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誰がための「力業」(4)

2022年08月30日11時51分 辻麻梨子

私の探査報道、原始の記憶は「力業」だ。 

Tansa(当時ワセダクロニクル)のメンバーとして、最初に取り組んだのは「製薬マネーデータベース」づくりだった。

製薬マネーデータベースは、製薬会社が医師個人や研究機関に支払った、謝礼金や研究費を調べることができる。このデータベースによって、一部の影響力ある医師が講演会謝礼などとして年間1000万円を超える副収入を得ていたことが明らかになった。

製薬データベースを作るのは日本で初めての試みだった。製薬71社が各ホームページで公開しているデータを集めるのだが、これがとんでもなく大変な作業であった。

第一に、ガイドラインで公開が定められているにも関わらず、データにたどり着くのが極めて難しい。製薬会社のトップページからアクセスしようとすると、何重も奥のページに入らなくてはならない。当該のページにアクセスできたら、名前や住所を打ち込み、無断転載などを禁じた利用規約に同意する。

すると、データを公開しているページのURLとパスワードが、製薬会社からメールで届く。URLにアクセスできる期間は短いと2週間程度、長くても3ヶ月ほどで、回数にも制限がある。この期限が切れたら、再度申請が必要だ。

第二に、データは特設サイトで公開され、ExcelやPDF形式ではない。コピーができないよう、ガードがかけられていたり、スクリーンショットが取れなかったりするものがほとんどだ。

こうした壁を乗り越える手段は、力業、つまり肉体労働しかなかった。

学生インターンやボランティアが集まり、連日連夜、データを集めた。コピーができないものは、2人ペアになって記載されている医師名、所属、役職、支払いの項目、金額などを片方が読み上げ、もう片方が手作業で打ち込んだ。画像から文字を読み取るソフトは変換ミスが多く、これも一つ一つ手打ちで直した。作業時間は、延べ約3000時間かかった。

「ああ、こんな作業、もういやだ」と思ったこともある。

だが、みんなの気持ちを支えたのは、「これは患者さんのためだ」という思いだった。

私が強く記憶しているのは、ある父親の話だ。娘が若くして肺がんを患っていた。どうにか治す手段がないか情報を集めた父親は、日本が世界で初めて承認した肺がん治療薬「イレッサ」の存在を知った。イレッサは当時メディアで、副作用の少ない「夢の新薬」としてもてはやされていた。父親も主治医から「副作用は軽く素晴らしい薬」と説明を受け、娘に服用させた。

だが、薬の副作用で娘は亡くなった。同様にイレッサの副作用によって亡くなった患者は、2011年9月までに834人に上っている。

製薬会社が医師に高額の謝礼を支払う背景には、自社の薬を宣伝して欲しいという意図がある。メディアもグルだ。20年以上前から、薬の広告を公平な新聞記事と装って掲載していたことは、創刊シリーズの「買われた記事」で暴かれた通りである。

患者さんにしてみたら、どの情報が金をもらった医師の宣伝で、どれが科学的な見解なのか判別がつかない。だからこそ、製薬会社と医師の関係性をデータベースで透明化することが必要だった。

私は薬害で娘を亡くした父の話を、音声で聞いていた。編集長が取材してきた録音を、メモに起こしていたのだ。

この時、自分がやっていた仕事の意義を本当の意味で確信した。

患者さんが自力で膨大な情報を集めることは不可能だ。だから私たちがやる。誰もやったことがないことだからこそ、時には力業にもなる。それでもやるしかないのだ。

この力業スピリットは今も活きている。全都道府県の被害者への救済状況を調査した「強制不妊」シリーズの続報も、自治体の無駄遣い約6万5000事業を検証した「虚構の地方創生」シリーズも、地道な作業を積み重ねたことによって記事になった。

根性論は嫌い。だが、本当に大切なことのためならがんばれる。

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