編集長コラム

警察が喧伝した山上容疑者の「思い込み」(20)

2022年07月30日17時35分 渡辺周

統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に我が子が入信した親たちの合宿を、15年前に取材したことがある。統一教会から我が子を取り戻すにはどうしたらいいか。脱会を果たした元信者たちを交え、1泊2日で親たちが学んだ。統一教会側に知られれば妨害される恐れがあるため、場所も極秘で開催された。

脱会を果たした元信者が、親たちに伝えた話が印象的だった。

「最後は親が子を思う気持ちの強さが大事です。信者である子は、親が連れ戻しにやってきても統一教会の人間から『サタンの側に行くのか』と詰められて混乱します。それでも親の方についていくかは、理屈抜きの親の迫力にかかっています」

夜は父親たちと同じ部屋に泊まった。ある父親に「自分の息子は大学で勧誘されて入信したんだが、渡辺さんは大学で勧誘されなかった?」と聞かれた。

私は早稲田大学に在学中、統一教会の関連団体と推察するサークルから勧誘を受けたことがある。話は聞いたが「ふざけるな」と言って断った。しかし息子が入信してしまったその父親には、「勧誘されたことはありません」と答えてしまった。

山上徹也容疑者の場合は、15年前のあの親たちとは逆である。愛情を注いでくれるはずの母親が自分の元を去り、統一教会の方に行ってしまった。怒りを募らせた山上容疑者が統一教会について調べ上げ、その過程で安倍晋三元首相との関わりを知ったことは容易に想像できる。

ところが事件当日の記者会見で、奈良県警の山村和久捜査第一課長が説明した内容は耳を疑うものだった。

「逮捕後の取調べ、逮捕時の弁録については、特定の団体に恨みがあり、安倍元首相がこれとつながりがあると思い込んで、犯行に及んだ旨、本人が供述しております。なお詳細については差し控えさせていただきます」

統一教会の名前を伏せたことにも疑問があるが、山上容疑者が安倍氏と統一教会につながりがあると「思い込んだ」と事後に振り返るのは矛盾している。

山上容疑者の供述は、逮捕直後のものだ。自分の考えを「思い込みだった」と変える時間などない。逮捕されているのに、スマホでも使って安倍氏と統一教会の関係を調べ直し、自分の考えが間違いだったと判断する材料を得たのだろうか。

そんなはずはない。警察が取り調べで「安倍氏と統一教会につながりはないよ、君の思い込みだよ」と迫って山上容疑者に肯定させるか、山上容疑者が心にもないことを供述したか、警察が供述をねじ曲げて記者会見で説明したかのいずれかだろう。

恐ろしいのは、「山上容疑者の思い込み」を前面に出す一方で、警察はかねてより、統一教会と自民党の政治家につながりがあることを把握しているという事実だ。安倍氏とどの程度のつながりがあるかは議論の余地があるとして、何も関係がなかったかのような記者発表はおかしい。

例えば、私が入手した統一教会に関する警察資料には、「統一教会と日韓コネクション」についての記述があり、3人の名前が挙がっている。

岸信介
笹川良一
児玉誉士夫

岸氏は元首相で安倍氏の祖父、笹川、児玉の両氏は自民党に影響力があった昭和の大物フィクサーである。

そもそも警察の捜査力を行使しなくても、公になっている情報を追うだけでも安倍氏と統一教会との関係は把握できる。以下は全国霊感商法対策弁護士連絡会が2021年9月17日、安倍氏に対して出した公開抗議文の抜粋だ。

本年9月12日、韓国の統一教会施設から全世界に配信された統一教会のフロント組織である天宙平和連合(UPF)主催の「神統一韓国のためのTHINK TANK2022希望前進大会」と称するWEB集会において、安倍晋三前内閣総理大臣の基調演説が発信される事態が生じました。これを統一教会が広く宣伝に使うことは必至です。上記要望書の要望を全く無視したものというほかなく、当連絡会としては深く失望し、今後の被害の拡大に強く憂慮しております。

安倍先生が、日本国内で多くの市民に深刻な被害をもたらし、家庭崩壊、人生破壊を生じさせてきた統一教会の現教祖である韓鶴子総裁(文鮮明前教祖の未亡人)を始めとしてUPFつまり統一教会の幹部・関係者に対し、「敬意を表します」と述べたことが、今後日本社会に深刻な悪影響をもたらすことを是非ご認識いただきたいと存じます。

警察庁の中村格長官は2009年9月に民主党政権の官房長官秘書官として官邸入りした。安倍政権になってからも、2015年3月に警視庁の刑事部長として警察に戻るまで官房長官の秘書官を務めた。政治の中枢に身をおいた経験を持つ警察トップである。

元首相が選挙中に殺害された事件で、奈良県警が「山上容疑者の思い込み」と記者発表することを中村長官が事前に把握していなかったはずがない。政治と警察との距離の近さが、捜査を歪めていると私は思う。

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