Appleはなぜ、デジタル性暴力の温床となっていたアルバムコレクションのようなアプリを承認したのか。アルバムコレクションは一時、App Storeの「写真/ビデオ」カテゴリのランキングで1位になった。App Storeに掲載されることで利用者を増やし、数多くの被害者を出した。
私はこれまで何度もAppleの日本法人に質問状を送ってきた。米AppleのCEOティム・クックには直接メールをした。だが一度も返事はない。
そこで米国に赴き、App Storeの統括を務めた元幹部のフィリップ・シューメイカーを取材した。
Appleはアプリで起きる被害を防ぐための対策を、十分に講じてなかった。
例えばアルバムコレクションのように、ダウンロードした後にコンテンツを追加するアプリでは、どんなものが取引されているのかをAppleは確認できない。問題を発見する手掛かりとなるのがユーザーのレビューだが、これも無視しているという。
シューメイカー氏のインタビューの様子は、映像でもご覧いただけます。
紅茶のティーバッグも有料にした「数字の男」
App Storeには各アプリのページに、ユーザーがアプリの評価を記入できるレビュー欄がある。アルバムコレクションの場合、レビューで違法画像の取引が指摘されていた。アルバムコレクションに投稿された画像を見るには、パスワードを入力する必要があり、Apple側は画像を見られない。だが、レビューをチェックすることはできる。
シューメイカーはアプリのレビューについて、「子どものコンテンツや搾取するようなもの、性的に不適切なものがあると言われているなら、Appleは絶対にそれを確認するべきだ」と話す。
それでもAppleが無視するのはなぜか。
「理由はおそらく、お金が全てだということです。App Storeは、Appleにとって大金を生み出すドル箱です。同時に、多くの社員を雇ったり、サーバーや回線の費用に多額の経費もかかります」
しかしAppleは本当に金のことしか考えない企業なのだろうか。創業者のスティーブ・ジョブズは、2005年にスタンフォード大学の卒業式で行なったスピーチで次のように語っている。
「仕事はみなさんの生活の大部分を占めることになります。ですから、本当に満足できる人生を送るただ一つの方法は、自分が素晴らしいと思えることを仕事にすることです。そして、素晴らしい仕事をするただ一つの方法は、自分がしていることを愛することです」
シューメイカーは、ジョブズの後を継いだ今のCEO、ティム・クックについて言及した。私が直接メールをした人物だ。メールの3日後にApp Storeからアルバムコレクションは削除されたものの、私の質問には沈黙したままだ。()内はTansaが補足。
「彼は数字が全てです」
「数字の男なんです。スティーブが亡くなってCEOに就任した途端、Appleの従業員に、いつでも無料で食べることができたリンゴの代金を請求し始めました。以前は無料だったのが、今では紅茶のティーバッグにも1ドル払わなければなりません。ティムは数字に強いんです。私にとっては、彼がこのようなこと(App Storeでの被害防止)に時間を費やしてこなかったことに、驚きはありません」
「スティーブなら、ティム・クックよりもう少しこの問題を解決しようとしたかもしれませんね」
取材に応じたフィリップ・シューメイカー=2024年4月4日NHKスペシャル「調査報道・新世紀」取材班撮影
5分後に戻ってこられる仕組み
シューメイカーは、金の問題だけではなく、そもそもレビューをチェックして性被害を防ぐことへの優先順位が低いとも指摘する。
「Appleがその気になれば、簡単にできることです。正直なところ、金の問題だけとは思えません。ただ単に、誰もそれをAppleに強いていないからでしょう」
「おそらく優先項目の中には入っていますが、順位は最も低いでしょう」
Appleが性被害の問題に向き合っていないことは、ほかの様々な仕組みの中にも表れている。
例えば、アプリの開発者として登録するのに必要なのは、メールアドレスだけだ。Appleは個人の開発者に対し、身分証明などを求めていない。シューメイカーが言う。
「App Storeには偽名の開発者が好き勝手に出入りしています」
「もし悪いことをしたら、Appleは開発者の会員資格を停止します。でも5分後に別の名前で戻ってくれば、何度でも同じことが繰り返せるのです。だから多くの開発者が個人として登録しています」
「理由はさまざまですが、法人を設立するより個人としてApp Storeに登録する方が簡単だからです」
実際にアルバムコレクションも、App Store上の代表者はイクリプス社ではなかった。ウィリアム・リールの個人名で登録されていた。
アプリで起きた問題について、ユーザーが報告や相談のできる窓口も設けていない。App Storeでのアプリ間の競争が激しく、ライバルアプリを蹴落とすための嘘の申告がくる可能性があるからだという。
「理想的にはフリーダイヤルか、少なくともウェブサイトがあり、簡単にクリックして『このアプリをAppleに報告したい』と伝えられる場があればいいのですが。そんなものは存在しません」
イラスト:qnel
実現しなかった通報フォーム
結局、被害者はどうしたらいいのか。自身の性的画像を売買するアプリがApp Storeの人気ランキングを駆け上がる様子を、黙って見ているしかないのか。私は尋ねた。
「ではAppleの掲載するアプリで被害を受けた人は、どうやってそのことをAppleに伝えたらいいのでしょうか」
それまで堂々と質問に答えていたシューメイカーが、言い淀んだ。
「そうですね…わかりません」
「それが事実である前提で受け止め、調査を行なうべきです。もし問題が起きているのであればストアからアプリを削除して、適切な管轄の警察に連絡して問題を解決するべきなんです。しかしそうしたことが行なわれていません。クパチーノ(米Apple本社)に近い米国でさえ、です。今は問題に対処すべき人を見つけるのは、とても難しいことです」
シューメイカーは自身の在任中、通報フォームをつける方法を話し合ったが、実現しなかったという。
問題を伝える別の方法としてシューメイカーは、責任者に直接アクセスすること、Appleにとって不都合な記事を書くこと、CEOのティム・クックにメールすることを挙げた。だが、これができる当事者は一体どれだけいるのだろうか。
「98%の美しさに目を向けるべき」?
私は取材の終盤、Appleがこれまでアプリを通じて被害にあった人たちに、謝罪したことがあるかを尋ねた。今年1月、米国の上院議会の公聴会ではMetaのCEOであるマーク・ザッカーバーグが性的搾取被害者の遺族らに謝罪した。プラットフォームが責任を問われ始めている。
シューメイカーは否定した。
「Appleが被害者に謝罪したという記憶はありません。正直なところ、Appleはそれを自分たちの問題だとは考えていないのでしょう」
それはApp Storeの責任者だったシューメイカー自身も同様ではないか。私たちの取材には詳しく率直に答えたが、自身の責任には言及しなかった。
シューメイカーは、こうも話した。
「App Store全体では、1〜2%の悪質業者が存在します。98%の美しさにも目を向けるべきです」
だが、1〜2%の悪質な開発者のせいで被害に遭う人々の数は、膨大だ。
アプリで性的搾取の被害に遭い、命を絶った人もいる。
=つづく
敬称略
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