編集長コラム

名乗らぬ「ロボット」(15)

2022年06月21日14時00分 渡辺周

昨日、辻麻梨子、小倉優香、私の3人で山梨県に新テーマの取材で出張していた時のことだ。レンタカーを小倉が運転し、私が助手席でおにぎりとローソンのからあげくんを食べていた時、後部座席の辻が怒り出した。

「なんで名乗らないんだ!」

辻は、TBSの広報部との電話を切ったところだった。

TBSはTansaがスクープした地方創生臨時交付金について、Tansaのクレジットを入れずにNews23で報じたため抗議文を送っていたのだが、期日までに回答がない。そこで辻は、移動時間を利用して車中からTBSの広報部に回答を督促した。辻は広報部の担当者に「お電話口の方のお名前を教えていただけませんか」と言っていたが、相手は「広報部ということで」と断ったという。

TansaはTBSの佐々木卓社長あてに配達証明で抗議文を送った。それでも広報部は何の連絡も寄越さなかったわけで、これ以上うやむやにされては困る。責任を持って対応してもらうため、担当者の名前を尋ねるのは当然だ。

TBSに限らず、企業や役所では担当者が電話でのやりとりで名乗らないことはよくある。かといって部内で情報は共有されていない。電話をかけるたびに一から要件を説明する羽目になる。

共通しているのは、「責任を取りたくない」「下手なことを言って、自分が組織の中で叱られたくない」という態度である。こちらとしては、担当者の私見を尋ねているのではなく、組織としての回答を担当者として責任を持ってこちらに伝えてほしいだけなのだが、とにかく逃げの一手だ。しつこく名前を名乗るよう言っていると、電話をガチャ切りされることもあった。

保身のために組織の中に個を溶かし、機械のようになっていく。このような態度に触れるにつけ思い出すのが「ゆきゆきて、神軍」(原一男監督)だ。陸軍の一等兵としてニューギニア戦線に従軍し、戦後は天皇の戦争責任を問う言動を繰り返した奥崎謙三という人物のドキュメンタリーである。戦死した友人の名前を叫びながら、一般参賀のバルコニーにいる昭和天皇に向けてパチンコ玉を発射した事件は有名だ。

奥崎氏は、ニューギニア戦線での部隊内での虐殺事件の真相を解明するため、かつての上官を訪ねて歩く。それぞれの郷里で静かな暮らしを送っている上官たちは、突然のことにある人はシラを切り、ある人は逆ギレする。奥崎氏は追及の手をゆるめない。相手がのらりくらりしていると「貴様!」と言って飛びかかる。

奥崎氏の行動は警察の監視対象だ。ある日、自分を囲む警察官たちに奥崎氏が言う。

「君ら名を出してみい。何かできたらやってみい、お前らの判断で。ようやらんだろ。貴様ら、ロボットと同じだ」

「ロボットと同じ」。名乗らぬ組織人がいつの間にか陥っている状態ではないだろうか。

Tansaでは若手が成長し、探査報道シリーズのメーンを務めるようになってきた。辻にしろ、「公害 PFOA」を手がけている中川七海にしろ、他メディアに出演したり、取材を受けたりする機会が出てきた。その際に私が「あれを言うな、これを言うな」と釘を刺すことは一切ない。本人たちは名前も顔も出して思ったことを自由に発言する。

それでも、Tansaという組織に不利益になることなどない。メンバー全員が、Tansaの哲学と使命を共有しているからだ。根っこのところでつながってさえいれば、あとは個がのびのびと打って出る方が、組織としても断然強い。

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