保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

遺族「あの本は、私たちの経験に基づいた全て真実」/長崎新聞から共同通信への「見解文書」入手②

2024年11月21日15時00分 中川七海

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「長崎新聞社の社会的信用を貶める目的」、「都合の良い事実だけを捻じ曲げて意図的に解釈した悪意に満ちた本」、「石川氏の私怨」・・・。

長崎新聞が共同通信に対して内々に送った文書には、長崎新聞の怒りが綴られていた。タイトルは「共同通信記者・著『いじめの聖域』に関する見解」(以下、「見解文書」)。2022年12月に送られた。

前月に石川陽一氏の著書『いじめの聖域 キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録』(文藝春秋)が発売されている。長崎・海星学園高校2年の福浦勇斗さんが、いじめを受けて自殺した事件を追った本だ。学校をかばう長崎県を、地元紙の長崎新聞が追及しないことを批判した。

長崎新聞の見解文書を勇斗さんの遺族が読んだらどう思うだろうか。

私がまず考えたのはそのことだ。母・さおりさんと父・大助さんには、何度も取材をしている。2人の願いは、勇斗さんと同じ思いをもう誰にもさせたくない、その一点だ。だからこそ、石川氏の著書が出た時も喜んでいた。

2024年11月10日、私は長崎を訪れ、さおりさんと大助さんをインタビューした。

「真実を書かれたら逆にまずかったのかなって、長崎新聞は。」

インタビューは、長崎市内のホテルでおこなった。さおりさんも大助さんも仕事をもっている。取材に応じてもらう時は、平日の夜か休日だ。この日は日曜日だった。

私はまず、「見解文書」での長崎新聞の次の記述を2人に伝えた。

本書11章の内容は、事実を意図的に捻じ曲げて解釈し、長崎新聞を攻撃している。その主たる動機は、石川記者自身が「スクープ」として配信した記事が、当社をはじめ地元メディアに取り上げられなかったことへの私怨のようである。

 

当社にしてみれば、長崎新聞社の社会的信用を貶める目的で、石川記者にとって不都合な事実は無視し、都合の良い事実だけを捻じ曲げて意図的に解釈した悪意に満ちた本としか言いようがない。

11章では、県の言い分だけを載せて遺族には取材もしなかった記事があったことや、長崎新聞の記者が知事会見で追及する石川氏を「記者クラブの問題になる」とたしなめたことなどが書かれている。それらの事実を挙げられて批判されたことを、長崎新聞は怒っているのだ。

さおりさんがキッパリと言う。

「あの本は、私たちの経験に基づいた、全部真実なんです」

「本当のことを、真実を書いたらこんなふうになるんだっていうのを初めて知ったっていうか」

「真実を書かれたら逆にまずかったのかなって、長崎新聞は。石川さんが真実を書いちゃったもんだから、自分たち(長崎新聞)には不都合だったっていうことなのかな、っていうふうに思いました」

大助さん。

「海星とうち(遺族)だけの問題ではなく、(行政やメディアを含む)社会的な構造だとか、そういう部分をひっくるめて、あの本では深掘りしています」

「世間の方に、『何でこうなってるんだ』という部分を分かってもらえる、いい教材というか。世の中の仕組みを含めて書籍の中で訴えているので、ありがたかったです」

長崎新聞、取材を怠り事実誤認

事実関係を、さおりさんと大助さんに直接確かめたかったこともある。見解文書の以下の記載だ。

遺族は2019年の会見で学校側が突然死を提案したことだけを指摘し、「県の追認」については全く触れていないので、少なくとも当初は遺族も県の対応を問題視していなかったと考えられる。

「県の追認」とは、海星高校が勇斗さんの「自殺」を「突然死」として公表することを遺族に提案し、県学事振興課の松尾修参事が「突然死まではギリ許せる」と遺族の前で追認した一件だ。のちに県は緊急の記者会見を開き、遺族に謝罪した。

長崎新聞の主張どおり、遺族は県の対応を当初は問題視していなかったのだろうか。さおりさんはこう述べた。

「県に対しては、最初から信用はできませんでした」

「最初にお会いしたとき、『県は私たちの味方になってくれる』と思っていたんです。私たちは言ってみれば被害者なんですよね。一番の被害者は勇斗なんですけど、被害者の気持ちを汲んで学校を指導してくれるのが県だと思っていました」

「でも最初に会ったとき、この人たちは全部海星のことを信じるんだな、ということを実感したんですね。『海星は本当に遺族に寄り添ってます』とか、そういうことしか言わないし。学校が全部正しいと思っているから」

「どうして私たちが言っていることを受け止めてくれないのかな、おかしいなっていうのは、最初に会ったその日から感じていました。 (県との初面談が)終わった後に、(大助さんと)二人で、『もうこれはダメだね。この人たちは海星の味方しかしないね』って」

大助さんも同様だ。

「私たちは(海星高校とのやりとりで)平行線をたどっていたので、県は拠りどころといいますか。学校に言ってもダメだから、県に頼るしかないということで、駆け込み寺みたいな形で(学校と県と遺族での)面談の場をお願いしました」

「ただ、面談の前に県の松尾参事と電話でやりとりしていたのですが、面倒くさそうなのを正直肌で感じたんですね」

「面談時も、全然遺族の意向に寄り添う感じではなく、『突然死だ』『転校だ』とか。妻が作成した遺族と学校のやりとりの書類などもお渡ししたのですが、さほど驚くこともなく、いたって業務的に済まされたので。私たちの気持ちを理解していただけるだろうと思っていたのですが・・・」

「こちらも思いの丈を伝えたつもりなのですが、面談後に妻とも話したんですけど、正直がっかりしたというか。学校が遺族に対して間違った対応をしていても何とも思わないのか、学校が言っていることが全て正しいというふうに思い込んでいるというのを感じました」

長崎新聞は、「少なくとも当初は遺族も県の対応を問題視していなかった」と認識していた。これは明らかに事実誤認だ。なぜ、このようなミスをするのか。理由は見解文書に書かれている。

今回は共同通信が問題視している件について県が謝罪したのだから、当社が遺族に運絡して、わざわざ面倒な取材の対応をしてもらう必要はないのである。

長崎新聞は、遺族への取材を怠った。そのことで事実誤認を招いたのだ。

“当時の共同通信は本気だった”

石川氏の取材姿勢には、遺族は信頼を寄せている。

大助さんは、石川氏への印象を語った。

「(初めての記者会見後、)第三者委員会の調査報告書を見せてほしいと、どのメディアさんからも言われました。ただ、当時の弁護士さんからは、見せるのはいいけれどコピーや写真撮影はダメだと言われていたんですね。それでも食い下がってくる記者の方々がいらっしゃいましたが、お断りしていました」

「ただ、当時共同通信の記者だった石川さんと同僚の記者さんは、コピーはしないけれど書き写すという執念だったんですね。64ページある報告書を、何時間もかけて3人がかりで書き写して。上司には、支局員が3人もいなくなるので叱られたそうですが。まずそこからして、石川さんを中心に、当時の共同通信さんはこの問題を本気で取り上げてくれようとしているんだなというのは感じました」

「その後も石川さんは事あるごとに問い合わせしてくれたり、遺族を気にかけていただいたりしていたんで、信用できる方だなと。それはもう肌で感じました」

さおりさんも同様だ。

「いろいろなマスコミの方と接してきて、皆さん熱心に取材してくださったんですけど、どうしても時が経つにつれて、例えば提訴するとか、何か大きな出来事があれば連絡をくださるんですよね。でも、何もなくても気にしてくださるのは石川さんだけだったんです」

「あの本は、勇斗が生きてきた証」

2021年6月、石川氏は長崎支局から千葉支局に異動する。その後は、平日夜や土日を使い、オンラインで遺族への取材を続けた。そして2021年11月、書籍を出版した。

出版当時のことを、さおりさんはこう振り返る。

「勇斗が生きてきた証を、石川さんが作ってくださったと思いました」

「もう亡くなってしまって、私たちが勇斗にできることって本当に何もないですよね。形に残るものとして、社会に対して勇斗の生きてきた証を残してもらえたっていうのが、すごい感慨深かったっていうか」

「勇斗も苦しんできて、私たちも苦しんできて。いろんなことを調べたり勉強してきたり、いろんな人と接してきたり。それが全て無駄じゃなかったなって。この本ができたことによって無駄じゃなかったと思えたし、これを読んだ人の役に立ててもらえる。例えばいじめられている人とか、そういう人の役に立ててもらえるのがすごく嬉しかったですね」

ところが出版後すぐ、共同通信による石川氏への追及が始まる。そのことを知ったさおりさんは、こう感じたという。

「私たちも最初はちょっと心配していたんですよね。本を出されて、会社での立場は大丈夫なのかな、と思ったりもしてたんですけど。まさかあそこまで石川さんが追い詰められていくっていうのは想像していなかったです」

「だから本当に、どうしてこんなことになっちゃったの? みたいな。私たちが本当のことを話して、本当のことを書いてもらったら、どうしてこんなことになるの? っていうのは正直思いましたね」

大助さんはこう述べる。

「私たちは事実を述べていただけで、話を盛った覚えはないですし、それを石川さんは本にそのまま載せて」

「この本は、勇斗の自死をきっかけに、いろいろな世の中の構造、矛盾、そういう部分をつぶさにメスを入れるじゃないですけど、事実を述べている。それを見て、初めて(社会の構造や矛盾を)知る人もいますし、そういうところから回復していかないと、(子どものいじめ自死は)改善はできないんだな、と分かるきっかけになればいいなと思っていたんですけれども」

「場外戦が進んでいるというふうな形で、我々としては非常に寂しく思っています」

子どものいじめから、大人のいじめに

さおりさんも、長崎新聞や共同通信の言動に心を痛めている。

「勇斗がいじめられて亡くなったっていうことの真実とか経緯とか、そういったことで私たちも取材を受けて、それを再発防止に生かしてもらおうと思ったところで、本の出版ということにもなっていったのに」

「私たちが本当に苦しんで訴えてきたこととか、そういったことはそっちのけになっていて、気がついたら何かこう・・・。石川さんは私たち被害者の立場で物事を考えてくれて、寄り添ってくれたのに、気が付いたら石川さんがいじめられる立場になっていたっていうか」

「子どものいじめが発端だったのに、気が付いたら大人がいじめている。大人が大人をいじめてる、みたいな。本当のことを書いた人を大人がいじめてるっていうことにシフトしてしまったっていうか。なんでそんなことになっちゃったのかなって」

「石川さんが本を出版してくださる話が出た時、子どもたちのいじめの問題をどうにかしたい、再発防止につなげたい、子どもの命を守りたいという思いと、学校は何でも好き勝手していいんじゃないんだということを世間に知らせるために、そういう思いもあって賛同したのに、いつの間にか話がすり替わっていて」

「それを伝えた人が周りの人からいじめられるっていうか。それが会社だったり、長崎新聞だったり」

長崎新聞は共同通信の「お客様」だから・・・

長崎新聞は共同通信へ送った見解文書を、次のとおり締め括っている。

今回は当社だけではなく、共同通信の加盟各社に波及する問題である。週刊誌等から事実無根の記事を書かれた場合、地方紙は名誉棄損で訴えようにも、膨大な訴訟コストがかかるので泣き寝入りせざるを得なくなる。無関係の相手なら諦めもつくが、今回はいわば身内の共同通信記者である。地元紙と共同通信社は同業他社よりも関係性が強く、色んな情報をやり取りする。相互に信頼しているからである。仮に今回、共同通信が「業務外の問題だから対応しない」とするならば、信頼関係は崩壊する。

 

当社の社会的信用を損なう本書は、既に全国で出版され、長崎県内でも店頭に並び、各地の図書館でも購入・貸し出しが進んでいる。当社の名誉は本書によって将来に渡って毀損され続け、損害が発生し続けることとなった。当社は今回の件で、共同通信社にお詫びしてほしいわけでも、当該記者を処分してほしいと要求しているわけでもない。このような状況に至り、当社に共同通信社がどう対応していただけるのかを聞きたいのである。

 

以上

この姿勢にも、遺族は疑問を抱いている。さおりさんは言う。

「長崎新聞が共同通信に対して抗議している件も、抗議する先がちょっと違うのでは、と。出版してほしくないんだったら、出版社の文藝春秋に対して『出版しないでください』って言えばいいわけですし、提訴すればいいわけですし」

「それをなんで石川さんの勤め先である共同通信に文句言うのか、理解できなかったです。あそこまで大きな問題になるっていうのは、ちょっと想像はしてなかったんですよね」

大助さんは言う。

「長崎新聞も、(本の内容に)異議を申し立てるのであれば、出版社である文藝春秋になり、石川さん個人を提訴するなりすればいいことなのに、所属先(共同通信)を加盟会社(という立場から)そういう部分に関してクレームを出すというのはいかばかりかな、というふうに思った次第ですね」 

さらに、長崎新聞が示す共同通信とその加盟社の関係性を挙げ、こう述べた。

「共同通信は、各地方紙からの会費で成り立っている会社ですよね。それは、長崎新聞の堂下記者からも聞きました。『共同通信は、我々の会費で成り立っているんだよ』と」

「共同通信さんを責めるのは、長崎新聞社さんをはじめいろんな各地方紙さん、地方紙じゃなくても大手も加盟しているところがありますけれども、(共同通信社の)『お客様』ですよね。そこから当然、加盟金と言いますか、お金をいただいて、その分配信しているということですから、やはり(共同通信は自分の)お客様に対しては、スポンサーと同じで、あまり都合の悪いことは書けないというか、言えないというか、そういう構造があるので」

共同通信に手紙を書いた母「全く無視されたような感じ」

長崎新聞は名誉毀損を主張しながら、当事者である遺族に対しては取材や連絡を行わない。さおりさんが言う。

「(書籍について)長崎新聞さんからは何一つ、一切何も言ってこないです。他のマスコミの方からは、『石川さんの本を読みました』とか結構そういうのがあったんですよ。でも長崎新聞さんからは何もなかったです」

そこで遺族は、石川氏を追及する共同通信に対して、本の内容が事実であることを伝える意見書を提出した。2023年1月のことだ。

だが、現在に至るまで一切返事がない。

「 (勇斗さんの事件を報じる)過去の新聞記事ですとか、ありとあらゆる証拠を集めて、それを基に意見書をお送りしたんですけれども、そういったものに目を通していただけたかどうかっていうのも分からないですね」

さらに、さおりさんは石川氏が所属する千葉支局の正村一朗支局長に対しても手紙を送り、事実を訴えていた。このことはTansaの記事「いじめ自殺した高2の母から、共同通信千葉支局長への手紙」で報じている。

「当時、千葉支局に石川さんがいらっしゃったので、千葉支局長宛てに書いたお手紙もありますけれども、そういったものに関してもこちらとしてはお返事とかもいただいていないですし、全く無視されたような感じだなっていうふうに思いますね」

「必要なら石川さんの裁判で法廷に立ちます」

さおりさんも大助さんも、長崎新聞や共同通信の主張に納得がいかない。

インタビューの後、さおりさんが口にした。

「このままだったら、また同じような子どもの自死事件が起きると思います」

「必要でしたら、私たちは石川さんの裁判で法廷に立ちます」

(左)福浦大助さん、福浦さおりさん=2024年11月10日、中川七海撮影

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