編集長コラム

身にしみる歴代の授賞メッセージ(33)

2022年11月05日19時28分 渡辺周

中川七海の『双葉病院 置き去り事件』が11月2日、「第3回ジャーナリズムXアワード」の大賞を受賞した。Tansaの前身であるワセダクロニクルを2017年に創刊して以来、私たちのニューズルームからジャーナリズム関連の賞を受賞するのは7回目だ(そのうち2回は共同受賞)。

毎回、授賞側のメッセージが身にしみる。初期と直近の受賞から四つ紹介し、この5年9ヶ月のTansaの歩みをたどる。

立花さんの言葉に「大仕事」の予感

初受賞は、『買われた記事』で創刊した2017年だ。電通と共同通信が、20年も前から企業のお金が絡んだ「広告」を一般記事として出し、地方紙の多くが掲載していた事実を暴いた。日本外国特派員協会(FCCJ)が「報道の自由推進賞」を出してくれた。FCCJの授賞理由は以下だ。

日本の報道の自由は危険な状況にある。自己検閲や記者クラブのせいで、ジャーナリストは権力を監視する「番犬」の役割を果たすのが難しくなっている。ワセダクロニクルのような存在は、日本にとって絶対に必要だ。

『買われた記事』の発信が始まったのが2月で、受賞は9月。その間、私は日本のマスコミの予想以上の萎縮と閉鎖性に辟易としていた。広告業界で「一強」の電通に新聞とテレビはひれ伏し、ワセクロの報道を後追いするところは出てこない。創刊前にワセクロとの提携を予定していた某新聞社は、ワセクロが『買われた記事』を創刊シリーズにしたため、フェードアウトした。その新聞社の幹部は「なんで電通と共同通信の話が創刊シリーズなんだよ」と怒っていた。「ワセクロには近づくな」と部下に指令を出す別の新聞社の幹部もいた。逆風の中での受賞だった。

受賞パーティーには、長年の功績を称える「功労賞」の受賞者として立花隆さんも出席していた。私が『買われた記事』をマスコミは追いかけないと言うと、立花さんが語った。

「田中角栄の金脈問題を報じた時、日本の新聞やテレビは無視したが、特派員協会が応援してくれた。僕の時から変わらないねえ」

立花さんが文藝春秋で「田中角栄研究―その金脈を人脈」を発表したのは1974年。私が生まれた年だ。それが今もジャーナリズムの状況は「変わっていない」と立花さんは言う。これは大変な仕事になるな、と私は予感した。

プロパブリカとの圧倒的な差

1年後の2018年9月に『強制不妊』で受賞したのが、反貧困ネットワークの「貧困ジャーナリズム大賞」だ。反貧困ネットワークは、弁護士や作家、学者らが中心となり貧困問題に草の根で取り組む団体だ。旧優生保護法のもと政府が推進した強制不妊手術では、貧困家庭の子どもも標的にされたと報じたことが評価された。

授賞理由の中で、嬉しかったのは以下の部分だ。

調査報道NPOは米国ではピューリッツアー賞を受賞するなどメジャーな存在になっているのに比べると、日本ではまだ多くの人が知る存在とはいえない実態がある。その社会的認知が高まることを願い、ここに大賞を贈る。

ここで言う米国のNPOとは、「プロパブリカ」のことを指している。世界的に有名な非営利の探査報道ニューズルームだ。実力と知名度はもちろん、財務的にも米国の大きな財団から潤沢な寄付を受けていて安定している。編集幹部たちは年収数千万円だ。

ワセクロは当時、取材の申し込みをするとよく「ワセダクリニックさんですね」と言い間違いをされた。なんで病院が取材を申し込むんだよ、と心の中でツッコミながらも「ク・ロ・ニ・ク・ルです」と大きな声で言い直していた。給料は私を含め、ゼロ円。「ワセクロがお金に困っているのに頑張ったから『貧困ジャーナリズム大賞』を受賞したのか」と勘違いする人もいた。

ここまで差があると、かえって燃える。いつかプロパブリカを追い抜くぞと、この受賞では心に決めた。

ジャーナリズムの原点に還れ

ワセクロからTansaに改称したのは2021年3月。それから1年あまり、今年6月に受賞したのが、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアチブの「PEPジャーナリズム大賞」だ。中川七海による『公害 PFOA』が受賞した。

審査委員長の林香里(東京大学大学院情報学環教授)さんのコメントで、「ジャーナリズムの古典的機能」という言葉が私には響いた。

環境省、自治体、そして企業の責任を問う姿勢はジャーナリズムの古典的機能である権力監視を着実に実践しており、審査員全員が調査報道として高く評価

Tansaは新しいことにチャレンジしているようであり、実はジャーナリストとして当たり前のことを実践しようとしているだけだ。業界の足元が崩れていく中で、「メディアビジネス」のことが当事者たちの関心事になることが多いが、社会の側がジャーナリストに期待しているのはビジネスではなく、ジャーナリズムの実践だろう。

お金が必要なことは身をもって知っている。しかし手段であって、目的ではない。そこのところを林さんのコメントは再認識させてくれた。

「爆発曲線」

そして今回のジャーナリズムXアワード大賞。私が着目した受賞メッセージは、次の部分だ。

ジャーナリストを志して数年のうちに、本シリーズを含むいくつもの”探査報道”力作を世に放つ姿は注目と賞賛に値する。

中川が受賞報告のメルマガで書いたように、『双葉病院 置き去り事件』は本人の強い希望によるものだ。

着手当時の中川はTansaに入って1年目で、記者経験もない。ど素人だ。検察だの自衛隊だの政治家だのと、新人記者には手に余る相手が目白押しだ。これまでの常識では「まあ、いきなり大きなテーマじゃなくて、まずは『雑巾掛け』を」といったところだろう。私自身、駆け出しのころは「お前にはまだ早い」とよく言われてきた。

しかし、本人のやる気ほど重要なものは他にない。「何とか成し遂げたい」という思いがあれば、何をするべきかを知りたがるし実行する。「雑巾掛け」のような単純作業だってその過程で必要ならばいくらでもやる。

中川はその典型だ。いつもうるさいほどに方法を聞いてくる。そしてすぐに実行に移す。うまくいかなかったら原因を突き止めてまた実行する。その繰り返しだ。

辻麻梨子と小倉優香も同様だ。「やり遂げるんだ」という確固とした芯が心の中にある。国会でも取り上げられた辻の『虚構の地方創生』や、辻がまもなく始めるネットでの性暴力に関する新シリーズ、小倉が取材中の農薬ネオニコチノイドの問題は相当難易度が高い。それでも2人は、きっと初志貫徹する。

私の仕事は、ゴールまでの見通しと、なぜ今その作業をやらなければならないかを的確に伝えることだ。だがこれがなかなか難しい。私もまた日々勉強だし、むしろ若手以上に努力が必要だ。

「爆発曲線」という言葉を、中学生の時に聞いたことがある。誰が言ったかは覚えていないが、2倍ずつ数が増えていく過程を説明するのに使われ、印象に残っている。

例えば大きな池に小さなハスの葉が2倍ずつ増えていくことを想像してほしい。はじめは増えているかどうかも分からないような変化だが、ハスの葉が池を覆う面積は加速度的に増えていく。池の全面をハスが覆う前日は、池の半分しか覆われていない。「爆発曲線」の威力がわかる。

Tansaにも爆発曲線に突入する時が来る。最初の頃は目標を見遣れば気が遠くなるが、そうやって地道な毎日を積み重ねることこそ、一番の近道だと思っている。

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