人質司法 なぜ労組は狙われたのか

新シリーズ「人質司法 なぜ労組は狙われたのか」/労働者の声を封じる国家権力に切り込みます

2025年02月05日19時00分 渡辺周、中川七海

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「人質司法」という言葉を耳にしたことがありますか。

被疑者を長期間にわたり勾留することで、自白を引き出そうとする行為です。数々の冤罪の原因となりました。事件から58年を経て無罪が確定した袴田巌さんも、人質司法の被害者です。

取調べをするのは警察官と検察官、勾留を認めているのは裁判官です。人質司法はシステムとして機能しているので、常態化しています。

国連・拷問禁止委員会などの国際機関は、日本政府に対し、人質司法をやめるよう繰り返し指摘しています。しかし日本の権力機構は、このシステムを手放そうとしません。

人質司法をこれまでにない規模でフル稼働させ、権力機構が潰しにかかっている組織があります。ミキサー車の運転手らでつくる労働組合、「全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部」です。通称「関生(かんなま)支部」です。

関生支部の組合員たちは、湯川裕司委員長の644日をはじめ、長期間勾留されました。安倍晋三政権の2018年から始まった摘発で、逮捕者数は延べ87人に上ります。警察は、大阪府警、京都府警、滋賀県警、和歌山県警が一斉に動きました。

深刻なのは、警察と検察が、ストライキや経営側との団体交渉など労組の活動を「犯罪」として扱っていることです。労組の活動は憲法28条で認められた権利です。堂々と捜査機関が憲法に反しているのです。

人質司法のもとで、罪にならないことを罪として仕立てあげる。捜査機関がなりふり構わない暴挙に出ているのは、なぜでしょうか。

企業内労組は正社員のための「特権集団」

その理由を考えるためにはまず、日本の労働組合について知る必要があります。

日本では、「企業内労働組合」が主流です。多くはその企業の正社員しか加入できません。しかも組合があるのは主に大企業です。

企業ごとの労組では、労組としての役割を果たすことができません。企業内の社員だけで経営側と交渉しても、十分な成果を得られないからです。経営側は社員の人事権を握っているので、組合側は強く出られません。

本来の労組は「産業労働組合」です。その産業に従事する全ての労働者のために、企業の枠を越えて活動します。勤務先が違う労働者たちが、正規・非正規雇用を問わず横で連携し、ストライキなどをカードに業界の経営側と交渉します。力関係が対等なので、労働者の待遇が改善しやすくなります。

そもそも、懸命に働く人に正規も非正規もないはずです。自社の正社員だけが恩恵にあずかろうとするのは労組ではありません。経営側と馴れ合っている「特権集団」です。

関生支部は、生コン産業で働く人たちのための産業労働組合です。どの企業の社員であろうと、日々雇用の人であろうと関生支部に加入できます。

日経連が恐れた関生支部

産業労働組合が活発になると困るのは、経営側です。企業内組合と違い、自社の社員だけに特権を与えて、手なずけておくことができないからです。

三菱鉱業セメント社長などを歴任し、1979年〜1987年に日経連(現・経団連)の会長を務めた大槻文平氏は、関生支部の活動について次のように語りました。

「箱根の山を越えさせない」

「資本主義の根幹にかかわる」

つまり、関生支部のような産業労働組合が、関東にもできるようなことがあれば、日本の資本主義を脅かすことになるということです。

日本の資本主義の中核を担うのは、大企業からなる経団連です。経団連が自民党の政策を政治献金で「買収」し、大企業が儲ける。このパターンで長らくやってきました。Tansaがシリーズ「自民支えた企業の半世紀」で、約50年にわたる大企業から自民党への献金データと、経団連の政策要望の関連を分析した通りです。

その経団連のトップが、関生支部を脅威に感じていたわけです。

しかも今や、非正規労働者は4割にまで増えました。今回の弾圧の背景には、癒着した経済権力と政治権力の危機感があると考えられます。

「他人の痛みは我が痛み」

日本は「主権在民」の国です。私たちは便宜上、政府に権力を委任しているだけです。警察や検察は公僕です。今回のように憲法で認められた労組を弾圧するなどもってのほかです。憲法は、主権者が権力機構に守らせ、その暴走を防ぐためにあります。

しかし今、権力機構が憲法をないがしろにしています。その暴走を止めるのに重要な役割を担うべきなのは、ジャーナリストと、ジャーナリストを擁する報道機関です。

それにもかかわらず、新聞やテレビといった大手メディアは、警察や検察の片棒をかついでいます。記者クラブを拠点とし、警察や検察のシナリオに沿った報道をしています。関生支部の組合員が逮捕されれば、組合員の取材もせずに犯罪者のように報じる始末です。

そもそも、民主主義の基盤が揺らぐ人権侵害を目の当たりにしながら、ほとんどの大手メディアは関心がありません。既得権益のグループの一員として仕事をしているうちに、グループ外の人たちへの想像力が及ばなくなったのでしょう。

関生支部の組合員たちが大切にしている言葉があります。

「他人の痛みは我が痛み」

ジャーナリズムに通ずるこの言葉を、Tansaは大切にします。暴走する権力機構の実態を暴くことで闘います。

他の報道機関やジャーナリストが連帯することを望むとともに、読者も主権者として抗うことを切に願います。

2025年2月5日

Tokyo Investigative Newsroom Tansa 一同

 

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