
福浦勇斗さんが描いた家族の絵=遺族提供
福浦勇斗(はやと)が自死してから、母のさおりが繰り返し読み返している文章がある。
「わたしにとって、家族とは」で始まる作文で、勇斗が高校1年生の夏休みに、家庭科の課題として書いた。
勇斗は中学3年の時からいじめを受け、高校2年の4月に命を絶った。作文は本人が苦しんでいた時期に書かれたことになる。
そこには勇斗の家族への思いが綴られていると共に、SOSが発せられていた。
「家族は、何があっても自分の味方」
勇斗の死から5カ月後の2017年9月、さおりと夫・大助、勇斗の兄・直斗の3人は、勇斗の荷物を引き取りに海星学園に赴いた。作文は、教室で荷物を段ボール箱に詰めている際に見つけた。
「わたしにとって、家族とは」で始まる作文で、家庭科の夏休みの課題だった。
わたしにとって家族とは、大切な人です。今はまだ学生ということで、家にいる時間よりも学校にいる時間が多くて、家に疲れて帰ってきたときに、何か家で落ち着いて生の自分を見せることができます。
また、家族は、何があっても自分の味方で、たくさん世話になりました。また、家族では何でも話すことができて、心の中がすっきりします。15年間、自分1人では何もすることができなかったと思っているので本当に感謝の気持ちです。
学校で何かあったら、家族にもいうし、本当にすっきりします。
また、インフルエンザやノロウイルス、過度なかぜなどがきたときにも、仕事を休んでまでも看病してくれました。
どんな時も、支えてくれてありがとうという気持ちでいっぱいです。
勇斗の家族へ想いを知り、三人は胸が締め付けられた。
さおりはフルタイム勤務で忙しかったが、夕食は必ず息子たちと一緒にとり、その日の出来事を共有し合った。特に勇斗とは、休日に買い物や観光をする機会が多かった。
大助は、直斗が中学1年、勇斗が小学5年の時から福岡に単身赴任している。子どもたちの多感な時期だ。だからこそ家族とのコミュニケーションを欠かさないよう努めていた。月に1回以上は自宅に帰り、息子たちと一対一で話す時間をとる。家族旅行も毎年の恒例行事とした。
2歳違いの直斗と勇斗はくだらない喧嘩をすることもあるが、仲は良い。直斗が京都の大学に進学した後も、LINEでビデオ通話をしたり、勇斗が好きなぬいぐるみの写真を送り合ったりしていた。
作文には、勇斗が描いた家族の絵も付けられていた。2010年の夏に、家族でシンガポールへ行ったときの絵だとすぐに分かった。当時、家族が身につけていた服やカバンの特徴をよく捉えていた。
勇斗は家族への思いを表現すると同時に、SOSも発していた。
また、最近では家族の時間が少なくなってきています。
自分1人でいたいという気持ちの方が強く、あまりよい関係ではないかもしれません。でも話すことがあれば簡単に話せるし、とても気が軽くなります。いままでの悩みもいっぱいきいてもらいました。だからこそ今あまり話さなくなったというのはとても重大なことだなあ〜と思いました。
また、学校にいる時間が1日の半分くらいもいて家にいる時間が少なくなってしまいました。だから、1人の時間が増えたということになってしまった。
さおりは「このときに気づけていたら・・・」と悔しかった。この作文でSOSを発していることを知っていたら、勇斗が自死に追い込まれる前に対処できたからだ。
さおりは、作文を繰り返し読んだ。ある印に目が留まった。
家庭科教員の名前が記された検印が押されていた。この教員は勇斗の作文に目を通しておきながら、なぜ知らせてくれなかったのか。学校でこのSOSについて共有し、対策を取らなかったのだろうか。
自死後の研修で教員「チームとして対応する制度が必要」
2018年1月31日、さおりと大助は、学校と県との初の三者面談に臨んだ。
勇斗が命を絶ってから9カ月。学校はいじめを防止する体制づくりに取り組むどころか、当初は勇斗がいじめを苦に自死したことすら隠そうとした。遺族に「突然死ということにしてもいいかもしれませんね」と提案したくらいだ。学校への監督責任がある県を交えて、話をする必要があった。
さおりは、勇斗が書いた家庭科の課題作文について伝えた。
「勇斗の荷物を取りに行ったときに家庭科のプリントが出てきたんです。『最近、学校の時間が長いから家族と話す時間が減って、これはすごく問題だ』とか、そういうことを書いている作文が残っていたんです」
「家庭科の先生は検印を押していました。でも担任には伝えられていなかったんですね。教科担当も入って学年会で話し合いをしているのであれば、そういう話も出るはずですよね」
「勇斗本人が、悩みなどをただメモしているだけなら仕方ないけれど、しっかり家庭科の先生の『読みました』みたいな印鑑が押してあるんですよね。家庭科の先生は知っていたわけですよね。でも担任は知らなかった。話し合いはされていなかったということですか」
海星学園・高校教頭の武川眞一郎が答える。
「そう言われたら、そうかなと思いますけど。システムとしては吸い上げるようになっています」
だがさおりには、学校が生徒のSOSをシステムとして吸い上げているとは思えない。
勇斗の自死から4カ月後、海星学園では教員向けの「いじめ研修」が行われた。研修後、教員たちから次のような声が出ていたことを、さおりは聞いていた。
「学年会がチームとして対応していくための制度をつくらないといけない」
「担任だけでは解決できないから、各学年でしっかり情報共有していかねばならない」
こうした教員たちの声は、勇斗が自死する前は、学年として情報共有していなかったことを裏付けている。
それでも武川は反論する。
「毎週1回、学年会をやっていますし、いじめとかは学年会を待たずに情報共有するようになっていますから。主任とかが話し合って、記録を取って、教科担当にも話をするようになっています」
県職員「現場を経験した教師なら同じ感想になる」
さおりと武川とのやりとりに割って入ったのが、長崎県学事振興課・参事の松尾修だ。松尾はもともと公立高校の教員だが、県庁に出向して学事振興課の参事として働いている。
「今の話はおそらく、現場を経験している教師であれば同じような感想が出てくると思います」
松尾は教員の立場を擁護する。
「なぜかと言うと、永遠の課題ということもあって」
「毎週、担任会をする。学年会も開く。保護者との連絡もある。時間がない中で、やっぱり共有しないことはあって」
まるで、情報共有できないことは仕方がないと言わんばかりの口ぶりだ。
さらに松尾は、勇斗の死後に研修を受けた海星学園の教員たちの声について、こう述べた。
「システムはあるんだけど、実際このような事件が起こってしまったということは、そのシステムを自分たちが上手く使えてなかった。現場の教員の中では、生徒の情報を共有したいという思いがありながらも、なかなか思うようにできないというのは、ずっと長年の問題。それを今回反省していこうという思いが少しでもあるから、さっきのような感想だったんだろうと思います」
勇斗の作文を読んだのに、担任らに共有しなかった家庭科の教員についても擁護した。
「彼がいじめられているんじゃないかという意識が少しでもあれば、担任に言ったかもしれないし。何とも思わなければ、忙しくて大変だというふうに終わってたんだろうと思う」
「こういう事案が起こってから悔やんでも遅いけれど、そういうことを家庭科の教員が見落としてしまった、担任に言えなかったというのは、重大な書き込みだとその時は思えなかったんだと思う」
「おそらく家庭科教員も後悔していると思う」
(つづく)
*敬称略
保身の代償 ~長崎高2いじめ自死と大人たち~【学校編】一覧へ情報提供のお願い
本シリーズでは、長崎・海星学園で起きた福浦勇斗さん以外のいじめや自死についても報じていきます。海星学園で、これ以上の犠牲を出したくないからです。
そこで、海星学園でのいじめ及び自死についての情報を募ります。情報は、勇斗さんの事案か否かは問いません。海星学園の生徒、卒業生、保護者、教職員の方々は、ぜひご協力をお願いします。情報提供者の秘密は必ず守ります。
Tansaでは、情報提供に関する法律や注意点、ツールを公開しています。こちらのページをご確認の上、情報をお寄せください。よろしくお願いいたします。
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