
ダイキン工業の井上礼之会長(当時)を直撃取材=2022年6月2日、渡辺周撮影
岡山県吉備中央町で、水道水の高濃度PFOA汚染が発覚してから2年半。
地元の活性炭リサイクル業者「満栄工業」が2026年4月24日、岡山県公害審査会に公害調停を申請した。ダイキン工業のPFOA含有活性炭を引き取った記録が満栄工業に残っており、汚染源はダイキンだと満栄工業が判断した。
吉備中央町の水道水汚染を巡っては、満栄工業がダム近くの土地で保管していたPFOA含有活性炭から、PFOAが漏出した。同社は責任を問われて、町から損害賠償を請求されている。
だが、どの企業が満栄工業にPFOA含有活性炭を引き渡したかは、不明だった。
PFOAは「永遠の化学物質」と言われ、人の手で処理しなければ分解されない。ダイキンはPFOAの世界8大メーカーの一つで、戦後まもなくから開発に着手。2015年まで大量のPFOAを生産してきた。
吉備中央町の汚染はダイキンのPFOAが原因で間違いないのか。ダイキンのPFOAは長年、いつ、どこで、どのように処理されてきたのか。明るみに出ていない汚染地、汚染を今後引き起こす可能性のある地域はないのか。
ダイキンによる早急な検証と説明が必須だ。
指針値9万倍のPFOA検出
PFOAは、有機フッ素化合物「PFAS」の一種だ。1万種以上存在するPFASのうち、発がん性や妊婦・子どもへの健康影響が極めて大きく、製造・輸入が禁止されている。
PFOA含有の水道水は、町内の円城(えんじょう)地区に供給されていた。人口約1万人の吉備中央町内で、約500世帯1,000人が暮らす地域だ。2023年10月、各自治体の水質データを調べていた県の職員が気づき、供給停止に至った。
町による血液検査では、町民709人が検査し、87%に上る619人が、米国政府が採用する指針で「処置が必要」とされる20ng/mLを超えていた。2歳〜12歳の子どもの高濃度曝露も著しく、65人中、82%に上る53人が同指針値を超えていた。
米国政府の指針では、20ng/mL以上は「腎臓がんや精巣がん、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患などのリスクを考慮した処置が必要」と定められている。
汚染源の特定は、県が担った。
汚染源は、最高濃度の検出地点からほど近い場所にある、資材置き場だった。そこには、活性炭が入った1トンのフレコンバッグ(土のう袋)が580個分あった。長年、屋外に放置されており、袋は破け、活性炭が飛び散っていた。雨風に晒されたPFOAが地中に浸透し、川を経由して、水道水の水源であるダムに流れ込んだのだ。
県は活性炭をランダムに30箇所で採取し、濃度を調べたところ、最大で450万ng/Lを検出した。国の水質基準50ng/Lの9万倍に当たる濃度だった。
15年にわたり活性炭をダム上流に放置
活性炭の持ち主は、すぐに判明した。
町内の活性炭リサイクル業者「満栄工業」。大正10年(1921年)創業の老舗企業で、主軸事業の一つが「活性炭リサイクル」だ。活性炭は、水中のPFOA除去に使用される。水中でPFOAを吸収するため、浄水場やPFOAを取り扱う企業などで重宝されている。
化学物質が吸着した活性炭を業者から引き取り、自社工場で処理する。再び化学物質を吸着できる状態にした活性炭を、業者に引き渡すという仕組みだ。
だが、処理が追いつかず自社内には入りきらない活性炭が出始めた。満栄工業は町から資材置き場を借り、2008年頃から活性炭を置き始めた。15年にわたって活性炭を放置し、PFOAの流出を招いたことになる。町は、水道の使用不可による代替水購入や水道管付け替え工事の費用など、一部の費用を満栄工業に請求した。
その一方で、満栄工業にPFOA入りの活性炭を持ち込んだ企業がどこなのかは不明のままだった。
だが当該企業の特定は極めて重要だ。満栄工業が活性炭をダム上流に置き始めたのは2008年。国際的にはすでにPFOAの人体への悪影響は明らかになっており、PFOAの取り扱いと処理の必要性を満栄工業に伝えていれば、後の水道水汚染を防ぎ得たからだ。
京大・原田氏が突破口 「組成が一致」
満栄工業に、PFOA入りの活性炭を持ち込んだ企業はどこなのか。
突破口を開いたのは、京都大学准教授(当時)の原田浩二氏だった。高濃度のPFOAを検出した満栄工業の活性炭を分析した。
成分の分析によって、含有するPFASの種類や割合などの組成がわかる。一口に「PFOA」と言っても、あらゆる種類があるのだ。組成は「指紋」のようなもので、いつ、どこで、どのように使用されていたかといった情報を得ることができる。
分析結果は2024年11月に出た。
満栄工業の活性炭は、大阪のダイキン工業淀川製作所周辺で検出したPFASと同様の組成だった。ダイキン工業では、1960年代から約50年にわたってPFOAを製造・使用していた。
原田氏の組成分析結果を入手していたTansaは、2024年11月、ダイキンに質問状を送付した。
ダイキンが排出したPFOA含有活性炭と、吉備中央町のPFOA汚染との関係について、根拠とともに答えるよう求めた。
ダイキンの回答。
「個別の取引の有無及び個別の取引に関する事項については、回答を控えさせていただきます」
「なお、弊社がPFOAの除去処理に使用した活性炭については、専門の処理業者を通じて焼却処理を依頼しており、弊社が確認する限り、当該使用済活性炭の再生を委託した事実はありません。吉備中央町での事案と弊社とを結びつけたり、関係性を匂わせたりするような取材・報道は、お控えください」
その後も、ダイキンは自社のホームページで吉備中央町でのPFOA汚染との関わりを否定した。
「当社のPFOAの除去処理に使用した活性炭については、岡山県吉備中央町で問題とされた使用済み活性炭の再生処理の委託を行っておらず、処分の委託先において、全て焼却処理をしていることを確認しております」
大阪ガスケミカルにも質問状を送った。Tansaは2024年2月以降、満栄工業の元社長や元従業員を取材。その際にPFOA含有活性炭の取引先として、大阪ガスケミカルの名前が挙がっていた。しかし、同年9月に送った質問状には以下のように回答した。
「『本汚染を引き起こしたPFOAを含んだ活性炭』が、当社から委託した活性炭であったことを示す記録はなく、当該活性炭のPFOA含有有無は分かりかねます」
一方の満栄工業は、PFOA入り活性炭を持ち込んだ企業がどこかを明らかにしない。こう着状態のまま時が過ぎた。
だが、満栄工業の経営が苦しくなっていった。町から損害賠償を請求されたからだ。
満栄工業は、社内記録を精査した。大阪ガスケミカルとの取引の中で、ダイキンから使用済み活性炭を引き取っていたことを確認した。
2026年4月24日、満栄工業は県公害審査会に公害調停を申請した。
ダイキンと大阪ガスケミカルは否定
Tansaは2026年4月21日、ダイキンと大阪ガスケミカルに質問状を送った。吉備中央町での水道水汚染が、ダイキンが排出したPFOA含有活性炭かを確かめるためだ。両社は4月23日付で回答し、否定してきた。
ダイキン
「弊社のPFOAの除去処理に使用した活性炭については、岡山県吉備中央町で問題とされた使用済み活性炭の再生処理委託を行っておらず、すべて焼却処理が行われていることを確認しております」
大阪ガスケミカル
「個別の取引先様との取引内容につきましてはお客さまに関する情報のため、回答を差し控えさせていただきますが、ご指摘はいずれも当たらないものと考えております。なお、当社が活性炭再生を受託する場合、お客さまにPFOAを含め当社の受け入れ基準を逸脱するPRTR管理物質等が含まれていないかを確認しておりますが、これまでPFOAを含有していると確認された実績はございません」
【解説】ダイキンは「永遠の化学物質」の行方を明らかにすべきだ/記者 中川七海
満栄工業が公害調停を申請したのは、自社だけで責任を負えなくなったがゆえだ。
これまで、自社が汚染源だと名乗り出ることもなく、被害を与えた住民に謝罪することもなかった。しかし、損害賠償を払えない状況下では事業も成り立たない。自らが追い込まれて初めて動いた。
満栄工業は、自分たちが被害を与えた住民たちにまで泣きついた。地元住民らでつくる「有志の会」の一部メンバーと面会。「PFOA含有活性炭を寄越した相手に対し、自社の被害の側面を訴えることができるのではないか」とメンバーが口にした時、満栄工業社長の前田貴広氏はハッとした表情で、望みを見出したようだったという。
公害調停の申請は、問題解決に向けた第一歩でしかない。未だに汚染除去も補償もなされていない。
吉備中央町での水道水汚染は、「潜在的なPFAS汚染は全国各地にあるのではないか、吉備中央町のケースは氷山の一角ではないか」という疑念を私たちに投げかけている。
PFASは「永遠の化学物質」と呼ばれる。人の手によって処理されなければ、自然に分解されることはほぼない。
しかし、これまでに製造されたPFASが、どれだけ、どこにあるのか、誰も把握できていない。
このような事態を招いた大きな責任は、日本政府と自治体にある。
2000年代初めから、PFASの危険性は国際的に認識されていた。例えば、ダイキンが製造し、吉備中央町で高濃度検出したPFOAについては、2006年時点で廃絶に向けた国際的な動きがあった。
ところが政府と自治体は、PFASを廃棄物処理法の観点で管理し、排出者責任を課すことをしてこなかった。
関係当局への取材においても、その姿勢が明らかになった。
2021年11月、経産省の担当者はTansaの取材に次の見解を示した。
「我々はすでにPFOA、PFOSの製造・輸入を禁止しています。排出(環境汚染や人体曝露)に関しては、環境省や厚労省の管轄です」
だが環境省の担当者も責任を負うつもりはない。
「たしかに廃棄物処理の管轄は環境省ですが、満栄工業の活性炭は廃棄物ではなく、リサイクルできる『資材』なので、経産省が管轄となります」
地元で県民の健康と暮らしを預かる岡山県はどうか。
「資材なので廃棄物処理法によって監督しません」
その後、県は「再生使用可能な状態ではなかったので、資材ではなく廃棄物に認定します」と見解を変えたが、廃棄物処理法に則って満栄工業を指導するのかいうと、そうはしない。
「廃棄物に認定する前の出来事に関しては、不問です。満栄工業に活性炭を引き渡した事業者に関する調査も実施しません」
地元の吉備中央町も、満栄工業に関する情報を公にしない。未だに満栄工業の名前も、損害賠償請求額も公表していない。損害賠償請求は、町の予算にかかわる重要案件だ。地方自治法第96条では、議会での議決が必要な事案が定められている。損害賠償請求額もその一つだ。
各省庁、県、町の全てが、責任というボールを受け取ろうとしない。
だが行政が怠慢で無責任だからといって、ダイキンがこのまま逃れることはできない。
ダイキンは、PFOA製造の世界8大メーカーとして、50年以上にわたってPFOAを製造・使用してきた。吉備中央町の件だけではなく、いつ、どこで、どのような処理をしてきたのか。大量の「永遠の化学物質」の行方を明らかにする責任がある。
Tansaは2021年来、ダイキンを追及している。ダイキンは説明から逃れ続けてきたが、5年間で次々と新事実が明らかになった。5年前には、大阪でのPFOA汚染の原因者であることすら、一切認めていなかった。今では認めざるを得ない状況になり、汚染原因者の一部であることを認めている。
日本は戦後の高度経済成長の過程で、水俣病など幾多の深刻な公害を経験した。「ビジネスと人権」の考え方が世界の主流となっていく中、犠牲者を伴う経済活動に未来はない。
ダイキンは、大阪の住民たちによる公害調停申請に続き、今回の事態を招いたことに深刻に向き合うべきだ。
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