかな」と嫌な予感がしたが、案の定だった。

例えば「国の儀式として行う総理大臣経験者の国葬儀を閣議決定で行うことについて」という文書について。これは内閣官房が文案を作り、内閣法制局の指摘で追記し確定した。

ところが、どの部分を追記したのかを問われ、西澤氏は「覚えていない」と言った。当該文書を示され、目視しながら言った。

内閣法制局の指摘で追記したのは、助詞や句読点ではない。以下の一文だ。

「国費をもって国の事務として行う葬儀を、将来にわたって一定の条件に該当する人について、必ず行うこととするものではないことから、閣議決定を根拠に国の儀式である国葬儀を実施することが可能であると考えられる」

内閣法制局が、「今回は国葬を認めるとしても、一定条件に当てはまれば、これからも閣議決定を根拠に国葬を実施していいわけではない」と釘を刺したということだ。極めて重要な指示であり、覚えていないわけがない。

媚びて媚びられ

西澤氏は、なぜ欺瞞に満ちた証言を抜け抜けとできたのか。

それは西澤氏が「公僕」ではないからだ。市民に仕えているのではなく、霞が関と永田町という権力のコップの中で、自分を取り立ててくれる有力者に仕えている。裁判で本当のことを言って、その有力者たちに迷惑をかければ、自分の立場が危うくなると考えているのではないか。

西澤氏の媚び方はあからさまだ。

2014年から2017年にかけて、高市早苗総務大臣の秘書官を務めた。その時のことを、総務省の採用案内で振り返っている。

「高市総務大臣の秘書官として、大臣と同じく歴代最長の1066日お仕えしました(大臣は記録更新中)。常に生活者視点で『直面する様々な課題を、広範な政策資源を持つ総務省の力で解決できないか』とお考えになる大臣と各部局をつなぐ立場として、緊張感と大きなやりがいの日々でした」

政治家に「お仕えする」という言葉は、官僚からよく聞く。公僕の意味を理解しておらず、西澤氏もその一人ということになるが、媚び具合が尋常でないのは、高市氏のことを「生活者視点」を持つ政治家として表現していることだ。「生活者」ではなく、「日本列島」を「強く豊かにしていく」と語る高市氏のどこに、生活者視点があるのか。

その高市氏も、媚びるという点で、西澤氏とは「似た者同士」だ。米国のドナルド・トランプ大統領への媚びっぷりは目を覆いたくなる。

最近の最たる例は、トランプ政権が国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長を制裁対象に加えたことへの対応だろう。

ICCは戦争犯罪や人道に対する罪を犯した責任を、個人を対象に裁く。日本は加盟しているが米国は非加盟。イスラエルのネタニヤフ首相にICCが戦争犯罪で逮捕状を出した時も、トランプ大統領はICCの検察官らに制裁を加えた。今回の制裁で赤根所長は、米国への入国が禁じられ、米国内での資産も凍結される。

ICCは声明を出した。

「法を適用したことを理由に、司法関係者が脅かされるならば、国際法秩序そのものが危険に晒される」

「ICCが圧力に屈することはない。職員および想像を絶する残虐行為の被害者に対し、断固とした支援を提供し続ける」

本来ならば高市首相はICCを全面的に支持し、トランプ大統領に猛然と抗議するべきだ。

ところが、高市首相は「大変残念に思っている、これからも米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応していく」と述べただけだった。世界一の権力者に対して「圧力に屈することはない」と腹を括るICCの赤根所長とは、あまりに対照的だ。

日本に強靭な権力者はいない。強い者に媚びずにはいられない人たちが、迷走しているのが実態だ。こうした人たちは権力の中枢を占めてはいるが、権力の中心がない。常に誰かのせいにして、責任を負わない。

国葬文書隠蔽裁判は、ヌエのような権力との闘いだ。

西澤能之氏(左端と右端)を紹介する総務省の採用案内資料から

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