関西の生コン産業の労働組合「関生(かんなま)支部」への捜査は、4府県での「事件」に及ぶ。警察の管轄で言えば、大阪府警、京都府警、滋賀県警、和歌山県警だ。
不可解なのは、当該の組合活動から5年後に事件化するなど、時間が経ってから組合員たちの逮捕に乗り出したことだ。本当に犯罪が疑われるならば、すぐに立件するのが自然だ。
そもそも、労組の活動は憲法28条で保障されている。犯罪ではない。例えば和歌山の事件では大阪高裁で2023年に無罪判決が出て確定した。和田真裁判長は次のように述べた。
「産業別労働組合である関生支部は、業界企業の経営者・使用者あるいはその団体と、労働関係上の当事者に当たるというべきだから、憲法28 条の団結権等の保障を受け、これを守るための正当な行為は、違法性が阻却される」
それならばなぜ、警察と検察は関生支部の一斉摘発に乗り出したのか。目的は何か。
Tansaは逮捕・勾留された組合員ら18人を取材するとともに、各事件の裁判資料を精査した。
見えてきたのは、「人質司法」による検察と警察の組合潰しだ。
人質司法とは
人質司法とは、長期間にわたり被疑者を勾留することで自白を引き出そうとする行為だ。早く釈放されたい被疑者の心理につけ込む。
では勾留手続きはどのように進められるのか。
警察は被疑者を逮捕すると、48時間以内に身柄を検察に送る。検察官は、その被疑者を引き続き拘束する必要性を24時間以内に判断。必要であれば10日間の勾留を裁判官に申請し、裁判官が勾留を決定する。裁判官が許可すれば、さらに10日間延長される。
ここまでで最大23日間。被疑者を起訴して裁判にかけるかを検察官が決める。
裁判が始まっても、裁判官の判断によっては判決までの「未決勾留」が続く。
勾留できる条件は3つだ。刑事訴訟法第60条1項が定めている。
「定まった住居を有しないとき」
「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」
「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき」
しかし裁判官は、3条件に依拠せず、自白を引き出したい検察寄りの判断をすることが多い。検察からは「一件記録」という詳細な捜査資料が提出されるのに対して、被疑者には5分ほどの「勾留質問」で弁解を聞くだけだ。
関生支部の組合員たちは、罪証隠滅や逃亡の恐れはなかった。住居もあった。それでも湯川裕司委員長の644日をはじめ、長期の勾留を強いられた。
憲法第38条2項では「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」と定めている。国連人権理事会や国際NGOからも人質司法は批判されている。近年では日本の人質司法が「Hostage Justice」と訳され、人権を侵害する特異な存在として知られるようになった。
だが政府をはじめ、日本の権力機構は一向に人質司法を改めない。
「警察と検察は何人もいる」
人質司法のもとで、検察と警察は勾留した組合員をどのように追い込んだのか。多かったのは、組合の脱退を迫る行為だ。本人が組合を辞めるよう家族にも圧力をかけていた。一部の事例を示す(所属や肩書きは当時)。
・勾留中の組合員に対し、「関⽣⽀部の組合員を続ければ、同じように逮捕・勾留される」と告げて組合からの脱退を迫る(⼤津地検・横⿇由⼦検事)
・勾留中の組合員に対し、「関⽣⽀部をどんどん削っていく」、「警察と検察は何⼈もいる」などと⾔って、捜査の⽬的が関⽣⽀部の壊滅にある旨を明らかにして威迫した(⼤津地検・多⽥尚史副検事)
・勾留中の組合員の妻の携帯電話に架電し、「すごく悪いことをしているから組合員をやめるよう説得するべきだ」と迫った。関⽣⽀部の組合員の名前を教えるよう求めたり、妻が関⽣⽀部で活動したかを問うたりして妻を怯えさせた(⼤阪地検・天川恭⼦検事)
・勾留中の組合員に対し、「関⽣⽀部の委員⻑が悪いのであって、あなたは悪くないのだから組合をやめた⽅がいい」と関⽣⽀部の脱退を迫った(京都地検・⽴川英樹検事)
・取調べの中で、「関⽣を辞めてたら任意の事情聴取で済んだ」「関⽣を辞めるんだったら、ええ⽅法を考えたる」「⼦どもより組織が⼤事なのか」「組合を辞めると⾔うまで気⻑に待つ」と言う(滋賀県警・井澤武史⽒)
・中学生の息子と2人暮らしの組合員を逮捕する際、「父親が長い間不在になるから息子を(児童養護)施設に入れるんか」「逮捕されたことを息子の中学に連絡する」と威迫する(滋賀県警捜査員)
・暴力団関係者や元暴力団員が、関生支部の被害者とされる経営者側の立場で事件に介在しても、警察と検察は不問
検事総長たちは
人質司法による関生支部への弾圧を、要職にある責任者たちはどう考えているのか。
Tansaは2025年1月23日、畝本直美・検事総長、鈴木馨祐・法務大臣、楠芳伸・警察庁長官、氏本厚司・最高裁事務総長、石破茂・内閣総理大臣に質問状を出した。
上記の具体的な事例を挙げ、事実誤認があれば指摘するよう求めた上で、以下の趣旨の質問をした。
「労働組合の権利を保障した憲法28条に反するのではないか」
「恣意的な逮捕や勾留を禁じた国際条約に反するのではないか」
「暴力団関係者や元暴力団員の事件への介在をなぜ不問にしたのか」
2月3日の回答締め切りに対し、法務省大臣官房秘書課広報室から1月28日午後4時34分、以下の回答がメールであった。
個別の事件に関わることなので、お答えは差し控えます。
法務省の回答から約30分後の午後5時12分、最高検察庁企画調査課企画係からは「最高検としての回答」として以下の返信がメールであった。
個別の事件にかかわることなので、お答えは差し控えます。
最高裁報道課はナカムラ氏が1月29日午後1時33分、質問状の問い合わせ先として記載していた渡辺の携帯に架電してきた。
「1月23日付の質問状についてはお答えすることがありません」
書面で回答するよう求めていたので、改めて書面で回答するよう告げると、「通常、取材については電話で回答している」。こちらが、きっちりと記録を取りたいので書面で回答するよう再度要請すると、「検討します」。それからは連絡がない。
警察庁と内閣官房からは、締め切りを過ぎても回答がない。回答が届けば改めて報じる。
「人質司法」責任者たちのプロフィール
畝本直美・検事総長、鈴木馨祐・法務大臣、楠芳伸・警察庁長官、氏本厚司・最高裁事務総長、石破茂・内閣総理大臣は今回の事態に大きな責任がある。それぞれの略歴と、司法への考え方が窺える言葉を紹介しておく。
畝本直美・検事総長
1988年に検事任官。高知地検や法務省保護局長、東京高検検事長を経て2024年7月に女性初の検事総長就任。検察庁のサイトでは「検察が国民の信頼という基盤に支えられていることを心に刻み、全国の検察職員が、その職責を深く自覚し、熱意をもって職務に取り組むよう、力を尽くしたいと思います」と述べている。
袴田巌さんの再審で無罪判決が出た際は、控訴をしない方針を示した談話の中で、次のように述べた。
「本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。しかしながら、再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより、袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました」
「袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております。最高検察庁としては、本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたいと思っております」
鈴木馨祐・法務大臣
大蔵省、厚労省などで勤務し2005年から衆院議員。自民党の副幹事長や財務金融部会長を務めた。2024年11月に石破内閣の法務大臣として初入閣。初登庁後の記者会見では、検事の取調べのあり方を問われて次のように答えている。
「検察の捜査・公判活動が適正に行われていかなくてはならない。これは当然であろうと思います。まさに検察の活動、これは国民の皆様方の信頼の上に成り立っているものですから、検察権の行使の適正さに疑いが生じるようなことがあっては断じてならないと思っています。検察の活動、まさにその基盤ですから、そこの点をしっかりと強調させていただきたいと思っています」
「そういった中で、個々の検察の活動が適正に行われているかどうか、これは当然、検察当局が一義的にはやっていくことですけれども、同時に私も法務大臣として、しっかりそこは注意深く見守っていく必要があると思いますし、その点しっかりと取組をしていきたいと思っています」
楠芳伸・警察庁長官
2025年1月27日に警察庁長官に就任。千葉県警の刑事部長や警察庁の交通局長、菅義偉氏が官房長官だった時は秘書官を務めた。就任会見では交通部門での経験が豊富なことを踏まえ、事故の死者数を減らしたことをアピールした。長官に就任してからの施策としては、匿名・流動型犯罪グループやサイバー犯罪への対策、大阪万博での警備について語ったが、憲法に反する捜査の適正化については言及しなかった。会見には記者クラブの加盟各社の記者たちが参加したが、捜査の適正化については質問が出なかった。
長官就任に伴い、2月1日付の毎日新聞は楠氏の人柄に言及し褒めちぎっている。
「持ち味は粘り強さだとする。なかなか前に進まない仕事に直面した時、『諦めることは1秒でできる。もう少し頑張ってみよう』と部下らに声をかける。雰囲気づくりにも心を配り、周囲からは『穏やかだけどタフ。頼りがいがある』と慕われる」
氏本厚司・最高裁事務総長
最高裁の事務総局は、裁判所内の人事や予算など司法行政を担っている。国会での答弁も行う。東京地裁部総括判事、最高裁経理局長、甲府地方・家裁所長を経て最高裁事務総長に就いた。2024年9月11日付の産経新聞によると、氏本氏は就任会見で次のように述べた。
「冷静な思考を巡らせながら、ときに果敢に挑戦することが必要。司法に対するニーズをしっかりキャッチし、環境整備に全力を尽くしたい」
石破茂・内閣総理大臣
袴田巌さんの無罪確定について、2024年10月に日本記者クラブで開かれた党首討論でこう述べた。
「高齢の袴田さんがああいう状況に置かれたことについては、政府として一定の責任は当然感じなければいけない」
「再審がもう少し合理的に被告人の権利が侵されることがないようにという判断はさらに議論を尽くして結論を得たい。同時に検察の捜査がきちんと行われるかどうかは検察当局としてもさらによく考えていくものだ」