記録のない国

Tansaの「国葬文書隠蔽裁判」って?

2024年09月30日19時42分 中川七海

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2024年9月30日、私たちTansaは国を提訴しました。

私たちはこの裁判を、「国葬文書隠蔽裁判」と名付けました。

一体、「国葬文書隠蔽裁判」は何を問うものなのか。どのような経緯で提訴に至ったのか。

以下の記事で報じてきましたが、少々複雑です。この記事でわかりやすく解説します。

2022年9月7日

国葬めぐる嘘つきはどっち?/岸田首相は「しっかり調整」、内閣法制局は「意見なし」/協議内容の開示は文書1枚で隠蔽

 

2022年10月6日

国葬協議、官邸と内閣法制局の「謎の2日間」が浮上

 

2022年11月10日

官邸、国葬の協議文書を「未作成」「廃棄」/公文書管理法に違反しても、内閣法制局との3日間を隠蔽か

 

2023年1月27日

Tansaが岸田首相に行政不服審査請求/内閣法制局との国葬協議文書の廃棄・未作成で

(イラスト:qnel)

出発点は閣議決定への疑問

私たちが取材着手を決めたのは、2022年7月22日。安倍晋三元首相が7月8日に銃撃によって死亡してから2週間後のことでした。

7月22日に何があったのか。

それは、「安倍元首相の国葬を実施する」という閣議決定です。

閣議とは、内閣総理大臣(首相)と国務大臣(各省庁の大臣)たちで行う会議のことです。閣議では、政府の方針や施策について諮られ、全会一致だった場合にのみ「閣議決定」が下り、その後の施策に反映されていきます。

この日の閣議決定によって安倍元首相の国葬実施が正式に決まり、9月27日の開催へ向けて準備が進んでいくことになりました。

私たちは、この決定プロセスに疑問を抱きました。

安倍元首相の国葬実施については、日本中で賛否が分かれていました。理由は様々です。安倍元首相の功績への評価をはじめ、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係、開催費が国費で賄われること、憲法14条が定める法の下の平等に反するのではないかとの指摘など。

意見が二分している状況であれば尚更、国民の代表として選ばれた国会議員たちによる国会での審議が必要です。

ところが岸田文雄首相は国会を通さず、閣議決定をもって結論づけました。

閣議の参加者は、岸田首相と各省庁の主に自民党議員の大臣たちです。「身内」による不透明な決定としか言えません。

「憲法の番人」からのお墨付き

すぐに、国葬実施を閣議決定で決めたことの問題点を精査することにしました。

着目したのは、岸田首相のある発言です。

7月14日の記者会見で、国葬実施を閣議決定で決めることについてこう述べていました。

「内閣法制局ともしっかり調整をした上で判断しているところです。こうした形で、閣議決定を根拠として国葬儀を行うことができると政府としては判断をしております」

内閣法制局とは、「法制的な面から内閣を直接補佐する機関」です。閣議で諮る法律案などが、憲法や法律に照らして問題がないかをチェックするのが仕事です。

「憲法の番人」とも呼ばれています。

岸田首相は、「憲法の番人」のお墨付きを得た上で、閣議決定したと主張していることになります。

「しっかり調整」で記録が紙1枚?

そうであればと私たちは、7月26日、内閣法制局に対して情報公開請求をしました。

情報公開請求とは、公的機関が保有する文書を開示させることができる、法律に基づいた制度です。誰でも利用できます。

内閣法制局がもつ、国葬実施について協議したすべての文書を請求しました。この中に、岸田首相が言う「しっかり調整した」記録が含まれているはずです。

ところが、開示されたのはたった1枚の紙でした。

内閣法制局が開示した「応接録」(※画像をクリックすると、文書を拡大したりダウンロードしたりできます)

「国の儀式として行う総理大臣経験者の国葬儀を閣議決定で行うことについて」というタイトルの「応接録」です。

相談要旨欄は、この一文のみです。

「標記の件に関し、別添の資料の内容について照会があったところ、意見がない旨回答した」

つまり、内閣法制局は、閣議決定で国葬を実施することに問題があるともないとも言わず、「意見なし」と伝えたということです。

内閣法制局のホームページには、「主な業務」として次のように掲げています。

・法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べるという事務(いわゆる意見事務)

 

・閣議に付される法律案、政令案及び条約案を審査するという事務(いわゆる審査事務)

職務放棄と言わざるを得ません。

官邸側への情報公開請求で判明した「空白の3日間」

これでは、協議内容がさっぱりわかりません。

着目したのは、「応接録」のある記載です。

相談者 内閣官房内閣総務官室、内閣府大臣官房総務課

 

相談年月日 令和4年7月12日〜14日

つまり、7月12日〜14日の3日間、内閣法制局、内閣官房(=首相官邸)、内閣府(=国葬の事務局)の3者で調整していたことを意味します。岸田首相は7月14日の記者会見で「内閣法制局ともしっかり調整をした」と言っているので、その直前まで協議をしていたということになります。 

そこで、内閣官房と内閣府がもつ文書も情報公開請求しました。開示されたのは「国の儀式として行う総理大臣経験者の国葬議を閣議決定で行うことについて」という文書4枚でした。

この文書は、3者が協議時に使用した参考資料で、協議内容の議事録ではありません。

3日間の協議で、議事録がないはずがありません。私たちは改めて、7月12日〜14日にかけて内閣法制局とやりとりした内容がわかる文書を請求しました。

その結果は、「文書不存在」。「文書が無い」という意味です。理由は、こうでした。

内閣官房 作成又は取得しておらず、若しくは廃棄しており、保有していないため

 

内閣府  行政文書を作成、取得しておらず、保有していない

つまり、内閣官房は「文書を作っていないか捨てた」、内閣府は「文書を作っていない」ということです。

2023年1月、私たちはこの結果を覆すべく、審査請求をかけました。「文書不存在決定」が正しかったかどうかを、弁護士や元検事、研究者たちからなる情報公開・個人情報保護審査会に審議させる制度です。

1年半後の2024年6月、結果が出ました。「2件の不開示決定について、いずれも妥当である」との答申でした。

この結果を出したのは、情報公開・個人情報保護審査会の第1部会です。

合田悦三  審査会会長・第1部会会長、元札幌高等裁判所長官

 

木村琢麿  千葉大学大学院社会科学研究院教授

 

中村真由美 弁護士

「不存在」の矛盾

内閣官房と内閣府は、「憲法の番人」に諮るほど重要な案件について3日間も話し合ったにもかかわらず、「記録を取っていない、あるいは記録を捨てた」そうです。

本当に記録がないのなら、岸田首相の「内閣法制局ともしっかり調整をした上で判断」という言葉が嘘ということになります。重大な決定をするための調整だったのであれば、記録をとるからです。

公文書管理法にも違反していることになります。

公文書管理法第4条では、文書作成義務を次のように定めています。

行政機関の職員は、第一条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない。

 

※次に掲げる事項

閣議、関係行政機関の長で構成される会議又は省議(これらに準ずるものを含む。)の決定又は了解及びその経緯

閣議決定で諮った今回の案件は、文書の作成義務が生じます。

また、公文書管理法第6条では、文書保存義務が定められています。

行政機関の長は、行政文書ファイル等について、当該行政文書ファイル等の保存期間の満了する日までの間、その内容、時の経過、利用の状況等に応じ、適切な保存及び利用を確保するために必要な場所において、適切な記録媒体により、識別を容易にするための措置を講じた上で保存しなければならない。

つまり、作成した文書は短期間で破棄できません。

裁判の2つの目的

今回の提訴には、2つの目的があります。

一つは、閣議決定の暴走を止めることです。

近年の政権は、国葬の実施に限らず、重要事項を国民の代表者からなる国会に諮らず、閣議決定で進めてしまうことが横行しています。2022年12月、安保3文書を閣議決定で改定したのは、その最悪な例です。

裁判で「不存在」決定を覆して記録文書を開示させ、国葬実施を閣議で決めるプロセスでどのような協議が行われたのを確認する必要があります。

もう一つは、情報公開制度を遵守させることです。

内閣官房も内閣府も文書が存在しないと言いますが、そんなはずはありません。

本当にないとすれば、職員たちはメモすら取らず、記憶のみで仕事をしていることになります。

存在する文書を出したくない理由があり、法律に反してまで、文書を「不存在」としたのです。

今回の裁判は、国葬の是非を問うものではありません。国葬に賛成の人にとっても、反対の人にとっても、それ以外の考えをもつ人にとっても、実施の根拠となる記録がないことは問題です。

情報公開は、法律に基づいた制度です。情報公開法の第1条では、法の目的を次のように定めています。

この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。

国民主権という憲法の理念に則った法律なのですから、情報公開法の機能不全は、民主主義の根底を揺るがす事態なのです。

誰しもに関わる問題です。ぜひ応援してください。

動画解説をみる

Tansa、国を提訴/国葬文書「不存在」のウソを問う

Tansa編集長 渡辺周×日刊ゲンダイ第一編集局長 小塚かおるさん対談(2024年9月30日配信)

 

安倍国葬決定、驚きの舞台裏~関連文書公開を求め提訴

YouTube番組「デモクラシータイムス」探査報道最前線(2024年9月29日配信)

 

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