編集長コラム

粉々にされてたまるか(50)

2023年03月11日15時56分 渡辺周

2008年のリーマンショック後の不況で、苦境に立たされた派遣労働者たちを取材したことがある。

20代の夫婦は、静岡県内の携帯電話工場で働いていたが雇い止めに遭った。派遣会社の寮を追われ、住む場所がないので県内のラブホテルを転々とした。

私が取材した時は、生活保護を受けて名古屋市が斡旋した施設に身を寄せていた。夏の暑い日で、私はアイスクリームを手土産に持っていったが冷蔵庫がない。溶けないうちに食べてもらった。風呂もない。妻は銭湯に通い、夫はベランダでホースを使い体を洗う日々だ。

夫は「20代で生活保護なんてドン引き、仕事を見つけたら正社員になりたい」、妻は「子どもがほしいけどとても産めない」と語った。

取材が終わって帰る時、私は夫婦から「渡辺さん、お仕事がんばってください」と言われた。「しっかり報道してください」という意味と、「仕事ができるありがたさをかみしめてください」という両方の意味にとれて胸が詰まった。

あれから15年。労働環境は改善するどころか、悪化している。非正規雇用の割合は今や4割だ。

この状況で警察と検察は、労働者の暮らしの改善に尽力してきた労働組合を粉々に潰そうとしている。関西で生コンを運ぶミキサー車の運転手らでつくる「全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(関生支部)を弾圧しているのだ。Tansaは3月7日に報じた

職場環境の改善を求めた行動を、恐喝未遂や威力業務妨害だと言いがかりをつけて、関西一円の警察が一斉に関生支部の組合員を逮捕していったのは異様だ。その数延べ89人。

その異様さと恣意性は、インターネット上での性犯罪への警察の対応と比較すると分かりやすい。この犯罪は子どもまで被害に遭っている重大なものだ。だが都道府県警間の連携は乏しく、今も被害が拡大している。Tansaの辻麻梨子がシリーズ「誰が私を拡散したのか」で報じている通りだ。

なぜ警察と検察はここまでムキになって関生支部を弾圧するのか。

非正規労働が増える中で、日本中に不満がマグマのように溜まっている今、労働者たちが団結して立ち上がることに、国家権力が怯えているのだと私は考える。

日本の労働組合は、大企業の「企業内労働組合」が中心だ。経営側とは馴れ合っていて、とても労働組合とはいえないような組織が多い。国家権力にしてみれば、経営側とねんごろにしておけば社員たちから政策に盾つかれることはない。だが関生支部は違う。業界全体のために企業の枠を越えて活動する産業労働組合なので脅威だ。

印象的なシーンがあった。3月2日、関生支部の湯川裕司委員長への大津地裁での判決言い渡しの時のことだ。懲役4年の実刑を宣告されても、湯川委員長には目に力があって身じろぎしない。だが傍聴席から「お前が法律違反や !」「裁判官やめろ !」と抗議を受ける畑山靖裁判長の目は弱かった。怯えているように私には見えた。

長いものに巻かれた人と、仲間に支えられ腹をくくった人との違いだろう。

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