飛び込め! ファーストペンギンズ

ピンク色の髪(21)

2023年01月17日19時46分 中川七海

昨年の7月から、私はある社会実験を続けてきた。髪の色によって、対面する相手の態度が変わるかどうかを試す実験だ。結果から言うと、私の髪色が派手なほど、横柄な言葉や態度をとる人がぐっと減ることがわかった。

なぜ、このような実験をしたのか。

3年ほど前に報道の世界にやってきたとき、私は違和感を抱いた。仕事上で、偉そうな態度の人によく出会うのだ。あまりに多く遭遇するので、彼らの特徴を掴めた。特に多い層が、日本で働く40代以上の男性だ。共通するのは、初対面の女性に対してタメ口を使ったり、話を遮って自分の話をしたり、挨拶や返事を返さなかったりする一方で、男性に対しては言葉も態度も丁寧に接するといった特徴だ。前職の国際NGOでは、30代以下や、外国で働く人と仕事をすることが多かったためか、気づけなかった。

横柄な人とも仕事をしなければならない状況にあった私は、対策を考えた。彼らは相手を「見て」判断している。私が見た目を変えれば、何か変化があるかもしれない。取材の邪魔にならない方法を考え、髪を染めることに決めた。

まずはピンク色にした。早速、効果があった。

取材で知り合った元官僚の60代の男性がいた。Tansa編集長の渡辺周や男性に対しては挨拶を返すのに、私や女性が挨拶しても無視する人物だ。試しにピンク色の頭で挨拶すると、彼は目線を髪に移し、小声で「あっ」と言った。そして挨拶を返した。この人のように、これまで私を無視してきた人たちが、無視しなくなった。

派手な髪色は、自分の身を守る手段として役に立つこともわかった。電車で押されたり、タクシーの男性運転手や施設の男性警備員にタメ口を使われたりすることが激減した。彼らは、私の年齢が自分よりも若いからではなく、女性だから態度を変えていたのだ。相手を選んでいるのだ。

その後も、青や紫、金やグレーなど、髪色を変えながら実験を続けた。仮説は当たっていたが、そもそも女性の方が気を遣わねばいけないこと自体がおかしい。目の前の相手のために対策したり、声をあげたりしなくてはいけない現状には、根深い偏見と差別意識がある。

先日、あるシンポジウムに登壇した。「ジェンダーをテーマに話して欲しい」との依頼だった。聴衆の9割は日本の男性だ。

私は、報道現場における世界と日本のジェンダーギャップについて話した。国際的なジャーナリズムカンファレンスでは、全員が参加する最初のセッションで、ジェンダーバランスの確認を行う。女性、男性、その他、無回答など、参加者の割合を数で示す。万が一、いずれかに偏っている場合(特に男性が多い場合)は、事前に断りを入れる。例えば、昨年11月にTansaのリポーターが参加したタイでのカンファレンスでは、参加者は女性54%、男性42%で、登壇者は45%が女性、55%が男性だった。司会者2人がともに男性だったため、主催者は謝罪した。

一方で、日本新聞協会のデータによると、2022年時点での日本の女性記者の割合は24.1%だ。過去20年で13.5%しか増えていない。女性の割合が50%以上になるのが先か、経営難の新聞社が潰れるのが先か、後者なのは明らかだ。

壇上で私は、髪色の実験結果についても触れた。登壇後、50〜60代ほどに見える、見知らぬ男性から突然声をかけられた。

「髪色の話、面白かったねぇ〜。堂々としてる女性は珍しい。その調子で取材も頑張ってね」

私は「あなたのような人のことを言っているのですよ」とは、あえて教えなかった。

社会の意識自体が変わらないと意味がないからだ。

 

 

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