米・ニューヨーク州のライリー・バスフォードは、15歳で自ら命を絶った。Facebookで架空の人物を騙って近づいてきたナイジェリアの犯罪集団に、性的画像をもとに金を要求される恐喝を受けていた。
母親のメアリー・ロディーは、命を落とす子どもをこれ以上出してはならないと、巨大プラットフォーム企業への規制を訴えている。Metaの本社前で抗議をしたり、議員に陳情したりしてきた。
だがMetaから謝罪を受けたことは一度もない。
Metaは自社のプラットフォームを通じて起きる子どもの性的搾取や犯罪被害を、本当に防ぐ気があるのだろうか。
「行動を見れば、子どもを守る気がないのは明らかだ」と語る人物がいる。
Metaのエンジニアだった、Arturo Bejar(アルトゥロ・ベハール)だ。
取材に応じたアルトゥロ・べハール=2024年4月2日辻麻梨子撮影
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子どもがMetaに報告できるように
ベハールは2009年から2015年までの6年間、Metaの社員だった。ユーザーの保護を担当する部門を統括し、主に子どものいじめや自殺などを防ぐ仕組みづくりを行なってきた。特に力を入れていたのは、ユーザーが経験した問題や被害をMetaに伝えやすくするためのツールの構築だ。
例えばユーザーが不快な思いをした際、具体的な内容をMetaに報告する選択肢の中には「いじめや嫌がらせを受けた」という項目は以前からあった。だが、10代の子どもたちはあまり報告しなかった。
そこで子どもたちが実際に経験することに近い言葉を使うことにした。
「誰かにばかにされている、噂を広められているといった言葉に置き換えることで、10代の子どもたちはその選択肢を選ぶようになりました」
「子どもたちが、不快だと感じたり、性的な意味を含んでいると嫌な気持ちになったりした時、そうした経験を報告する選択肢がなければ、子どもたちにとって安全なツールを作ることなんてできません」
娘に届いた性的メッセージ
ベハールは2015年に退職した。この頃Metaは、InstagramやWhatsAppなど他のプラットフォームを抱え、巨大なSNSに成長していた。
数年後、14歳になった娘がInstagramを使うようになった。
だがある日、男性と思われるアカウントから性行為を求めるメッセージが送られてきた。父と娘の趣味だった車の映像を投稿すると、写り込んだ体について揶揄するコメントや、「女は台所にいろ」といった性差別的なコメントまで寄せられた。
べハールは娘に、「Metaに報告してごらん」と伝えた。娘はInstagramのアプリ内から報告をしたというが、何も変わらなかった。
「Metaからは返信がないか、あっても『私たちのガイドラインには違反しません』というものでした」
そのうち、通報するのも諦めた。娘の友人たちの多くも、同じ経験をしていた。
べハールはコンサルタントとしてMetaに戻ることを決めた。娘の経験を間近で見たことが理由の一つだ。だが別の危機感もあった。
「私が3〜4年前に取り組んでいたものの多くが、削除されていました。Instagramの担当者たちは、そうした機能があったことすら覚えていなかった」
2019年、Instagramでユーザーの保護に取り組む「ウェルビーイングチーム」に加わった。
イラスト:qnel
8人に1人の子が望まぬ性的誘いを経験
復帰してまもなく、ある壁の存在に気付いた。経営陣がユーザーの保護を後回しにしていたのだ。
「最初はユーザーの被害を減らす計画を立て、月次目標や四半期目標に組み込もうとしました。しかし実現しません。上級職の幹部が見直すと、その目標が消えてしまうからです」
べハールは経営陣を説得するだけのデータが必要だと考えた。Metaは「データによって管理され、全ての決定がデータによってなされる会社」だからだ。
そこで調査を始めることにした。
「世界中の誰もがInstagramで経験した、様々な種類の不快な経験を見つけることが調査の目的でした。またその時当事者が何歳で、不快な経験をした後にどのような行動を取ろうと思ったかという情報も得ることにしました」
27万人を対象にした調査の結果、未成年が頻繁に不快な経験しているとわかった。
例えば13歳から15歳の子どもの8人に1人に当たる13%が、過去7日間の間に望まない性的な誘いを受けていた。
「ひどい話です。この7日間で、8人に1人の子どもがセクシャルハラスメントを受けるような世の中なんですよ?これは世界最大の未成年の性的被害です」
同様に13歳から15歳で、過去7日間にジェンダーや宗教、人種などを理由にした差別を目にしたと答えた人は26%。いじめや仲間はずれ、噂を流されたと答えた人は11%に上った。
べハールは言う。
「被害を予防することは可能です。Metaとして対処することは簡単なんです。根絶することはできないけれど、数パーセントにすることはできるはずです。できる限りゼロに近づけるべきだし、リスペクトするのが当然のプラットフォーム環境を作るべきなんです」
調査結果の社内での公表すら許されず
2021年秋、べハールは調査の結果をMetaの経営陣にメールで報告した。宛先は「Mチーム」と社内で呼ばれる最高幹部たちだ。
CEOのマーク・ザッカーバーグ、Facebook初の女性役員でナンバーツーだったシェリル・サンドバーグ、Instagram責任者のアダム・モッセーリ、全製品を統括するCPOのクリス・コックスに連絡をした。自身の娘の被害も伝えた。
「サンドバーグは『娘さんはとても残念な経験をされましたね。全くひどい話です』と返信してきましたが、その後は何もしませんでした」
「ザッカーバーグはメールに返信すらしませんでした」
モッセーリとコックスとは直接話をした。彼らはすでにどれだけの子どもたちが被害にあっているかをよく知っていたという。だが具体的な行動に出ることはなかった。
べハールは言う。
「10代の子どもたちがプラットフォームで体験している害を、気にも留めていない」
「ザッカーバーグが公聴会で謝罪したのを見ましたね。本来ならこう言うべきでした。『ご両親のどちらか、私のオフィスに来てください。時間をかけて話をしましょう。あなたのお子さんが経験した被害を部下に伝えて、防げる被害は防ぐよう製品を変更するつもりです』と。でもそうは言わないのです」
「彼らの行動を見れば、子どもの保護を優先していないことがわかります」
Mチームに伝えた調査結果のデータは、社内での公表も許されなかった。広報や法務部との話し合いの結果、内容を薄めてあくまで仮説として伝えるように求められたのだ。
マーク・ザッカーバーグら「Mチーム」に送った実際のメールのコピー=アルトゥロ・べハール提供
「子どもの安全を守る人は誰もいない」
2023年秋、ベハールはこれまでの経緯を米紙ウォールストリートジャーナルに告発した。同時に議会の公聴会にも、証人として出席した。
その理由をこう説明する。
「プラットフォームの安全を守る仕事は、本来当事者のそばにいて支えることができる業務のはずだった。だから私はこの仕事が好きだったんです」
「でも今、子どもたちを見守ってくれる人は誰もいない。安全を守ろうとする人もいない。被害が起きないようにしようとする人もいない。誰もルールを決めないんです」
べハールは15歳でIBMに雇われた、生粋のエンジニアだった。だが内部告発をしたことで、「もうIT業界では働けない」と言う。
現在はプラットフォームで起きている被害の透明化を義務付けるなど、政府による規制を求めている。
「どこか子どもを遊ばせる場所を思い浮かべてください。ゲームセンターや映画館がありますね。そうした場所で過去7日間の間、8人に1人の子どもがセクハラを受けたとしたら、誰に責任を問いますか? 経営者のはずです。でもCEOが対処しないのであれば、子どもを守るのは政府の責任です」
=つづく
敬称略
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