編集長コラム

ジャーナリズムファンをつくる(49)

2023年03月04日14時04分 渡辺周

祖母は晩年、社交ダンスに熱中した。祖父に先立たれてから少し心配したが杞憂だった。いつ会ってもダンスの話ばかりしていた。

私が大学生の時には、祖母が通うダンス教室の主催の発表会に招かれた。大きな教室に通っていたようで、会場は新宿の京王プラザホテルだ。私が少し緊張気味に会場に行くと、向こうから「まこーっ」と手を振って女性がやってくる。化粧が厚すぎて一瞬、誰だかわからなかったが祖母だ。薄ピンクのドレスを身にまとっている。祖母は横浜に住んでいて、長年、米軍将校の妻らの洋服を仕立てる仕事で家族の生計を立ててきた。この日のドレスも自分でつくった。

「モノ好きの会へようこそ」

圧倒されている私に、祖母は言った。少女のようにはしゃいでいる。しばらくして祖母と踊るパートナーの男性もやってきて、私は「孫のまことです。祖母がお世話になっております」と丁重に挨拶をした。

発表会のプログラムは、ダンス教室の生徒がまず日頃の成果を披露し、その後にゲストとしてプロのペア、プロの中でも日本チャンピオン、そして最後に世界第3位のイギリスのペアが登場するという流れだ。

始まる前は「おばあちゃん、コケるなよ」と心配する気持ちもあったが、かえって失礼な心配だった。なかなか華麗に舞っている。背中をそらせ、足をあげる場面では「みよこーっ」と大声で祖母の名前をコールした。

社交ダンスってなかなかいいもんだなあと感慨にふけっていると、プロのペアが出てきた。やはり、違う。こちらの気持ちまでワクワクするダンスだ。だがその後、日本チャンピオンのペアが登場すると、これがまた違う。格段にレベルがあがる。

そして大トリの世界3位のペア。うっとりした。それまでのペアのことを忘れるほどだ。一挙手一投足、指の先の動きまで魅せる。鍛え抜かれているのがわかる。ダンスフロアは2人のオーラで満ちていて、狭く感じた。

それぞれの暮らしや仕事がありながら、社交ダンスを仲間と楽しむ人たち。社交ダンスを職業とし、鍛錬を積んで見る人を魅了する人たち。ファンとプロが一体となって、社交ダンスを盛り上げる。私があの時のことを思い出したのは、ジャーナリズムも同じように活性化できたらいいなと思っているからだ。

確かに現状は厳しい。「ジャーナリズムファン」と言えるような人たちはまだまだ少ない。

だが希望はある。例えば、広島のフリースクール「木のねっこ」の生徒たちは実際の探査報道のプロセスを私のコーチングで経験した後、「タンサしようぜ」と言うようになったという。「これはおかしい」と思ったことは、自分たちで調べようという意味で使っているそうだ。私はこの話を聞いて、思わずニンマリした。

祖母が亡くなった後、遺品を整理していたら、私の記事の切り抜き集が出てきた。私自身が気に入っている記事ばかりだ。祖母もジャーナリズムファンだったのかなと想像している。

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