イラスト:qnel
犯罪者が巨大なプラットフォームを悪用し、子どもが命を落としている。
2021年、米国・ニューヨーク州に住むメアリー・ロディーは、息子のライリーを15歳で亡くした。
ライリーは、Facebookで同年代の女の子を装った犯罪集団に性的画像を要求された。画像を送ると、金を払わなければ知り合いにばらまくと脅された。セクストーションという被害だ。恐喝を受けたわずか数時間の間に追い詰められ、自ら命を絶った。
犯罪集団の本拠はナイジェリアだった。しかし、FBI(連邦捜査局)と国土安全保障省は「その国では捜査できない」と検挙していない。
Facebookを運営するMetaに「私たちの子どもが亡くなった」と連絡したが、カスタマーサービスから来た返信は「コメントありがとうございます」だけだった。
メアリーは息子を救えなかったと自身を責める。これ以上子どもの犠牲者を出したくない。自分たち家族と同じ思いをする親も見たくなかった。
しばらくして、Meta本社やワシントンD.C.を駆けずり回る日々が始まった。
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警察を呼び、遺族を追い出すMeta
ライリーが亡くなった数日後、加害者はナイジェリアの集団だと判明した。FBIの捜査でわかった。偽アカウントを複数作り、子どもたちをターゲットにしていた。
メーガンと名乗っていたそのアカウントは、先に裸の画像をライリーに送っていた。
なぜMetaは、犯罪者たちに手を打たなかったのか。メアリーは疑問を抱き始めた。
「プラットフォームでは偽のアカウントが作れてしまいます。子どもの性的虐待のコンテンツをやり取りすることを許している。本当は止められたはずです。例えばAIが画像の90%が肌の色であればヌードだと判別して、排除する方法もある。でもそれをしていないんです」
被害防止に対して、Metaのやる気がないのは明らかである。メアリーたちが事件後、Metaのカスタマーサービスに連絡を取った時の返信は、「コメントありがとうございます」だけだったからだ。
「私たちの送ったコメントはこうですよ。『私たちの子どもが死んだんです』。なのにそれが返す言葉ですか?」
メアリーは、地元の議員を通じ、Metaに被害を伝えた。他の遺族とは、Metaの本社前で抗議活動をした。
ところがMetaは、遺族らが敷地に入るや否や警察を呼び、追い出した。遺族からの手紙の受け取りも拒否した。
プラットフォームだけが免責される
Metaに対して訴訟を起こすことも考えた。
だが断念した。米国には通信品位法第230条、通称「セクション230」と呼ばれる法律があるからだ。
この法律は、第三者が発信した情報についてプラットフォーム側は責任を負わないと定めている。日本にも「プロバイダ責任制限法」があり、同じく掲載の責任は問われず、違法画像などの削除も義務付けられていない。
しかし、本当に責任はないのだろうか。
セクストーションは、プラットフォームを悪用することで成立する犯罪だ。
メアリーは強調する。
「子どもの性的虐待やドラッグに関するコンテンツは違法です。しかしプラットフォームは、こうしたコンテンツを作成する人たちを監視していません。ガイドラインでは対処する必要があると書かれていますが、実際にはしていないのです」
私もこれまでの取材で、違法な子どもの性的画像などがプラットフォームを通じて大量に取引されているのを目にしてきた。利用規約上では禁止していても、実際には画像が蔓延している。
メアリーは他の情報サービスとプラットフォームを比較して、こう話した。
「テレビやラジオ業界は規制が厳しい。SNSも同じくらい影響力があるのに、規制がありません」
「少なくともプラットフォームが、テレビやラジオ、新聞などと同様の責任を負う法律がなぜできないのでしょうか」
議会で見せた空虚な「謝罪」
メアリーら遺族を無視してきたMetaが、連邦議会の公聴会では態度を変える。Metaの創業者であり、CEOのマーク・ザッカーバーグが謝罪したのだ。
公聴会は2024年1月31日、上院議員らがSNSでの子どもの性的搾取を防ぐために開いた。巨大ソーシャルメディア5社の幹部が呼ばれ、その中にザッカーバーグがいた。
冒頭で、被害に遭った当事者や、メアリーらその家族の証言が動画で流された。
その後、議員たちが次々にザッカーバーグを追及する。
「そんなつもりはないでしょうが、あなたの手は血塗られています」
「人を殺す製品を持っている」
「これだけは聞かせてください。今日ここに被害者のご家族がいますが、あなたは被害者に謝罪しましたか? 今すぐ謝罪しますか? 」
ザッカーバーグは言葉に詰まりつつも、子どもたちの写真を掲げる家族のいる背後を振り返ってこう言った。
「あなた方が経験したすべてについて申し訳なく思います」
しかし、メアリーにしてみれば、このザッカーバーグの謝罪は茶番だ。
「マーク・ザッカーバーグが公聴会で立ち上がって謝罪するというのは、私からしたらジョークです。なぜテレビで大々的に取り上げられるんでしょうか。彼はライリーのことを知りながら、私に謝罪したことは一度もないのに……」
「ザッカーバーグにはこう言いたいです。『どれだけお金を稼げば気が済むの?』って。何兆ドルも稼いでいて、同時に犯罪を止めることがなぜできないのでしょうか」
「彼と直接会って話をして、ザッカーバーグが私やライリーを見ても平然とできるかどうか確かめたい。きっとできるんでしょうね」
自宅のあちこちに家族とライリーの思い出の写真が飾られていた=2024年3月30日NHKスペシャル「調査報道・新世紀」取材班撮影
子どものすぐそばに迫る犯罪
メアリーはプラットフォームに対して安全性を求める活動を続ける一方、「うんざりする」とも語る。
「どうして私が、もういない自分の子どもの写真を持ってワシントンD.C.を歩き回り、企業や政治家が行動するよう叫ばなければならないんでしょうか?足にマメまで作って」
それでも、自分たちの苦しみを他の家族には経験してほしくないと話す。
「子どもたちは、親が夕食を作っているときに犯罪に巻き込まれるかもしれない。夜、子どもを寝かしつけたときや、通学中のスクールバスでも。ライリーに起きたことは他の子にも起きる可能性があります。みんなそのことを知らない。私には耐えがたいことです」
「今の活動には意味があると思っています。これからもプラットフォーム企業の危険性を伝えていきたい。だってライリーはもういないから。私にできることは他にありません」
私たちはもう一人の親にも話を聞いた。プラットフォームがいかに安全対策に手を抜いているかを訴えるため、立ち上がったMetaの元社員だ。
=つづく
敬称略
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