撮影/羽賀羊
2023年7月に開始した「報道の自由裁判」が、佳境を迎えようとしている。原告・被告双方の主張がほぼ出揃い、法廷に証人を呼ぶ準備が始まった。
本裁判は、共同通信の記者だった石川陽一氏が、報道の自由を侵害する同社を訴えたものだ。
石川氏は、長崎高2いじめ自死事件を追った自著『いじめの聖域』を、社外での執筆許可をとった上で、文藝春秋から出版した。本で報道姿勢を批判された長崎新聞は、共同通信に名誉毀損を主張。長崎新聞が加盟社であることから、共同通信は石川氏への追及に乗り出し、社外活動の了解を取り消して本の重版を禁じた。
最終的に、石川氏の記者職を解いた。その理由について共同通信は、「共同通信の記者の水準に達していないから」と裁判で主張してきた。
つまり、石川氏を処分したわけではない。記者職から外したのは、単なる人事異動だということだ。
ところが、1月10日の第9回口頭弁論で、共同通信が本音を漏らした。何としてでも石川氏を追い込み、それを長崎新聞に示すことで、加盟社の怒りを鎮めようという狙いが見てとれた。
口を滑らせた共同通信の代理人弁護士
共同通信の本音が露呈したのは、この日の裁判の終盤でのことだ。
中島崇裁判長が、証人尋問の予定を確認した。
証人尋問は、原告・被告双方の主張が出揃った段階で行われる。当事者や関係者を「証人」として法廷に呼び、原告・被告・裁判官が質問を投げかける。証人の発言は、裁判の証拠として扱われる。
中島裁判長が、共同通信の代理人である藤田雄功弁護士に、誰を呼ぶのかを尋ねた。
藤田弁護士はまず「千葉支局の関係者」と返答。千葉支局は、石川氏が記者職を解かれ、「調査部」への異動を言い渡された時に所属していた支局だ。調査部は、過去の記事をスキャンしデータ化する部署である。
そして、こう続けた。
「あと、会社本社で1名、今回の懲戒の手続きに関係する人」
長崎新聞から求められていた「しかるべき対応」
「本心が出ちゃってる」。私はそう思った。
共同通信はこれまで、石川氏を調査部に異動させたのは、記者としての資質に欠けることが理由だと説明してきた。つまり、社は石川氏に対して懲戒処分のような厳重な対応を取ったわけではないし、訴えられる筋合いなどないという反論だ。
しかし本心では、石川氏に対する一連の対応は懲戒処分だったのだ。
そこまでしなければならないのは、加盟社である長崎新聞の怒りを鎮める必要があったからだ。
書籍の発売翌日、共同通信の谷口誠福岡支社長が長崎新聞本社を訪れた。石田謙二編集局長ら幹部に謝罪するためだ。
長崎新聞は「なぜ本の出版を許可したのか」「文藝春秋に出版差し止めを求めないのか」などと質問し、共同通信としての回答を求めた。
Tansaが入手した長崎新聞の内部文書には、長崎新聞が「しかるべき対応」を求めていることが書かれてあった。
長崎新聞を侮辱し、貶める内容で、事実に反している。悪意を感じる。共同通信にはしかるべき対応が必要と考える。
謝罪の翌月に、長崎新聞が共同通信に送った「見解文書」でも、長崎新聞は「対応」を求めている。
当社の社会的信用を損なう本書は、既に全国で出版され、長崎県内でも店頭に並び、各地の図書館でも購入・貸し出しが進んでいる。当社の名誉は本書によって将来に渡って毀損され続け、損害が発生し続けることとなった。当社は今回の件で、共同通信社にお詫びしてほしいわけでも、当該記者を処分してほしいと要求しているわけでもない。このような状況に至り、当社に共同通信社がどう対応していただけるのかを聞きたいのである。
相反する評価
長崎新聞の怒りを鎮めるため、共同通信は石川氏への追及に躍起になる。だが、言いがかりでしかない無理な追及には矛盾が生じる。
例えば、人事考課の結果だ。
共同通信は石川氏について、2017年4月の入社時以降、以下のとおり評価してきた。7段階評価で、上から「SS、S、AA、A、AB、B、C」だ。
2017年度上期(福岡支社編集部):A
2017年度下期(福岡支社編集部):A
2018年度上期(長崎支局):A
2018年度下期(長崎支局):A
2019年度上期(長崎支局):A
2019年度下期(長崎支局):A
2020年度上期(長崎支局):AA
2020年度下期(長崎支局):A
2021年度上期(千葉支局):A
2021年度下期(千葉支局):A
2022年度上期(千葉支局):A
文面での評価は、以下のとおりだ。
成果・業績/業務実績:担当分野における一般的なニュースから一部重要、大型ニュースに至るまで取材を担当し、期待される標準的なスピードで業務を正確に遂行している。
職務・プロセス/社内調整・連携:担当範囲で上司や本支社局のデスク、同僚らに対し、必要な連絡を行い、役割分担や情報共有がスムーズにできている。
共同通信が裁判で主張する「共同通信の記者の水準に達していない」という評価と相反する。
共同通信、石川氏への指摘が自社にブーメラン
矛盾点はまだある。
共同通信は、石川氏が著書で「地元メディアは黙殺」と表記するにあたり、長崎新聞への確認取材をしていなかった点を挙げている。石川氏が「共同通信の記者の水準に達していない」根拠だという。
だが「黙殺」という表現は、事実をもとにした取材者による評価だ。
石川氏は、学校による自殺の隠蔽提案を、地元行政の長崎県が追認したというスクープを放った。後日、県が緊急の記者会見を開いて遺族に謝罪するほどの重大事だ。全国の報道機関がこぞって報じ、Yahoo!ニュースのトップページに掲載されたほどである。ところが、地元紙である長崎新聞が全く報じなかった。
これらの事実を根拠に、石川氏は一連の出来事を「地元では無視された格好になった」と表現し、小見出しに「地元メディアは黙殺」とつけた。遺族も、共同通信に提出した意見書の中で、「私たち遺族としては、この言葉通りだと思っています」と述べている。
そもそも共同通信自身が、自社の配信記事で、事実をもとにした批評を掲載している。
原告側はその証拠を裁判所に提出した。2022年8月1日~10月31日までの3か月間で、共同通信が批判していた対象は以下の通りだ。
岸田首相、政府、統一教会、検察、関西電力、立憲民主党、ロシア、自民党議員、自民党、維新の党、プーチン、防衛省、東京都、英国のジョンソン元大統領、自衛隊、公明党、北朝鮮、佐賀県、JR、日銀、村上誠一郎議員、イタリアの極右政党、エネオスの杉森務元会長、電通、細田博之議員、三井住友FG、俳優の香川照之、始関正光裁判官、山際大志郎議員、経済産業省、習近平、中国、神戸家裁、文部科学省
共同通信は、これらの相手に批評内容に関する確認取材を行ったのだろうか。していないとすれば、なぜ石川氏だけ追及対象となるのか。
この点を裁判で突かれた共同通信は、答えられていない。
次回期日:3月12日午後1時30分から東京地裁611号法廷
原告側は誰を証人として呼ぶのか。
考えられる筆頭は、共同通信の江頭建彦常務理事だ。総務局長だった当時、社外活動の了解取り消しや重版禁止を石川氏に通知した人物であり、記者職から外れるよう、石川氏に直接告げた張本人だ。
亡くなった福浦勇斗さんの遺族も候補だと考える。長崎新聞の報道のあり方を肌で感じてきた。共同通信に対しては、手紙や意見書を提出し、石川氏の著書の内容が全て真実であると訴えてきた。
私としては、長崎新聞幹部の声が聞きたい。これまで共同通信を矢面に立たせ、沈黙を貫いてきた。Tansaの取材にも無視を通している。だが元はといえば、長崎新聞が共同通信に「対応」を求めていたのだ。
山場を迎える報道の自由裁判。どのような展開が待っているのだろうか。
原告代理人の喜田村洋一弁護士に尋ねると、「まあ、あと2回くらい。大詰めなので傍聴にきてくださいね」と笑みを浮かべた。
次回期日は、3月12日午後1時30分から東京地裁611号法廷で行われる。
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