保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

共同通信・社会部デスク、元部下の「欠点」を法廷で証言へ/いじめ事件を報じた記者が「いじめの対象」に

2025年04月15日20時53分 中川七海

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撮影/羽賀羊

報道の自由裁判が始まって1年9カ月。原告被告双方の主張が出揃った。来る4月23日の口頭弁論で、出廷する証人が決まる。午前11時30分、東京地裁611号法廷で開かれる。

被告・共同通信が証人として申請した一人が、社会部の松本晃氏。原告・石川陽一氏が千葉支局に勤務していた時のデスクだ。デスクとは、記者への取材指示や原稿の添削をする上司のことだ。

松本氏は、石川氏の勤務態度について証言する。「共同通信記者の水準に達していなかった」と主張することで、石川氏への社外執筆許可の取り消しや、記者職を解いたことを正当化する狙いがある。

共同通信は、裁判が進むにつれて打つ手がなくなってきた。追い込まれた末のこととは言え、かつての直属の上司に部下を非難させるようなことをするだろうか。社を挙げてのいじめだ。

2017年、福浦勇斗さんという1人の高校生が、いじめを苦に自死した。この裁判の原点は、同じ被害を決して出さないために、報道機関は何をするべきかを問うことにあるはずだ。

そのことを一顧だにせず、自社の保身のために、いじめる側に回る。共同通信に報道機関としての存在意義はあるのだろうか。

原点は高校生のいじめ自死事件

共同通信が、松本晃氏を証人に申請するに至った経緯を説明する

長崎・海星学園高校2年の福浦勇斗さんは2017年4月20日、公園の木で首を吊って自死した。遺書には「どこか誰ひとりぼくを見てない場所に行きたい」と書かれていた。いじめに苦しんでいたことを詳細に記したノートも見つかった。

ところが、学校は勇斗さんの自死を隠蔽し、「突然死」と公表するよう遺族に提案。私立高校を所管する長崎県・総務部学事振興課は、その提案を容認した。地元紙・長崎新聞は、県の姿勢を庇った。遺族が当時の心境を語る。

「いじめで苦しんだ子どもの尊厳が、学校・県・長崎新聞によって、抹殺されるような恐怖を抱きました」

そこへ現れたのが、共同通信の石川陽一記者(当時)だ。退勤後や休日を使って取材・執筆し、2022年11月に書籍『いじめの聖域 キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録』(文藝春秋)を出版。学校と県だけではなく、長崎新聞も批判した。県と馴れ合って報道機関としての役目を果たさなかったからだ。

石川氏の著書に関し、長崎新聞は共同通信に抗議する。Tansaが入手した長崎新聞の文書によると、以下の内容だ。

「当社の名誉は本書によって将来に渡って毀損され続け、損害が発生し続けることとなった」

長崎新聞は共同通信の加盟社だ。日々の紙面を作るため、共同通信の記事の配信を受けており、その対価を支払っている。共同通信にとっては「大切なお客様」だ。

2023年1月、共同通信は石川氏への社外執筆許可(社外活動了解)を取り消し、本の重版を禁じた。一連の出来事について他メディアで公表すれば懲戒の可能性があるとも通知した。

同年4月には、「本についての石川さんの表現が、記者活動の指針に反して共同の記者の水準には達していない」と告げた上で、石川氏を記者職から外した。

石川氏は退社へと追い込まれていったが、退社直前の2023年7月、報道の自由を問うため共同通信を提訴した。

「書籍が原因」という主張を捨てた共同通信

石川氏は東洋経済新報社へと転職したが、個人として裁判を続けている。

石川氏の書籍発売当初から、共同通信が主張してきたのは、書籍が「長崎新聞の名誉を毀損し、共同通信社の利益を害した」ということだ。

ところが裁判の期日を重ねても、共同通信の主張を支える証拠が一向に出てこない。

提訴から1年が経った2024年7月26日、第6回口頭弁論で、石川氏の代理人である喜田村洋一弁護士がしびれを切らす。

「前から言っておりますけど・・・。原告が書いた本が長崎新聞の名誉を毀損したとか、共同通信が信用を失ったとか、そういう事実があるとご主張になるのかならないのか。証拠をお出しになるのかどうかをお尋ねしたいと思います。これが『まとめ』ということで、今後、事実関係についてこれ以上ご主張されることは特にないと理解してよいのでしょうか」

共同通信の代理人である藤田雄功弁護士が答える。

「名誉毀損に関して、新たな事実の主張をする考えは持っていません」

著書で長崎新聞から抗議を受けたことが、石川氏への措置の発端だったにも関わらず、著書の内容を争点にはしないということだ。

追い込まれた共同通信は、石川氏が「共同通信記者の水準に達していない」ことを証明することに躍起になる。記者職を解いたことを正当化するためだ。

だが石川氏は、『いじめの聖域』で第54回大宅壮一ノンフィクション賞の最終候補に選ばれた他、第12回日本ジャーナリスト協会賞・大賞など3つの賞を受賞している。共同通信の労働組合も受賞を讃え、組合の発行誌で何度も取り上げたほどだ。

しかも共同通信は石川氏について、2017年4月の入社以降、以下のとおり評価してきた。7段階評価で、上から「SS、S、AA、A、AB、B、C」だ。

2017年度上期(福岡支社編集部):A

2017年度下期(福岡支社編集部):A

2018年度上期(長崎支局):A

2018年度下期(長崎支局):A

2019年度上期(長崎支局):A

2019年度下期(長崎支局):A

2020年度上期(長崎支局):AA

2020年度下期(長崎支局):A

2021年度上期(千葉支局):A

2021年度下期(千葉支局):A

2022年度上期(千葉支局):A

文面での評価は、以下のとおりだ。

成果・業績/業務実績:担当分野における一般的なニュースから一部重要、大型ニュースに至るまで取材を担当し、期待される標準的なスピードで業務を正確に遂行している。

 

職務・プロセス/社内調整・連携:担当範囲で上司や本支社局のデスク、同僚らに対し、必要な連絡を行い、役割分担や情報共有がスムーズにできている。

共同通信自身が、人事考課で平均かそれ以上の評価をしている以上、石川氏を「共同通信記者の水準に達していない」と主張するのは無理がある。

共同通信が、石川氏を評価した記事もある。2022年1月18日に配信した。新聞労連が主催する、ジャーナリズム賞の受賞作品を報じる内容だ。

人権を守り、報道への信頼増進に寄与した記事を表彰する第16回疋田桂一郎賞は、共同通信千葉支局の石川陽一記者による「長崎市の私立海星高いじめ自殺問題を巡る一連の報道」に決まった。フォトジャーナリストら4人の選考委員が審査。応募は24作品だった。

上司や同僚からかき集めた難癖

矛盾が露呈し追い詰められた共同通信は、上司や同僚から石川氏への難癖まで集めてきた。

第8回期日に合わせ共同通信が提出した書面から、一部を抜粋する。

・携帯電話に出ず、メッセージの返信も遅い。どこで何をしているのか分からず、取材指示もままならない。そこで数か月後、外回り取材の少ない司法記者クラブに配置した。

 

・出稿数が、他の記者(月平均10〜13本)の半分以下(月平均5本)だった。

 

・先輩記者が石川さんに「千葉で何をやりたいのか」と尋ねたところ、「行政も県警もやりたくない。被爆者、原爆の取材がしたい。千葉は面白くない。長崎に戻りたい」と答えた。千葉支局で役割を果たす意識に欠けていた。

 

・支局内で電話がかかってきても、他に人がいると出ない。支局長が代わりに出ることがあった。

 

・支局に届いたファックスをパート職員が石川さんに渡しても無視された。

 

・協調性に欠けていた。

こうした主張を補強するため共同通信は、石川氏が千葉支局に勤務していた時の上司、松本晃氏を証人として裁判所に申請した。

原告は、長崎新聞に謝罪の谷口誠福岡支社長(当時)を申請

共同通信は、常務理事の江頭建彦氏の証人としての出廷も申請している。2023年当時は総務局長で、社外活動了解の取り消しや重版禁止を下した「通知書」を発行した。石川氏に記者職剥奪を告げた張本人でもある。

常務理事は総務局長よりも格上だから、江頭氏は昇進したことになる。共同通信は今回の一連の問題を何とも思っていないということだ。

原告の石川氏も、2人を申請した。ひとりは、石川氏本人だ。

もうひとりが、谷口誠氏だ。

当時、共同通信福岡支社長だった谷口氏は書籍の発売翌日、長崎新聞本社を訪れた。石川氏に事情を聞くこともなく、「問題の記述は石川氏の個人的な主張で共同の考えではない」、「本社総務局と法務局で対応を検討している」などと説明し、謝罪している。

次回期日で、証人が決定する。4月23日(水)11時30分、東京地裁611号法廷で開かれる。

【取材者後記】遺族に思いが至らないのなら、報道機関として廃業を/リポーター 中川七海

共同通信の無理筋な主張には呆れる。だが、呆れるだけでは済まされないことがある。

死者の尊厳を踏みにじり、輪をかけて遺族を苦しめている事実だ。

勇斗さんの遺族は『いじめの聖域』について、「あの本は、私たちの経験に基づいた全て真実」と訴える。Tansaのインタビューに語った。

遺族が、息子についてではなく、石川氏の件でもこうして取材に応じるのは、「これ以上、いじめの被害者を出したくない」という強い思いがあるからだ。

石川氏が社から追及を受けていることを知った遺族は2022年12月、石川氏が勤める千葉支局の正村一朗支局長に手紙を出した。追及が筋違いであることを、遺族として伝えた。長崎新聞が県を庇った記事の切り抜きも同封した。

それでも止まない追及に、翌月には意見書を提出する。母・さおりさんが綴った、A4用紙9ページにわたる文書だ。リビングのテーブルや床に資料を広げ、2022年の大晦日に一睡もせずに書いた。しかし共同通信は一切返事をせず、石川氏に処分を下した。

さおりさんはTansaの取材にこう述べる。

「子どものいじめが発端だったのに、気が付いたら大人がいじめている。大人が大人をいじめてる、みたいな。本当のことを書いた人を大人がいじめてるっていうことにシフトしてしまったっていうか。なんでそんなことになっちゃったのかなって」

組織を守るためなら、自社で働く20代の記者を「いじめの対象」にする。共同通信の姿は、遺族にとって、海星高校を彷彿とさせたのではないだろうか。

さおりさんは、勇斗さんの七回忌を迎えた日、私にこう言った。

「石川さんは、しっかりした記者さんだから、普段から頼ってしまうのですが、よくよく考えたらまだお若いですよね。長崎で石川さんが勇斗の取材をしてくれていたのが20代で、勇斗も生きていたら20代だし。意外と2人は年齢が近いんだなって」

遺族の目には、学校でいじめを受けた勇斗さんと、会社からいじめられる石川氏が、重なって映るのかもしれない。

だが、共同通信は容赦しない。

遺族が共同通信に手紙を出してから2年あまり。次は裁判という公の場で、石川氏の「記者としての問題点」を証言する気だ。

遺族に思いが至らず、組織の保身に躍起になるならば、共同通信は報道機関として廃業するべきだ。

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