編集長コラム

警察は誰を守るのか(42)

2023年01月14日18時46分 渡辺周

200本を超える子どもの性的動画が、アプリ内で裏取引されていたことを12日に報じた。この日までに確認できたのが200本なので、実際の被害はもっと大きい。

いくら被害の実態を報じても、サイバー空間を隠れ蓑にする鬼畜の所業は止まらない。私たちが期待を込めて取材を申し込んだのが、警察庁サイバー特別捜査隊だ。

サイバー特別捜査隊は、2022年4月に200人態勢で発足した。ネットでの情報収集技術に精通した捜査員や、サイバー捜査に必要な資機材が揃っているという。隊長は佐藤快孝警視正。警視庁でもサイバー犯罪対策課長を務めたことがある。私が密かに期待したのは、佐藤隊長が東京大学でボクシング部に所属していたことだ。ファイティングスピリットを持った人物に違いない。

「出世ばーっか気にしとるから、事件が解決せんのや」

この捜査隊に期待した理由はもう一つある。それは警察庁の直轄組織である点だ。

ネット上での性犯罪は当然、県境を超える。警察の捜査は都道府県警ごとに行われるが、縄張り意識が強い。県境をまたぐ事件では、県警同士の連携がうまくいかず犯人検挙に至らないケースがしばしばある。

例えば「赤報隊事件」。この事件では、1987年に朝日新聞の阪神支局(兵庫県西宮市)に散弾銃を持った犯人が侵入し、記者1人を殺害、1人に重傷を負わせた。事件は阪神支局だけではない。朝日新聞東京本社への散弾銃発射、名古屋の社員寮への侵入と散弾銃発射、静岡支局への爆弾設置、東京のリクルート会長宅への銃撃など広範囲に及んだ。これらには全て赤報隊からの犯行声明文が出されていることから、警察は一連の事件の首謀者を同一とみて捜査した。

ところがどの事件も解決しないまま、時効を迎えた。兵庫県警で阪神支局の事件を担当した元刑事の言葉が忘れられない。彼は最後まで犯人検挙に執念を燃やしていた。

「みんな自分の出世や組織のことばーっか考えて、やれ警視庁じゃ、やれ公安じゃ、大阪府警じゃヘチマじゃ言っとるから解決せんのや。アホみたいな話やけどほんまやで」

幼い女の子が犠牲になったケースとしては、1979年から1996年にかけて、4人が殺害され1人が失踪した事件がある。事件は栃木県と群馬県をまたぐ半径10キロほどの地域で起きたが、全て未解決だ。私はこの事件を取材していないので、栃木県警と群馬県警の連携がどれほどできていたかは定かでない。しかし、この狭いエリアで起きた5件の事件の犯人を全く検挙できていないのは異常である。

日本警察の長年の課題である県警間の連携不足は、ネット犯罪が隆盛の現代ではさらに深刻になる。だからこそ、警察庁直轄のサイバー特別捜査隊に私たちは期待した。

警察庁にとっての「重大事案

だが警察庁は取材に応じず、書面で回答してきた。がっくりきたのは以下の部分だ。

サイバー特別捜査隊は、警察法上、重大サイバー事案に係る犯罪の捜査を行うこととされており、この種の事案については、主に都道府県警察の生活安全部が対応しております。

つまり、子どもたちが犠牲になっている事件は「重大サイバー事案」ではない、都道府県警に任せるということだ。県境など関係ないネット犯罪に、都道府県警では対処できない疑義があるからこそ取材を申し込んだ。これでは期待外れだ。

アプリ内で取引されている動画では、泣き声を上げて身をよじる女の子もいた。そうした動画を、辻麻梨子は一つ一つ、確認していった。

同じ動画をみても、佐藤隊長をはじめ警察官僚は「重大犯罪ではない」と言えるだろうか。あなたたちは、誰を守るために職務に当たっているのか。

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