コロナ世界最前線

武漢発パンデミックから1年「軽・中等症の現在地」(15)

2020年11月20日14時46分 谷本哲也

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11月に入り、武漢から始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックはもうすぐ1年が経とうとしています。世界の状況は1年前には予想だにしなかった事態になっていますが、短期間に膨大な研究が積み重ねられ、病気の性質やその対策はある程度分かってきました。

中国の感染者7万2000千人以上を解析したデータによれば、肺炎なし、あっても軽い肺炎程度の軽症か中等症の人は、新型コロナを発症した人の81%を占めていました。重症の人は14%、残りの5%が命の危険がある重篤な状態となったそうです。この数値に多少の変動はあるでしょうが、発症しても重症化するのは、一部の方に留まることは間違いありません。

今回は大部分を占める軽・中等症について何が分かっているのか、世界で最も権威のある医学誌、ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスンの10月29日号に掲載された総説論文(Mild or Moderate Covid-19)を元に改めて整理したいと思います。この論文は4月24日に当初オンライン版で発表されましたが、10月29日に内容を最新のものにアップデートした上で公開されています。

咳やくしゃみ、会話で主に感染

新型コロナウイルスは、正式にはSARS-CoV-2と呼ばれるRNAウイルスです。人間の細胞にあるACE2受容体を介して感染を起こします。ACE2受容体は高血圧の薬にも関係するため、当初は薬の服用が問題視されましたが、今のところ新型コロナ感染には影響しないと考えられています。したがって、高血圧の薬をやめたり変更したりする必要は特にありません。

すでによく知られていることですが、咳やくしゃみ、会話によって、ウイルスが含まれる粒子が周囲に拡散することが、主な感染経路です。エアロゾールと呼ばれる小さめの粒子や、もう少し大きい粒子である飛沫の拡散は、数メートル以内に集中します。そのため、マスクや社会的距離、換気が重要となるわけです。距離は最低2メートル程度とよく言われます。しかし、換気が悪い状態で大声を出したり、歌ったりすれば、もっと離れていても感染が起こる可能性はあります。

感染したウイルスは消化管にも排出されるため、トイレでの感染も一時話題になりましたが、これはそれ程心配の必要はないようです。また、机やドアといった環境表面にウイルスが何日も残ることが知られていますが、表面に付着したウイルスを触っただけで発症する可能性は高くはありません。

感染の半数は無症状の人から

新型コロナで厄介なことは、ずっと無症状の人や症状が出る前の人からでも感染することです。症状が出るだいたい1〜3日前から感染性があり、人にうつります。そして、感染者の約半数は、無症状の人や発症前の人からうつると考えられています。

ウイルスが体の中に入ると、それが増え出して発熱や咳などの症状が起こります。ウイルスが増えるとまわりに巻き散らされますが、免疫の力で次第にウイルスの量が減ると症状も治り、周囲へのウイルスの拡散も減少する、という経過を辿ります。

このウイルスの量は、鼻やのどでは発症直前から直後にかけて最も多くなり、その後1〜2週間かけて減っていきます。遺伝子を調べるPCR検査は、非常に微量のウイルスまでひっかけることができます。そのため、発症から数週間〜数ヶ月経っても陽性と出てしまうことがあります。しかし、感染性がある期間はずっと少ないようです。

つまり、ウイルスがいる、いないだけで感染性が決まるわけでなく、ウイルスの量も重要です。そのため、発症者の隔離の期間は、解熱剤なしで少なくとも24時間発熱がなく、他の症状もよくなっていれば、症状が出始めてから10日経過すればほぼ大丈夫と考えられています。

発症後58日で息切れがすれば重症化の可能性

無症状の人もいれば重篤になる人まで症状の程度は様々ですが、発症するまでの潜伏期間は4〜5日程度が多いとされています。

発症後はいわゆる風邪症状が多く、発熱、咳、咽頭痛、倦怠感や筋肉痛などが伴います。一部の方では、食欲不振や下痢、吐き気などの消化器症状も出るようです。

匂いや味がしなくなる症状も有名で感染者の7割近くに上りますが、男性より女性に多い症状です。

症状の出始めから5〜8日程度で息切れが出てくる場合は、症状が重くなっている可能性が考えられます。

重症になりやすい方はやはり高齢者が多く、その他、肥満症や元々のご病気をお持ちの方です。肺や心臓、腎臓に持病がある方、糖尿病、がんや移植治療を受け免疫力が落ちている方などで特に注意が必要です。

症状が重めの場合は、医療機関でレントゲンや採血などの検査を受けていただき、その結果によって病気の程度を判定した上で治療を進めることになります。

PCR検査がやはり重要

日本ではどの程度PCR検査をするべきか、いまだに一致した見解がありません。感染者を見つける度合いを示す、検査の感度が低いことがその理由の一つですが、発症の直前直後では感度は比較的高いとされています。もし感染している疑いが高いのに検査で陰性が出た場合は、繰り返し検査を行うことが推奨されています。間違って陽性になる確率は、PCR検査を正しく行えば、ほぼ100%ないと言われています。

検査の方法は、鼻の奥に棒を深く入れる標準的なものの他に、鼻の入り口だけ擦ったり、唾液を使ったりする方法が取り入れられています。また、自宅にいたまま自分で検査して、郵送するという方法も出てきています。

PCRのように遺伝子を調べるのでなく、ウイルスのタンパク質を調べる抗原検査は、PCR検査より安く、結果も15分程度で判明します。結果の信頼性がPCR検査ほど高くはないことが欠点ですが、この検査方法をどう活用するか検討されつつあります。

体の中の免疫力を調べる抗体検査という方法もあります。抗体検査は発症後2週間すれば陽性になり、過去にかかったことがあるかどうか判定するのに役に立ちます。ただし、抗体の量は時間が経てば減ってしまい、再感染を防ぐ力があるか否かもよく分かっていません。

軽・中等症者には「デキサメタゾン」は無効

軽症者は自然に回復するので、対症療法と隔離で対応することになります。

中等症は入院治療となる場合もありますが、この段階まではウイルスの増殖を抑える治療が考えられます。すでに日本でも公式に認められているレムデシビル(ベクルリー)や日本発の薬として期待されているファビピラビル(アビガン)といった抗ウイルス薬、米国で導入されている抗体治療薬が選択肢として挙げられます。

ただし、軽症から中等症は自然に治ることも多いので、これらの薬の使い方は難しいところです。多少ウイルスを減らすのを早めることに、結果的にどれだけ意味があるのか、はっきりしないからです。レムデシビルも特効薬というわけではありません。重症例で使用するのはともかく、中等症くらいでも使った方がいいのかどうかは結論が出ていません。

重症になるのは炎症が強く出過ぎるためだと分かってきており、治療薬としてはデキサメタゾンというステロイドホルモンが有効だと認められています。ただし、逆に免疫力を抑えるといった副作用があるため、軽〜中等症の方にデキサメタゾンは使用しない方がいいと考えられています。

ある程度有効な治療薬が出てきた反面、当初期待されたものの、結局意味が無かった薬もいくつか明らかになりました。マラリアの治療薬のヒドロキシクロロキンやクロロキン、抗生物質のアジスロマイシンなどです。実験室レベルでは効果が期待できても、実際の臨床現場で使ってみるとダメだった、ということは非常によくあることなのです。

長期の免疫はまだ分からない

このように多くの研究が積み重なり、いろいろなことが分かってきました。ただし、まだ標準的な対策や治療法が確立したとまでは言えません。そのため、数多くの臨床研究が世界中で進行中です。その中には、大きなニュースとなっている開発中の新しいワクチンがあり、非常に有望な中間結果が報告されています。しかしワクチンで得られた抗体が、どの程度持続するのかは未知数です。

感染で得られた免疫力を示す抗体の量も、比較的早く減ってしまうと言われています。新型コロナは再感染することもあり、免疫力が得られても長期的に効力があるかどうかはまだわかりません。今回のニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに掲載された総説論文の内容も、今後の研究の成果を踏まえ、どんどん書き替えられていくことになるでしょう。

    • 谷本哲也(たにもと・てつや)
      1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。1997年、九州大学医学部卒。ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。
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