私たちは今年4月、App Storeの元統括を務めたフィリップ・シューメイカーを取材した。
アルバムコレクションのようなアプリが引き起こす被害の防止について、シューメイカーは、「Appleはその気になればできる」と認めた。
だがAppleは対策に乗り出さない。「金が全て」で、性暴力被害を防ぐことの優先順位が低いからだという。
Appleだけではない。巨大プラットフォーム企業は、デジタル性暴力の対策を疎かにしており、世界中で被害が起きている。
米国では自殺などで亡くなった子の親たちが、被害防止を求めて、巨大プラットフォーム企業と闘っている。
私たちは、そのうちの一人の母親を取材した。彼女の15歳の息子は3年前、自ら命を絶った。性的画像を元に恐喝を受ける「セクストーション」被害に遭っていた。
子ども部屋に飾られた思い出の写真。亡くなった末っ子のライリー(中央)は、兄弟の中でも母親のメアリー(中央左)の幼い頃によく似ていたという=2024年3月30日NHKスペシャル「調査報道・新世紀」取材班撮影
笑顔で写真を撮った4時間後に
3月30日、米ニューヨーク州北部の町・カントンを訪れた。辺りには木々や湖が広がり、農場や家屋が点々と並ぶ静かな場所だ。地面には、まだ雪が残っていた。
自宅で私たちを迎えてくれたのは、Mary Rodee(以下メアリー・ロディー)だ。3年前のこの日、15歳だった息子のRiley Basford(以下ライリー・バスフォード)を亡くした。ライリーは狩猟用に保管していた銃で、自らを撃った。
リビングの奥には、ライリーの写真と遺灰が置かれている。
メアリーは腰をかけると、語り出した。
「あの日はとても暖かくて、天気のいい日でした。そう、3年前の今日。ライリーは歯の矯正をするため、学校を休んでいたんです」
「数時間後にスポーツイベントで会うはずでした。その日の写真があります。金属製の矯正器具をつけた歯を見せて、イキイキした表情で笑っている写真。『また後でね、ママ』と言って、別れたんです」
メアリーは朝10時半に、ライリーを家に送り届け、別の用事に向かった。4時間後の午後2時15分、ライリーの兄からメアリーに電話がかかってきた。兄は、ライリーが自ら命を絶ったと告げた。
「すぐに車で向かいました。家の前の通りに車を止めたら、警察が帰っていくところでした。それで私は、ライリーが亡くなったと知ったんです」
「もしまだ生きているなら、警察がいて、救命活動をしたはずでしょう。でも救急車には乗せられなかった。霊柩車だったんです。私は、4時間前にニコニコしたライリーの写真を撮ったばかりの庭先に立ちつくしていて、州警察の人が私を抱きしめ、お悔やみを言ってくれました」
「私たちの人生は、ただもう、粉々になってしまったんです。全てが現実とは思えませんでした」
共通の友達?「メーガン・ミラー」の正体
ライリーはなぜ、亡くなったのか。その理由をメアリーが知ったのは、事件から2〜3日後のことだ。
ライリーはFacebookで繋がった人物から、性的画像を元に恐喝を受けていた。セクストーションである。
やり取りしていた相手は「メーガン・ミラー」と名乗る女の子だった。だが後のFBIの捜査により、架空の人物だとわかる。ナイジェリアを拠点にした犯罪集団で、他にも偽のアカウントを複数作り、子どもを恐喝していた。
その手口は巧妙だった。
「メーガンはライリーだけでなく、ライリーと同じ年頃の友達の男の子たち12人ほどにも、友達リクエストを送っていました。ライリーの親友2人は、ライリーより先にリクエストを承認していた。するとメーガンのプロフィールには、『共通の友達が2人』と表示されます。それでライリーも新しく学校に来た女の子かもしれないと、メーガンと繋がりました」
「3500ドル送れ」「人生終わり」
普段なら、日中はスマホを触ることができない。しかしその日たまたま、ライリーは学校を休んでいた。
メーガンとチャットのやり取りをしていると、メーガンから恋人がいるか、と聞かれた。ライリーがいないと答えると、メーガンは裸の胸を写した画像を送ってきた。ライリーは同様の写真を送り返すよう求められ、応じてしまった。
直後、メーガンと名乗る犯罪者は脅迫に転じた。すぐに3500ドル(およそ50万円)を送金しなければ、この写真を知り合いにばらまくとライリーに畳み掛けたのだ。
「その時、ライリーは追い詰められていました。メーガンに『もうやめて』『これから自殺する』と返信していたことがわかりました。それを彼女は、嘲笑っていたんです。『送らないと人生終わりだよ』『まあどっちにしたって、永遠にメチャクチャにしてやるけど』って」
ライリーが亡くなった後、兄が自分のMessengerに写真が届いているのを見つけた。ライリーがメーガンに送った写真だ。ライリーと同じ苗字の複数人が、メーガンのアカウントから同じ写真を受信していた。ライリーの家族や親戚だろうと当たりをつけた人たちに、メーガンの偽アカウントが写真をばらまいていたのだ。
イラスト:qnel
「コメントありがとうございます」
警察は犯人がナイジェリアにいることは突き止めたものの、検挙することはできなかった。
「FBIと国土安全保障省からは、『我々はその国では捜査ができない』と言いました。どこで何が起きているのか、知っているにも関わらずです」
ライリーがセクストーション被害にあったとわかった日、父親はFacebookを運営するMetaのカスタマーサービスに連絡を取った。カスタマーサービスからの返信には、「コメントありがとうございました」とだけ書かれていた。
「私たちの送ったコメントはこうですよ。『私たちの子どもが死んだんです』。なのにそれが返す言葉ですか?」
「どうしてお母さんのことを考えなかったんだろう…」
メアリーはライリーの子ども部屋に、私たちを案内してくれた。壁には家族や友達と撮ったたくさんの写真、兄弟たちと描かれた絵やメッセージ入りの旗が飾られていた。
メアリーはそれら一つ一つを手に取り、思い出を語った。ベッドの上に置かれた服を手に取り、こう言う。
「これが手元に残っている全てなんです。多分これからも、まだ彼の服は洗えません。汚れた靴下がこの下にもあるけど…。すごく奇妙な気持ちです。ライリーは目の前にいたのに、いなくなってしまって。やっぱりまだこんなことが起きたって信じられないんです」
メアリーは教師だ。ライリーとはSNSの使い方だけでなく、普段から自分自身をコントロールし、ストレスに対処する方法も繰り返し話し合ってきたという。
「ライリーは面白くて、とってもハッピーな子で、だけど衝動的なところもありました」
「そうしたところも含めて成長し、大人になるはずだった。なのにそのチャンスを奪われてしまったのです」
息子を救えなかった後悔を何度も口にし、涙を流した。
「ライリーは亡くなる時、私のことも考えなかった。すごく辛いことです。心血を注いで育ててきたのに、どうして『お母さんが助けてくれるはず』って思えなかったんだろうって…。でも加害者たちはライリーをひどい恐怖に陥れて、そういうことすら考えられなくなっていたんです」
「車の免許を取るのを、とても楽しみにしてた。自分の人生を愛していました。このようなことは、両親が重要な話をすべてしていた、適応力のある普通の子どもに起きているんです」
ライリーの部屋で、亡くなった日から洗うことができずにいるシーツを前に話をするメアリー==2024年3月30日NHKスペシャル「調査報道・新世紀」取材班撮影
一人、また一人と子どもが死んでいく
事件後、メアリーは次第に、同じように子どもを亡くした親たちと知り合うことになった。
「考えてみれば、それが転機だったのかもしれません。事件から1年後、ライリーとまったく同じ状況で子どもを亡くした母親に出会ったんです。彼女は私たちの経験を知らなくて、危険性に気づくことができなかった。彼女の子どもが亡くなり、一人、また一人、また一人と犠牲者が増えた」
そこからプラットフォームの安全性を訴える遺族の活動に加わった。
「本当に腹が立っているんです。ライリーはとても大切な子でした。他の子どもたちもみんな。いい大人になるはずだった子たちです。短い生涯の中で、あんな苦しみを味わったかと思うと、本当に恐ろしい。だからこうして訴えているんです」
だがこうした親たちの言葉を、Metaは無視している。
=つづく(来週の本シリーズは休載します)
敬称略
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