ジャーナリズムを創る

メンタルスレイバリーに告ぐーレゲエ×ジャーナリズム(1)

2020年07月14日17時51分 Tansa編集部

(読むために必要な時間) 13分

▶︎ 辻麻梨子 ワセダクロニクル リポーター    中川七海 ワセダクロニクル リポーター    友永翔大 写真/ワセダクロニクル リポーター

ある日、ワセクロのもとに1通のメールが届いた。差出人は、東京・乃木坂にあるレゲエクラブ「Club CACTUS」の店主兼DJの「MOOFIRE」さん。ワセクロ編集長の渡辺周への講演依頼だった。なぜレゲエクラブ?

なんでも、中米ジャマイカ発祥の音楽であるレゲエは、「反抗の音楽」と呼ばれているらしい。黒人奴隷の問題と深く関わり、陽気な音楽に乗せて権力や政治を批判する。気がつかないうちに人々に染み付いた奴隷根性を「メンタルスレイバリー」と呼び、そこから抜け出せと訴える。

そんな抵抗精神を持ったレゲエはワセクロと親和性があるからと、MOOFIREさんから講演依頼があったのだ。なるほど、確かに根っこの部分がよく似ている。せっかくなら一方的に話す講演ではなく、お互いのスピリットをぶつけ合おうーー。「Club CACTUS」で2020年4月12日に対談が実現した。

対談にはムーさんと日本レゲエ界の草分け的存在のランキン・タクシーさん、ワセクロからは編集長の渡辺とリポーターの辻麻梨子が参加した。

【写真右】ランキン・タクシー・RANKIN TAXI
日本のレゲエミュージシャン、一級建築士。1953年生まれ。1980年代初頭、会社員時代にレゲエと出会う。1991年レゲエミュージシャンとしてメジャーデビュー。世界からも注目を浴びる、日本レゲエ界のレジェント。代表曲は「メンタルスレイバリー」。

【右から2番目】MOOFIRE・ムーファイヤー
セレクター/音楽プロデューサーであり、東京・乃木坂の「Club CACTUS」店主。90年代に東京初の女性ダンスホールクルーを立ち上げる。00年代からはレゲエクルーとして活動し、自主レーベル「Bacchanal 45」から日本のレゲエ界の歴史に残るヒット曲を多数プロデュース。ギタリストとしてソロ活動も行う。

【左から2番目】辻麻梨子・つじまりこ
ワセダクロニクル・リポーター。早稲田大学の学生時代からワセダクロニクルに参加し、製薬マネーデータベースの作成やインドネシアの石炭火力発電汚職事件の取材などに関わる。イベントごとではすぐに司会を任される。2019年から『週刊東洋経済』の記者を兼ね、豊田市の三つ子虐待死事件や新型コロナの検査体制など、医療・福祉分野を中心に執筆。

【写真左】渡辺周・わたなべまこと
ワセダクロニクル編集長。1974年神奈川県生まれ。2016年、16年間勤めた朝日新聞社を退社。ワセダクロニクルの立ち上げ以来、電通や共同通信による「買われた記事」から、日本人プルトニウム科学者の北朝鮮による拉致疑惑「消えた核科学者」まで幅広いテーマでスクープを発信している。趣味はダイエット。

「奴隷」だと気づいてない

今から50年前、ジャマイカの黒人奴隷たちが音楽を手に立ち上がった。

コロンブスがアメリカ大陸を見つけた大航海時代から、スペインやイギリスなど西洋の大国の支配を受けていたジャマイカ。1962年に独立したが、お金持ちの外国人や白人が豊かに暮らす中、もともと奴隷だった黒人たちの生活は追い詰められていた。

抑圧され続ける自分たちを「メンタルスレイバリー」と揶揄することで奮い立たせ、反抗の音楽「レゲエミュージック」を生み出した。「メンタルスレイバリーから解放されよ!」と瞬く間にレゲエは国境を越え、今日もどこかで鳴り響く。

レゲエミュージックが流れる中、ジャーナリズムとレゲエの対談が実現した

ランキン・タクシー作の「MENTAL SLAVERY」は、こんなフレーズから始まる。

見抜けなければメンタルスレイバリー
思考停止すればメンタルスレイバリー
見て見ぬふりもメンタルスレイバリー
心は奴隷メンタルスレイバリー
自分で抜け出さない限り
心囚われのメンタルスレイバリー
気づかないと後の祭り
羽根むしられてメンタルスレイバリー


ワセダクロニクルとクラブカクタスの対談が実現しましたね。今日はよろしくお願いします。

ムー、ランキン、渡辺
よろしくお願いします。


ところで、今かかっていた曲は?

 

ランキン
「メンタルスレイバリー」だね。

 

渡辺
ランキンさんの名曲ですね。

 


初めて聞く言葉です。メンタルスレイバリーということは、「精神的奴隷」という意味ですよね。何を表現しているんですか?

 

ムー
レゲエの歴史を語ることになるよ。もともとレゲエは、ジャマイカの黒人たちが、社会に反抗するために生み出した音楽だからね。レゲエは、本物の飢えを知っている奴隷たちが生んだ「音楽と社会運動」だよ。だから「反抗の音楽」と呼ばれてるんだ。

 

ランキン
お金がなくて、飢えていて、みんなギリギリ。階級社会では、生まれた時点で自分にはチャンスがないってわかってしまう。そしたらもう「悪タレ」になるしかない。そんな毎日から抜け出すために彼らが手にできたのは、音楽だけだったんだ。彼らはレゲエを奏でる時、「この状況から自分で抜け出そうとしない限り、お前は一生奴隷だぞ!」と、自分たちを揶揄したんだよ。気付けよ、立ち上がれよ!って。それで、メンタルスレイバリーという言葉が世界共通のレゲエのスローガンになっていったんだ。

 

ムー
そしたら皮肉にも、奴隷制がない国や時代になっても、精神的な奴隷になっちゃってる人がどんどん生まれている。自分でも気がつかないうちにね。昔は本当のスレイブで、今はメンタルスレイブ。

 

渡辺
見えにくいけれど、給料が上がらないとか、学費がどんどん高くなるとか、子どもの7人1人が貧困状態だとか、社会の仕組みで苦労を強いられていることに気がつかない人もいる。その一方で文句を言わずいい子でいなさいっていう空気感を感じている。

 

ランキン
声を上げないのは、メンタルスレイバリーであることに気が付いていないから。だからレゲエが必要なんだ。

巨大スピーカーで国会前「イットク・フェス」

Club CACTUSのオレンジ色の壁沿いに、青い箱が2×4段に積み上げられている。高さは5mほどもあり、上から見下ろされているような迫力だ。何かと思えば、一級建築士でもあるランキンタクシーによる自作のサウンドシステム、「DOSS BASS」だという。トラックの荷台に乗せて、国会前の音楽デモにも持っていった。

Club CACTUS自慢の大きなスピーカーはランキンの自作。この大きさもジャマイカでは珍しくない

ランキン
ジャマイカではね、何にもない砂浜にこういうでっかいスピーカーを何個も何個も積み上げて、周りを囲んだらそこがクラブになっちゃうの。あとはバーカウンターのところに、裸電球が一つあるだけ。音がお腹の底に響いてくる。最初に行った時はもう感動したね。

 

ムー
ランキンさんの作ったサウンドシステムはカクタスの名物ですよ。初めて来たお客さんはびっくりする。音が頭から降ってくるみたいだから。

 

渡辺
僕もこれにはびっくりしました。作るのにどれくらいの時間がかかるんですか?

 

ランキン
材料さえ揃っていれば、集中して1週間くらいでできちゃうよ。自分で試しながら作るのが楽しいんだよね。まだ自分の家のガレージに3台ある。

 

渡辺
国会の周りでやったデモにも持っていったんですよね。

 

ランキン
そうそう。「言っとくけど、俺の自由はヤツラにゃやらねえ! ロック・フェスティバル」ってやつ。言いたいことを言っとくぜってことで、略してイットク・フェス。ロックやパンクのミュージシャンからブラジルの太鼓部隊まで、国会近くの6〜7箇所で演奏する。俺はこのサウンドシステムでレコードかけたりね。

音量計を持って見張る警察官

ムー
そうそう、でも警察がうるさくて。都道府県会館の前に置いたら、横で「デシベルマシーン」持ってずっと立ってるの。音量を測ってて、上がると注意してくる。

 

ランキン
あの時は随分いじめられたよなあ。トラックを止めなきゃ荷物を下ろせないのに、ここに止めるなとか、スピーカーは崩れると危ないから小さく積めとかね。バンドでしっかり固定してるのに。だけどこういうのを1回でも「はいそうですか」って譲ったら、もう次はできなくなる。強いものに屈したら、言いたいことが二度と言えなくなる。

 

ムー
今はおかしいことをおかしいって怒る人が少ないんじゃないかな。私たちはいつもいろんなことに怒ってるけど(笑)。できるだけ、みんなと同じでいよう。目立たないようにしようって雰囲気がある気がする。

 


世の中の総意みたいなものからずれると「叩かれる」という不安を持った人は多いと思います。

 

渡辺
だけどね、言いたいことを言わずにどうなってきたかってことを日本の歴史から考えたらいいと思いますよ。太平洋戦争、東日本大震災と原発事故、そして今回のコロナ。例えばトランプ大統領とか、フィリピンのドゥテルテ大統領みたいな強烈な独裁者が日本にいるというわけではない。どちらかというと、みんなが周りの空気の流れに同調して、結局痛い目に遭うというような感じ。

 

ムー
大多数の意見には口を閉ざしますよね。まだ封建社会にいるみたい。

 

ランキン
おれたちの世代だったら、火炎瓶が飛んでたよ。レゲエは歌詞にするネタを社会から引っ張ってくる。プラハの春、ベルリンの壁、それにアパルトヘイトとか。

 


世の中の不条理や不正義への怒りを歌うんですね。

 

ランキン
でもさ、でかい社会問題をレゲエに乗せて、ジャマイカの街中にあるショッピングモールで歌ったやつがいたんだ。そしたら、「自分たちの生活でいっぱいいっぱいなのに、他人のことなんて心配してられねえよ! 」って通りすがりの人が叫んだの。みんなが自分のために必死に声をあげてる。そういうのも超面白くない?

 

ムー
自分を大切にするために、意見を戦わせるところが、またレゲエらしさですね。意見をはっきり言う、という意味ではジャーナリズムも似ているんじゃないですか?

 

渡辺
それが、そうでもないんです。

 

記者会見でも「メンタルスレイバリー」

渡辺
よく「ジャーナリストの資質はなんですか?」って聞かれるんですよ。みんな文章の書き方とか取材力とか思っている。だけどそれは個性もあるし、技術は磨けば上がる。何が一番大切かって、「違うと思ったことは、違うと言うこと」なんです。たとえ大勢に囲まれたとしても。ジャーナリストとして最低限必要なのは、これができるかどうかです。

 

ムー
でもそれって、普通のことじゃないですか?

 

渡辺
それがね、そうでもないんです。たとえば、記者が会見中に質問しないことがよくある。パタパタとパソコン打って会見録作りに精を出している。ICレコーダーで録音しているのに。会見が終わってから本人に聞きに行く光景も目にしますが、そんなの会見中に聞けよって。目立っちゃダメだとか、何か思われたら嫌だとか、そういう気持ちが勝ってるんです。結果的に、記者ですらみんな金太郎飴みたいになっている。

 


私も記者会見に出席すると同じようなことを感じます。記者は一度質問したら、相手からちゃんとした回答が返ってこなくても、それ以上は追及しないんです。

 

ランキン
まさにメンタルスレイバリーですね。

 

渡辺
お二人にとって、ジャーナリストはどういうイメージですか?

 

ランキン
やっぱり悪さしている奴のことを暴くって感じかな。俺は「噂の真相」育ちだしさ。

 

ムー
私はテレビ見ないですね。芸能人の不倫のニュースなんかをずっと流されたりすると、ストレスになっちゃう。そんなことよりもっと大事なことがあるでしょって。

 


イエロージャーナリズムですね。雑誌の発売部数やネットニュースのPVを伸ばすために芸能人のスキャンダルや炎上しやすいネタを取り上げる。そういうネタはやっぱり読者も食いつきやすいけど、メディアがそんな感情を煽っている。真摯な報道よりも、簡単に自分たちの利益をあげることに目がくらむんです。

 

渡辺
スキャンダルも本当は面白がって取り上げているくせに、やたら教訓めいてますよね。不倫記事の終わりに「内助の功で支えた妻は今どう思っているのか・・・」とか言って、道徳の教科書みたいに偉そうに。

 

ムー
あとはね、「政府がこう言いました」っていう大本営発表に頼りきっているなと感じます。コロナのニュースとか特に。どうしてそうなるんでしょう?

 

渡辺
記者が楽だからですよ。「政府がこう発表した」「警視庁がこう言った」と書いていれば、もし内容が間違っていても自分たちが責任を取らなくていい。「政府が間違えていました」とまた書けばいいんだから。自分で調べなくても、失敗することがない。ニュースの主語は何か、ということを注意して見た方がいいですね。

 

=つづく

ジャマイカの街角に集まる人々は、反抗のための音楽を奏でてきた(C)MOOFIRE 提供

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