
台湾ヤクルトの中壢工場=台湾・桃園で2026年6月3日、渡辺周撮影
公益通報者保護法は、第十二条で次のように規定している。
「公益通報対応業務従事者又は公益通報対応業務従事者であった者は、正当な理由がなく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない」
日本のヤクルト本社も、「安心して通報してください」と社内向けのリーフレットでこう約束している。
「通報者のお名前など『通報者を特定できる情報』を会社や所属部署に開示することはありません。また、会社は社内規程で『通報者探し』を禁じています」
台湾ヤクルトの中壢工場に出向していた高橋圭介(仮名)は、ヤクルト本社の遵法精神を信じた。2024年3月27日、中壢工場での衛生問題やパワハラに関し、日本のヤクルト本社が設ける「ヤクルト・コンプライアンス・ホットライン」に通報した。
ところが、高橋の通報は1カ月もしない内に台湾ヤクルト内で知れ渡っていた。
さらに台湾ヤクルトは、通報への「報復」に出る。
余りにも無責任な東京本社
高橋からの内部通報を受け、日本のヤクルト本社から、国際業務部長の嶌田実が中壢工場にやってきたのは、2024年4月26日のことだ。嶌田は「ホットラインに連絡している暇があったら仕事をしなさい」と言った。
高橋は止むに止まれず通報した。前任の工場長、永岡宏教は業務中に酒に酔っては社員に暴言を繰り返した。永岡が退任の際に「年に1回はゴキブリが(商品に)混入する」と言ったように、工場の衛生状況は最悪。高橋が「雪印の集団食中毒と同様のことが、いつ起きてもおかしくない」と危機感を抱いたほどだ。
それを嶌田は深刻に受け止めない。高橋は永岡に「薄っぺらい人生だな」と言われたことがあったが、薄っぺらいのはヤクルトという会社の方ではないか。世界40の国と地域の消費者に、健康飲料を届ける企業として、余りにも無責任だ。
さらに、高橋には危惧があった。
それは台湾の社員たちが、通報したのが高橋であることも、通報内容も知っていたことだ。台湾ヤクルト董事長(現地法人の社長に該当)の李道明は、高橋が日本のヤクルト本社に通報したことを「非常に怒っている」とも、社員から聞いた。
「録音録画は認めない」
高橋は精神的に追い詰められていく。内部通報してから2カ月あまりの2024年6月2日、台北市内の病院の精神科でうつ病と診断された。
翌6月3日、追い討ちをかけるように、台北にある台湾ヤクルト本社の管理部から連絡があった。パワハラに関して高橋を調査するから、6月5日に本社まで来るようにという呼び出しだった。
管理部は、自分たちは録音録画をするが、高橋には録音録画を禁止するという。台湾の個人情報保護法に基づくと主張した。あまりに一方的だ。高橋が台湾の弁護士に確認したところ、台湾の個人情報保護法に、録音録画を禁止する規定はなかった。
だがなぜ、高橋がパワハラに問われるのか。
高橋は、中壢工場総務課長の洪銹峮が台湾ヤクルト本社と共に報復に出たと感じた。高橋が日本の本社に内部通報した際、洪もパワハラの当事者として名前を挙げた人物だったからだ。
高橋が洪をパワハラの当事者として、日本の本社に通報したのには理由がある。
洪は、高橋の部下をいじめていた。その部下が昇格する機会も、人事に介入して潰した。部下はうつ病になり退職。退職届には、洪と、洪に近い社員によって長い間パワハラを受け、精神的な負担が限界に達したと綴られていた。
内部通報を受けた日本のヤクルト本社も、洪についての詳細な情報を高橋に求めていた。
高橋が台湾ヤクルト本社から呼び出しを受ける約2週間前、5月20日に中壢工場で開かれた管理職会議でのことだ。洪は、大声で泣き喚いた。洪は「私が他の男性社員と男女関係にあると、高橋が噂をしている」と言う。高橋はそのような噂をしたことは一切ない。
「現地社員の熱意に報いることができず、痛恨の極みです」
台湾ヤクルト本社からの呼び出しに、高橋は応じなかった。録音録画を認めないと一方的に通告してくるのは不公平だし、そもそも高橋へのパワハラ疑惑はでっち上げだ。高橋が日本の本社に内部通報したことへの報復としか思えない。
呼び出しがあったのと同じ6月3日、高橋は台湾ヤクルト総経理(CEO)の品田泰彦に対して、日本のヤクルトの工場への異動願を出した。品田は日本からの出向者のトップだ。
高橋は、工場の衛生問題や横行するパワハラを何とかしたいという思いで内部通報した経緯を記した。
洪についても書き、品田が対処しようとしなかったことを批判した。
「私は5月20日に行われた管理職会議で私が洪課長(女性)と男性社員が男女関係にあると噂をしているという嘘をつかれ大騒ぎされて社内通報されました。私はそのような話はしておらず名誉毀損です。このような状況でも品田総経理は関与しないと発言していました。私は現地社員ではなく出向社員であり、事実確認をしてくれても良いと思いますが、それも行われませんでした」
異動願の最後にはこう書いた。
「心残りは、真面目に働き、真剣に取り組みたいと願ってサポートしてくれていた多くの現地社員に、安心して働ける環境を提供できなかったことを深く残念に思います。彼らの献身的な努力とサポートに対して、十分な環境を整えることができなかったことが心苦しく、申し訳ない気持ちでいっぱいです。現地社員の皆さんの熱意と真摯な姿勢に報いることができなかったことが、私にとって大変な痛恨の極みです」
異動願により、高橋は台湾ヤクルトを去ることになった。
だが高橋には、更なる試練が待ち受けていた。
(敬称略)
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