保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

共同通信「自由に取材をさせるのは組織管理上のリスク」/「報道の自由裁判」第8回口頭弁論

2024年11月01日23時57分 中川七海

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なぜ私がシリーズ『保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~』の一環として、「報道の自由裁判」を報じているのか。

組織の中での保身を優先させれば、被害者を生む構造を温存させてしまう。そのことを明らかにしたかったからだ。

経緯をおさらいする。

2017年、長崎県にある私立海星学園高校2年の福浦勇斗(はやと)さんが、いじめを苦に自殺した。それを海星高校は隠蔽しようとし、県は追認。長崎新聞は県をかばった。海星高校はいまだに、勇斗さんの自殺の原因がいじめであることを認めていない。

ジャーナリストであるならば、この保身の構図に切り込む。共同通信の記者だった石川陽一さんは、文藝春秋から出版した『いじめの聖域』の中で、長崎新聞を批判した。

ところが、今度は共同通信が保身に走る。加盟社である長崎新聞との利害を優先し、著書の重版を禁止すると石川さんに通告。記者職から外した。石川さんは「報道の自由」を守るため、2023年7月、共同通信を提訴した。

提訴から1年余り。これまでの7回の口頭弁論で、共同通信は石川さんの非をまともに示すことができずにいた。第6回の口頭弁論では、著書が「長崎新聞の名誉を毀損した」という主張をやめてしまった。

そして、11月1日の第8回口頭弁論。追い込まれた共同通信は、石川さんの「記者としての資質」に問題があったと具体的に主張した。

だが共同通信の主張は、信憑性に欠けるものだった。

「協調性に欠けていた」

記者職を解かれた石川さんは、東京本社にある「編集局調査部」への異動を命ぜられた。毎日7時間、1968年〜1988年の記事をスキャンし、データ化する仕事だ。

この異動を命じた理由について共同通信は「個人の裁量で自由に取材活動を行うことができる部署に配置することは組織管理上のリスクと判断した」と述べた。

ではなぜリスクと判断したのか。この日の口頭弁論で初めて出てきた主張がある。

それは共同通信の記者として、意識や協調性に問題があったということだ。

被告記者には、通信社職員としてデスクなどの指示を受けて行わなければならない取材活動以外にも、業務時間中に一定程度個人の裁量で自由に取材対象を決めて取材活動を行うことを許容している。しかし、下記のとおり、千葉支局在職中の原告は、県警担当として夜回り等の地道な取材活動を拒否したり、自らの居場所や連絡先を共有するなど最低限度の他の支局員との意思疎通を疎かにしており、被告記者としての意識、他の記者との協調性に問題があったこと。

共同通信は、その具体例を準備書面に羅列した。

・千葉支局着任後は、県警担当だった。しかし県警庁内回りや夜回り、朝回りをほとんどしない。県警キャップや後輩が代わりに取材をする状況が続いていた。

 

・携帯電話に出ず、メッセージの返信も遅い。どこで何をしているのか分からず、取材指示もままならない。そこで数か月後、外回り取材の少ない司法記者クラブに配置した。

 

・司法担当になったが、他紙の後追い取材をせず、代わりに県警担当記者が行っていた。

 

・市政担当時は、県政担当記者の指示があった際に市長会見に出るだけ。どこで何をしているのか分からない状態だった。

 

・出稿数が、他の記者(月平均10〜13本)の半分以下(月平均5本)だった。

 

・先輩記者が石川さんに「千葉で何をやりたいのか」と尋ねたところ、「行政も県警もやりたくない。被爆者、原爆の取材がしたい。千葉は面白くない。長崎に戻りたい」と答えた。千葉支局で役割を果たす意識に欠けていた。

 

・支局内で電話がかかってきても、他に人がいると出ない。支局長が代わりに出ることがあった。

 

・支局に届いたファックスをパート職員が石川さんに渡しても無視された。

 

・協調性に欠けていた。

評価は「標準」なのに

しかし、勤務態度に関するこれらの指摘は、共同通信が過去に出していた石川さんへの評価と食い違う。

共同通信では半年に1度人事考課がある。調査部への異動前、千葉支局員だった時に石川さんは、7段階中4番目の「A評価」だった。これは標準に当たる評価で、昇格審査の対象にもなることが共同通信の規則で示されている。

著書でジャーナリズム関連の賞を複数受賞した石川さんに対し、上から4番目の評価が適切かという問題はある。だが少なくとも、記者職を外される評価でないことは確かだ。

共同通信は裁判で嘘をついているのではないか。

共同通信に取材をしたかったので、閉廷後、傍聴に来ていた本社の人物に声をかけた。石川さんの聴取を担った、増永修平・法務知財室長と、山内和博・法務部長だ。

山内部長に「Tansaという報道機関の記者の中川です」と声をかけると、無言で立ち去ろうとする。「ご挨拶させていただけますか」と名刺を差し出すと、後方にいる増永室長を指し、「担当者はあの人で」と繰り返した。

Tansa編集長の渡辺周もこの日傍聴に来ていて、増永室長に取材を依頼。増永室長は総務局が取材の窓口だと答えた。

石川さんにはすでに取材をした。共同通信への後日の取材結果と合わせ、共同通信の裁判での主張を検証する。

=つづく

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