デジタルと性暴力 悪夢を終わらせる

同級生から自慰行為の強要、動画がAirDropで拡散 学校は被害者に「反省」求め、PTSDを発症 東京・宝仙学園中学

2026年07月24日 16時47分  辻麻梨子

XLineBlueskyFacebookEmailHatena

子どもたちの通う学校の中で、デジタル性暴力が広がっています。

仲間外れにする、持ち物を隠す、叩いたり蹴ったりする。そうしたいじめの手段に、性暴力をはたらき、その姿を撮影し、拡散したりすることが加わっています。

信頼できると思っていた先生が、性加害者だった事件も後を絶ちません。

学校でデジタル性暴力の被害にあったとき、相談できる大人はまだまだ少ないのが現実です。それどころか、学校や大人の対応によって、さらに深い傷を負う子がいます。

シリーズ「デジタルと性暴力」では、学校で起きている被害の実態を報じた上で、当事者、専門家、読者と一緒に、被害と加害を防ぐ方法を考えます。

※性暴力やいじめに関する記述があります。フラッシュバックなどの症状がある方はご注意ください。

イラスト: qnel

この春、岡野シュン(仮名)は大学生になった。大学では、教員免許を取るための授業を受けている。先日は、「子どもの権利条約」を学んだ。教師になりたいのは、自分と同じような思いをする子を減らしたいと考えているからだ。

シュンは、東京都の私立中高一貫校「宝仙学園 順天堂大学系属 理数インター中学校」の在学中、同級生からいじめの被害にあった。

筆箱や体操着、上履きを隠される。階段から突き落とされそうになる。殴られて、首や足にあざができたり、股間を蹴られて保健室に行ったりしたこともあった。

そんな中、2022年11月にデジタル性暴力の被害にあった。ところが、学校はシュンを問題行動をした「加害者」として扱い、退学を迫った。

当時のストレスからPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、今も治療を続けている。

なぜ被害にあった側が苦しまなくてはならないのか。あの時、どうすればよかったのか。

シュンも両親も、答えを探し続けている。

複数人に取り囲まれ 「ライブ配信したら?」

2022年11月9日から12日にかけて、宝仙学園中学3年生の生徒たちは、沖縄での3泊4日の修学旅行に参加した。

2日目の夜に事件が起きた。

夕食前の自由時間、ホテルのシュンの部屋に複数の男子生徒たちが入ってきた。そのうち一人は、以前からシュンをいじめていた生徒だったが、顔と名前くらいしか知らない生徒もいた。

男子生徒たちはシュンを取り囲み、「自慰行為をしろ」と言い始めた。

シュンはもちろん嫌だった。

何度も断ったが、相手は「やらなければ、仲の良い友達にあることないこと言うぞ」と脅してきた。その場が収まらず、仕方なく応じた。

この時、シュンの様子をスマホで撮影していた生徒がいた。

強要は、1時間以上にも及んだ。撮影された動画には、加害生徒たちの笑い声や罵声が残っている。

「何回萎えんの、お前」
「手止めんなや」
「誰かライブ配信したら?」
「やばっ」

部屋のベランダには、シュンのキャリーバッグが投げ捨てられていた。

翌日の朝にも、同様の出来事が起きた。今度は、自分から冗談で始めたような形になってしまった。

シュンは振り返る。

「前日のことがあって、自分でもおかしくなっていました。小学生の頃からいじめを経験していたので、一人になるのが怖くて。相手の顔色をうかがって、自分が嫌な思いをしてでも盛り上げようと無理やりやってしまった」

帰宅すると、両親には「楽しかったよ」と伝えた。両親のことは信頼している。だからこそ、「こんな恥ずかしいことを言えるわけがない」と思った。

同級生に動画が拡散

修学旅行が終わった最初の登校日の夜、仲の良い女子生徒の一人からシュンに連絡がきた。

「変な動画撮られた? 大丈夫?」

その日、彼女が登校し、学校の授業で使うiPadを開いているとAir Dropの通知が届いた。

〇〇がファイルを共有しようとしています

Air Dropは、近くにある端末同士で素早くデータを送受信できるApple社製品の仕組みだ。

女子生徒が「受け入れる」をタップすると、バババッと動画が送られてきた。その中に、シュンの被害動画も含まれていた。

彼女は「これはダメだ」と思い、友達と一緒に教師に報告した。シュンも彼女からの連絡で、初めて動画の拡散を知った。

シュンは、旅行中に動画を撮影した生徒が、その動画をシュンをいじめている生徒に渡したことを確認している。

しかし、誰が拡散し、一体どのくらいの生徒がそれを見たのかはわかっていない。

加害者と同室で聞き取り

翌日から、シュンは重い足取りで学校に向かった。本当なら行きたくはなかったが、定期テストが1週間後に迫っていた。

授業中、数人の生徒が教師から呼び出しを受けて席を立った。クラス中がざわざわとする。シュンの被害動画を削除させるためだった。3年生は6クラスある中、5つのクラスで呼び出しがかかったようだ。

事情を聞くという理由で、シュンも呼び出された。教室には学年主任の岩渕和宏と担任の徳江嘉裕がいたと記憶している。

ところが、同じ場には加害生徒もいた。シュンは自分の気持ちを話すことができなかった。加害生徒から事前に呼び出されて、「言うなよ」と脅されていたからだ。

聞き取りは30分も経たずに終わった。

仲の良い友達とは、「なんで1回しか聞かないんだろう」「シュンはまた呼ばれそうだよね」と話した。しかし、学校からシュンに対する聞き取りは、この1回きりだった。

学校は被害動画を削除させた、と説明しているが、後日シュン自身も動画を入手することができた。

担任はいじめの相談に「短く話して」

シュンに対するいじめは、これが初めてではない。中学2年生の頃から始まっていた。

同学年の生徒から、上履き、水筒、体操着、筆箱を隠された。昼休みに上履きを隠され、片足が靴下のまま、5時間目の美術の授業を受けた。筆箱がない時は、友達に筆記用具を借りた。水筒と体操着は見つからず、新しいものを買った。

暴力もあった。

殴られたり、蹴られたり、階段や学校の近くの駅のエスカレーターから突き落とされそうになったことも、10回以上ある。他の生徒もいる廊下で、後ろから股間を蹴られた時は、痛くて保健室に行った。次の時間の数学の授業は、受けられなかった。

それでもまだ、中学2年生の頃は学校の先生に相談することができた。

3年生で担任になった徳江嘉裕は、シュンのSOSをことごとく無視した。シュンがホームルームの後に話をしようと声をかけると、「もっと短く話して」と突き放した。両親とシュンとの三者面談では、「いじめの相談はしないでほしい」と告げた。

母のタカコは、シュンが中3になったある朝、涙を流しながら叫んだことを覚えている。

「どうしても学校に行きたくない」「本当に辛いんだ」

それでも、体を引きずるようにして学校に行った。首や足には暴力による傷があった。

タカコは隠そうとするシュンをなんとか説得し、体に残った傷の写真を撮って、徳江にメールを送った。徳江からの返事はなかった。

 

母タカコが担任の徳江に送った写真。シュンの膝や手に、暴力による怪我の痕が残る

息子のスマホに見つけた「遺書」

デジタル性暴力の被害が発覚した翌週の11月24日から、シュンは「別室指導」を告げられた。教室から追い出されたのだ。

学校側がシュンを排除したいのは、明らかだった。わずかな聞き取りだけで、修学旅行中の出来事は「シュン自身の問題行動」と決めつけた。さらに、「性的指向の問題」「治療が必要」とまで言い、本人と家族を追い詰めていった。

別室指導では、自身が被害にあったデジタル性暴力に対して、繰り返し反省を求められた。この期間中に作成されたノートには、こう綴られている。

修学旅行で問題行動をしてしまい迷惑をかけた先生、学年の人、親、ホテルの方々に対して謝罪をしなければいけないと感じた。

(中略)

友達に「やれ」と言われたからって自分で止めずに行動に移してしまったこと。

シュンはタカコにこぼした。

「先生は誰も信じてくれなくて、僕はどうしたらいいかわからない」

シュンが別室指導中に書いていたノート。「反省」の言葉が並ぶ

別室指導中は、他の生徒との接触や連絡を禁じられた。

友達から心配のメッセージが届いても、返事ができない。卒業アルバムの集合写真の撮影があったのに、シュンは入れてもらえなかった。部活を引退する先輩に、感謝の挨拶をすることも許されなかった。

この頃から、シュンは血が出るまで頭を掻きむしったり、反対にぼーっとして寝てばかりのことが増えていく。

12月17日の朝、タカコは、眠っているシュンのスマホのメモに残されていた文章に気がついた。

遺書

 

俺は母の元に生まれて家族3人と1匹に囲まれて幸せな14年間を過ごすことができて良かったです。今までの14年間育ててくれてありがとう 最後まで愛してくれてありがとう。じゃあね

遺書と題された文章を見つけてから、両親は頻繁にシュンを気分転換に連れ出すようにした。親戚の畑で野菜の収穫をしたり、新大久保に遊びに行ったり、髪を切りに行ったりすることで、シュンもリラックスすることができた。

一方、年が明けた2023年1月、シュンは高校に進学できないと決まった。宝仙学園は中高一貫校だ。通常は、中学からそのまま高校に進学する。

教頭の中野望は、理由を次のように説明した。

「今後、更に大きな事件や事故の可能性も起こりうる可能性を持ちながら、シュン君の指導・支援をしていくことは難しい」

シュンは突然、1カ月後に迫った高校入試を受けることになった。

3月、シュンは中学校の卒業式を終えた足で、警視庁中野警察署に向かった。修学旅行中の出来事について、被害届を出したのだ。加害生徒の1人に対し、児童ポルノ禁止法違反の疑いで捜査が始まった。

だが結果は、嫌疑不十分で不起訴だった。

シュンのスマホに残されていたメモ

被害の記憶がフラッシュバック

新しい高校に入学した同年4月、これまでにない症状が出始めた。

ぼーっとしていると、不意に被害にあった時の情景がありありと浮かび、苦しくなる。フラッシュバックだ。病院でPTSDと診断された。

英語の授業で、ネットでのいじめについての題材を取り上げた時や、宝仙学園の担任に似た人物を見かけた時、寒い季節になったりすると、同じようにフラッシュバックの症状が出る。

「思い出すと苦しくて、涙が止まらなくなる。そういう時は、保健室に行って、できるだけ楽しいことを思い浮かべるようにして、やり過ごしてきた」とシュンは言う。

高校に入ってからは、週に1〜2回は保健室に行った。パニックになった後に、数分前の自分の行動を覚えていないこともあった。

だが高校では、友達や先生に恵まれた。

高校生活の中でも、特別な思い出になったのが、修学旅行だ。行き先は、辛い記憶のあった沖縄だった。それでも、一部の先生や友達に事情を伝え、途中で休んだり、特定の場所は避けたりしながら楽しんだ。

高校の卒業文集には、こう綴った。

「私が高校に入学したとき、人生のどん底にいた」

「心のどこかで距離をとっていて、本当の意味で人を信じることができなかった」

「修学旅行先の沖縄は、かつて裏切られ、辛い記憶が残る場所だった。沖縄という地名も苦手だった。それでもクラスメイトと過ごす時間の中で、楽しい思い出へと上書きすることができた」

「誕生日に友人たちが遊園地に連れて行ってくれ、祝ってくれた。ただ一緒に笑ってくだらない話をして過ごした時間が、幸せだった。信頼できる先生や友人に出会えたことを思い、初めて『やっとここまで来られた』と思えて、嬉しかった」

高校生活は、シュンにとって大切な経験になった。だからこそ、大学に入ってから教師になるという選択肢も、考え始めたのだった。

PTSDの治療は続けているし、友人関係で相手の気持ちが見えなくて、悩むこともある。

被害の記憶は消えないが、今は「あの時どうすればよかったか」を考えている。次の被害をなくしたいからだ。

病院が発行したPTSDの診断書

誰がシュンを追い詰めたのか

暴行や強要を伴うデジタル性暴力の被害は、撮影された当時の苦しみが動画や画像として残り、多くの人に広まる。

本人が自責の感情を抱いたり、恥ずかしいと感じたりすることで、すぐには誰かに打ち明けられないことが多い。頼れる家族がいない子もいる。家族との関係が良好だからこそ、逆に話せないこともある。

特に子どもが通う学校で被害が起きた場合、事実を聞き取ることが難しかったり、人間関係の中で、被害者が加害者を庇ったりすることが起きる。

だからこそ、学校の対応は重要だ。シュンの場合、学校はことごとく対応に失敗し、二次加害を起こした。

次回からは、宝仙学園の対応を詳細に報じる。

(敬称略、被害者と家族は仮名)

Tansaでは、学校で起きたデジタル性暴力について、情報を募っています。情報提供者の秘密は必ず守ります。Tansaでは、情報提供に関する法律や注意点、ツールを公開しています。こちらのページをご確認の上、情報をお寄せください。

XLineBlueskyFacebookEmailHatena
デジタルと性暴力 悪夢を終わらせる一覧へ