葬られた原発報道

拝啓 朝日新聞社長、渡辺雅隆さま 「記事の削除要求」の撤回を求めます(11)

2019年12月27日17時43分 渡辺周

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渡辺雅隆さん、こんにちは。

前回の記事であなたへのインタビューの要請をしました。これに対して、昨日、朝日新聞広報部の担当者から連絡がありました。

インタビューは「辞退させていただきたいと存じます」とのことでした。取材を受けないというのは、あなたの意思なのでしょうか。

まず確認しておきたいことがあります。

ワセダクロニクルに対して削除要求をしてきたのは朝日新聞社の広報部でした。社長の渡辺さんもご存知のことでしょう。私たちは、削除する必要があるとは思っていません。なぜ削除を要求されるのか、その真意が知りたい。そう考えて、社を代表する渡辺さんに取材を申し入れたのです。

改めてあなたに取材を申し込みます。そして、朝日新聞社のワセダクロニクルへの記事削除要求の撤回を求めます。

この2点に関してお返事をください。1ヶ月間返事をお待ちします。年明け2020年の1月27日正午までに回答をください。

渡辺さん、ぜひあなたに耳を傾けてほしい声があります。現場の記者たちの声です。前回の記事をリリースしてから、朝日新聞の記者からは続々と自分の会社の対応を嘆く声が私たちに寄せられています。

    • 「こんなことしてたら新聞社として終わる。堕ちるところまで墜ちた」
  • 「朝日の対応は支離滅裂」
  • 「社内は声を上げられる雰囲気ではないので、ワセクロがガツンとやってください」

もちろん、朝日の記者だけではなく、ほかのジャーナリストたちからもメッセージが届いています。それは朝日とワセクロのやり取りを興味本位で楽しむものでは決してありません。みんな、健全なジャーナリズムの使命が失われていく危機感を持っていました。

以下に、私の先輩ジャーナリスト3人のメッセージを紹介します。ぜひお読みください。

ではご回答をお待ちしています。

マーティン・ファクラーさん(元ニューヨーク・タイムズ東京支局長)

「ジャーナリストを黙らせようとすれば朝日も傷つく」

朝日新聞は2014年、慰安婦報道の検証と原発吉田調書報道で安倍政権とその協力者と対峙した。その際に他メディアは朝日を非難の標的にした。だが朝日を攻撃することで、結局はメディア全体が信頼を失った。

あの時に攻撃された朝日が、今度はほかのジャーナリストを攻撃する。とても皮肉だし、ガッカリする。しかも相手は、真の探査報道を実践しようと挑戦している小さなNGOのワセダクロニクルだ。

もちろん、朝日にはワセクロに異議を唱える権利はある。しかし、朝日は応答の仕方を間違えた。

朝日はほかのジャーナリストを黙らせようとするべきではない。こういうことをしていると、情報は制限され、真実は隠され、市民社会が弱くなる。日本社会の人々が、自分たちの歴史について知る機会を否定することになる。

もし朝日がワセクロに異論があるならば、朝日はほかの方法をとるべきだ。朝日は、福島第一原発事故を自分たちがどのように取材し、報道したかを社会に開示すればいいのだ。原発事故をめぐって何が起きていたのかを私たちにもっと知らせるべきだ。

同じジャーナリストを黙らせることは、酷い過ちだ。全てのジャーナリストを傷つけ、結局は朝日自身も傷つく。朝日はそのことを認識するべきだ。

山田厚史さん(元朝日新聞編集委員、独立メディア・デモクラシータイムス代表)

「恥ずかしい行為、現場の記者がかわいそう」

原発「吉田調書」記事をなぜ取り消したのか、検証することは公益性のある行為だ。2014年当時、朝日新聞社の経営幹部たちは取材班の記者たちを「罪人」に仕立て上げて記事を取り消し、編集に経営が介入した池上コラム不掲載問題の当事者である木村伊量社長を逃した。明らかに経営の判断ミスだった。

しかしながら、朝日新聞社も会社なので、過ちをおかすこともあろう。思考停止してしまうこともあるだろう。それが「吉田調書」記事を取り消す過程で、残念ながら起こってしまった。

しかし、時間が経てば、その過ちを見つめ直すこともできよう。当時の経営の判断の誤りを見直すことで、朝日新聞が抱える脆弱性を補完することができるはずだ。自分たちのおかした過ちを検証して、そこから教訓を得るべきだろう。

それなのに、朝日新聞はワセダクロニクルに対して、就業規則などを持ち出して記事の削除要請をしてきた。これはおかしな論理だ。なぜなら、ワセクロの記事は、ジャーナリズムがおかした間違いを検証する報道だ。繰り返すが、公益性の高い行為だ。

自分たちに都合の悪い情報が流出すると、記事を削除しろなどというのは、ジャーナリズムが市民社会に生存する基盤そのものを毀損(きそん)する行為であることを知るべきだ。朝日新聞は今回の記事削除要請によって、内部情報や内部資料を得て報道することはしないということを自ら宣言したようなものだ。現場の記者に多大な影響を及ぼすだろう。恥ずかしい行為だと自ら認識すべきだ。

情けない。本当に情けない。一生懸命やっている現場の記者たちがかわいそうだ。

柴田鉄治さん(ジャーナリスト、元朝日新聞論説委員・社会部長)

「記事の『取り消し』を取り消すべきだ」

私はいまから60年前に朝日新聞社に入社し、25年前に定年退社したОBです。原発がらみの問題なので、科学部長、社会部長、論説委員などを経験したと経歴も記します。ワセダクロニクルの求めに応じ、私の意見を申し上げます。

2014年9月、当時の木村伊量・朝日新聞社社長が記者会見して発表した「原発事故に関する『吉田調書』の記事を取り消す」という決定は誤りだと主張して、株主総会にも出て渡辺・現社長に『記事の取り消しを、取り消してほしい』と要望した者です。

私の見るところ、5月20日に朝日新聞の一面トップに載った「吉田調書」の記事は、間違った記事ではなく、立派なスクープ記事なのです。当の朝日新聞も直前まで新聞協会賞の候補に推薦していたほどのスクープだったのです。

それが一転、取り消しとは? それも単なる誤報ではなく、でっち上げの「虚報」だという扱いです。朝日新聞でいえば、過去の「伊藤律事件」や「サンゴ事件」並みの扱いだったのです。

どうしてこんなとことが起こったのでしょうか。それは、同年8月に載った「20年前の従軍慰安婦に関する検証記事」と無関係でないことは言うまでもありません。20年前でも誤った記事に対する検証記事では、読者に謝らなければならないのに、その謝罪がなく、「謝るべきだ」と書いた池上彰氏の論文をボツにした、という二つのミスが重なって、激しい朝日バッシングが始まり、それに対応しようとして、もっと重大な三つ目のミスを犯してしまったのだと言えましょう。

吉田調書の記事は、見出しがちょっときつすぎたかな、といった程度のことで、そんなことは続報で追加すれば済む話です。それを虚報扱いにして記者まで処分し、退社にまで追い込んだのですから、私が「記事の取り消しを取り消せ」と主張していることは、分かっていただけると思いますが、どうでしょうか。

=つづく

朝日から届いた削除を求める要求書

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