PFOA工場のない吉備中央町で、水道水の高濃度PFOA汚染が起きた。
原因は、町内の活性炭リサイクル業者「満栄工業」が、町外の企業から引き受けたPFOA含有活性炭だった。
満栄工業に引き渡した企業として、大阪ガスケミカルとクラレの大手2社の名前が挙がっている。
両社は、満栄工業とPFOA含有活性炭の取引があったことは認めている。
だが両社が曖昧にしていることがある。町内に放置され、水道水汚染の原因となった活性炭に自社が渡したものがあるかどうかだ。核心部分である。
大阪ガスケミカルは文書で回答し、「確認できないことを確認した」の一点張り。
クラレは文書で「当社の関与は限りなく低いと認識」と答えている。だが、根拠が弱い。何を言っているのかよく分からないところもある。
責任者に対面で取材できないか。そう考えリサーチすると、適任者がいた。
世界最大の活性炭メーカーを買収
クラレの幹部が2023年9月30日、投資家向けのオンラインセミナー(ログミーファイナンス主催)で講演した。その記録をYouTubeで見つけた。
IR・広報部長、滝沢慎一だ。
滝沢は「売上規模が比較的大きいもの」として活性炭を挙げた。2018年には世界最大の活性炭メーカーである米国のカルゴン・カーボン社を買収。事業を拡大しているという。
活性炭は、水中のPFAS(PFOA、PFOSなどの有機フッ素化合物の総称)を吸着させるのに使われる。滝沢は活性炭がPFAS除去に役立つと強調した。
「最近は日本でも、各地の河川や地下水で国の基準を超える濃度のPFASが検出されたというニュースが報じられています」
「米国ではいち早くPFASの規制強化が進んでおり、今年中には厳格化された新たな規制が公布される見込みです。そのような中、活性炭を使用した水浄化システムがPFAS除去に非常に有効であると、特に注目していただいています」
この講演から2週間あまりの2023年10月16日、吉備中央町の水道水汚染が発覚した。
滝沢は投資家を対象に、PFASとクラレの活性炭事業について説明ができる人物だ。これまでのTansaへの文書回答は「IR・広報部」としてであり、そこの責任者でもある。
2024年9月11日、IR・広報部を通じて、滝沢に対面での取材を申し込んだ。
「当社の関与は限りなく低いと認識」の理由は?
クラレの主張を2024年6月18日付の文書回答から、おさらいしておく。
2008年〜2023年にかけて、満栄工業は町内の財産区にPFOA含有活性炭を放置していた。この活性炭について、クラレは「当社の関与は限りなく低いと認識」している。理由の主旨は以下だ。
「2004年から満栄工業に使用済み活性炭の再生加工を委託した。PFOAなどの化学物質を満栄工業が除去した上で、活性炭をクラレに戻す取引だ。したがって、町内の財産区にクラレが再生委託した活性炭が放置されるはずがない」
「再生加工の委託とは別に、満栄工業に販売した使用済み活性炭もある。販売なので、クラレが活性炭を回収することはない。販売したのは2007年、2013年〜2015年、2021年〜2022年だ。数量は2007年が10トン、それ以外の年は計数百トン」
「だが2007年販売分の10トンは飲料水中の化学物質を吸着させた活性炭だ。高濃度のPFASを含んでいるはずがない」
「2010年分からは、委託・販売するための使用済み活性炭の在庫は屋内で管理。土壌にPFASが流出しないようにしている」
一連の回答は、汚染を引き起こした活性炭が「クラレが引き渡したものではない」と否定する根拠に乏しい。
まず、再生委託分の活性炭について。
活性炭を満栄工業に渡して、回収するまでの期間が不明だ。回収までの期間が長ければ、財産区に置かれ、土中にPFOAが漏出した活性炭が、クラレの委託分である可能性がある。
販売分の活性炭についての説明に至っては、かなりずさんだ。
①2007年は販売量を「10トン」と示しているのに、2013年〜2015年、2021年〜2022年は、まとめて「数百トン」としか回答していない。
②2007年分の10トンについて、飲料水中の化学物質を吸着させた活性炭であることを理由に「高濃度のPFASは含んでいない」と主張する。だが実際に活性炭のPFAS濃度を測ったのか。沖縄県北谷町のように、浄水場の活性炭から高濃度のPFASが検出された例もある。
③2013年〜2015年、2021年〜2022年販売の数百トンについては、吉備中央町で汚染を起こした活性炭ではないという理由を示していない。2010年から屋内保管しているので土中にPFASが流出しないというのは、販売前のクラレ敷地内での在庫管理のこと。関係ない。
以上の疑問点を解消するため、滝沢にIR・広報部を通じて取材を申し込んだのだが、一向に返事がこない。
そこで9月17日、私は滝沢の個人メールアドレスを入手し、取材依頼の連絡をした。
取材に応じない滝沢慎一広報部長
滝沢個人にメールを出した翌日の9月18日、IR・広報部を通して返答が届いた。
このたび対面取材の申し込みをいただきましたが、前回当社より回答いたしました内容について、言葉足らずであった点や、その後の追加調査で判明した点に関して補足説明いたします。
クラレがまず挙げたのは、2013年以降の使用済み活性炭についてだ。これまでクラレは、複数年にわたる満栄工業との取引実績があるにもかかわらず、2007年の取引分にしか言及していなかった。
2013年以降の販売分に関しても、同社へ納入した使用済炭の回収元で高濃度PFAS除去を意図した使用実績はなく、高濃度PFASを含む使用済活性炭が同社へ納入されることがないことを補足回答させていただきます。
クラレが満栄工業に販売した使用済み活性炭は、他社が使用したもの。だが活性炭をクラレに持ち込んだ側には、高濃度PFAS除去のために活性炭が使われたという意図はない。だからクラレが、満栄工業に高濃度PFAS含有活性炭を販売しているわけがないという理屈だ。
これはおかしい。
まず、何をもって活性炭の使用者が「高濃度PFAS除去を意図していない」と判断したのか。
何より、意図が問題なのではない。実際に高濃度のPFASを含んだ活性炭だったかどうかが重要だ。
この疑問を解消するには、活性炭を使用した業者がどこで、クラレとして今回の事態に対してどのような調査をしたのか、把握する必要がある。
だがクラレは、続けてこう記載していた。
なお、個別の取引内容に関する情報につきましては、回答を差し控えさせていただきます。
これもよくわからない。水道水汚染という重大事態だ。すでに満栄工業との個別の取引内容については回答している。
だが、最後はこう締め括られていた。
今回の吉備中央町での水道水高濃度PFOA汚染につきましては、当社の関与はなく、上記回答をもちまして対面取材の代わりとさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
以上
一方的な主張で終わらせず、疑問点を明らかにしてもらわねばならない。IR・広報部と滝沢の個人に宛てて再度質問を送った。回答には1週間の期限を設けた。
期限を過ぎても返答がない。重ねて広報部と滝沢に連絡した。
しかし、現在に至るまで無視を貫いている。
「創業以来、一貫して環境課題に正面から取り組んできた」
クラレも、前回報じた大阪ガスケミカルも、今回の汚染源になったPFOA含有活性炭を満栄工業に引き渡した可能性を残したままだ。今のところ、両社以外に名前が挙がっている企業もない。
これでは、単なる責任逃れだ。水道水汚染という深刻な公害の原因を、自社が作っていたとしたらどうするか。そのことを恐れて、調査に及び腰になっているのではないか。
クラレのIR・広報部長の滝沢は、投資家向けのオンラインセミナーで次のようにも語っていた。
「当社は創業以来、一貫して社会課題や環境課題に正面から取り組んでおり、現在のクラレグループの独創性、チャレンジ精神へとつながっています」
=つづく
(敬称略)
汚染源となった財産区につながる道路。岡山県吉備中央町にて=2024年5月30日、中川七海撮影
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