編集長コラム

縦から横から後ろから(10)

2022年05月16日12時43分 渡辺周

「虚構の地方創生」で報じた山形県舟形町には、辻麻梨子とともに私も取材に行った。土偶「縄文の女神」のレプリカ2体がなぜ町の発展に役立つのか。国費650万円を使ってまで大阪の業者に製作させるものなのか。ツッコミどころ満載だが、もしかしたら町を盛り上げる力が縄文の女神にはあるのかもしれない。この目と耳で確かめるため現場に行った。

行くと「縄文の女神」のレプリカは今回購入したもの以外にもあちこちにあった。「すでにいっぱいあるやんけ!」と、雪道で時には転びながら辻と話した。

最も呆れたのは、今回製作した「精巧なレプリカ」が町長室にあったということだ。舟形町としては「本物に近い偽物」を町内外の人が見て盛り上がることを期待しているわけだが、誰がわざわざ町長室まで見に行くのか。コロナで公共の場での出入りが少ないとはいえ、せめて役場の玄関に置くべきだろう。森富広町長が、町長室を訪れた客にレプリカを自慢したところで何の意味もない。私は取材者でもあるが、納税者でもある。税金を返してほしいと思った。

ところがこのレプリカ、他メディアの伝え方はTansaとは違う。

例えば朝日新聞山形版。見出しは「国宝『縄文の女神』、里帰り願い再現/舟形町、3次元計測データを元に」。レプリカの購入には「町の悲願が込められている」と報じた。本物の縄文の女神は県立博物館にあることが「寂しい」という町長の言葉を載せている。精巧なレプリカを購入することで、舟形町は本物への思いをアピールしているという趣旨だ。

製作費は670万円と書いているが、原資がコロナ対策の地方創生臨時交付金であることには触れていない。

山形新聞は「舟形町/国宝『縄文の女神』レプリカ除幕式/町の宝、この手に」。公民館であった除幕式で、子どもたちが直接「町の宝」であるレプリカに触れたことを報じた。

だがこの記事も670万円という製作費については書いても、原資には触れていない。町民の声も載っていない。

両紙とも、舟形町のレプリカ製作に何の疑問も持っていない。

忘れられない言葉を私に伝えてくれた取材相手がいる。駆け出しだった私は、その人を戦争体験の聞き書き取材で訪れた。彼女は、兵庫県芦屋市で迎えた1945年8月15日のことを次のように語ってくれた。

私は昭和天皇の玉音放送を、勤め先の芦屋郵便局で聞きました。日本が戦争に負けるとは思わず、玉音放送を聞いてわんわん泣いてへたりこんでしまいました。すると、私の姿を見て上司の簡易保険課長が言うんです。「もう泣きなさんな。こうなることは分かっていたでしょ」って。私は「何で課長には戦争に負けることが分かってたんやろう」と不思議で仕方なかったんです。課長は普段は無口で、部下の仕事を黙って見守るタイプなんですよ。どんなに政治家や軍が「日本は勝っている」と宣伝しても、きっちり本当のことを見極めていたんやね。

彼女は体験を語った後、私に言った。

「あんたは物事を縦から横から後ろから見て、とことん疑う記者にならなあかんよ」

彼女の目は、真剣そのもので迫力があった。取材が終わって私がタクシーで帰ろうとしたら「駅まで歩いて電車で帰りなさい」と叱られたが、迫力の余韻が残っていて素直に聞けた。

縄文の女神のレプリカに限らず、「縦から横から後ろから」見ると、景色が一変する取材テーマは多い。芦屋の先達のメッセージを、自分より若いジャーナリストたちに伝えていこうと思う。

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