東京物語 Tokyo Stories

(英紙ガーディアン共同企画)【愛宕から】政策が「貧困」と「高齢化」を封じ込め、国は孤独死の実態を把握せず(2)

2019年06月27日16時51分 渡辺周

バスを降りて自宅に帰るお年寄りの男性=東京都多摩市愛宕1丁目、2019年6月3日午後5時54分(C)Taishi Sakamoto

東京都多摩市愛宕4丁目の幹線沿いに、木々が取り囲む広大な空き地がある。多摩市立西愛宕小学校の跡地だ。愛宕団地の子どもたちが通った。

西愛宕小学校は2016年3月に閉校した。校舎や体育館はすでに撤去され、黄土色の更地になっている。胸の高さほどのくすんだ白い塀と、校門の一部だけが、学校の面影を残す。

西愛宕小学校ができたのは1976年だった。市教委によると、児童数は1981年には720人に達した。しかし児童数は団地の高齢化とともに減った。閉校したときは68人だった。現在は、近くの1校と統合された。

廃校になった多摩市立西愛宕小学校の跡地=東京都多摩市愛宕4丁目、2019年5月24日午後5時31分(C)Taishi Sakamoto

国交省、働き盛りを「きちんと追い出す」

公営住宅法が1996年に大改定された。時期としては、バブル経済が崩壊し、日本経済が低迷を始めた頃だ。

収入が入居基準を上回ると公営住宅の立ち退きを求めることができるようにした。それによって、稼ぎのある若い世代を、民間の住宅を買ったり借りたりするように誘導したのだ。それで経済を刺激するのがねらいだった。立ち退かない場合は、近隣の民間住宅家賃の最大2倍の金額を徴収するようにもした。

その結果、1951年に公営住宅法ができた時には80%の世帯に入居資格があったのに、1996年の改定では、それが所得が低い25%の世帯に絞られてしまった。政府は当初のスローガンである「国民住宅」を捨て、低所得者の「セーフティネット」を強調するようになった。

この改定は、民間業者の住宅市場に公営住宅の住民を誘導するもので、「新自由主義政策による『住宅システムの市場化』」(*1)「新自由主義的な住宅市場化政策の転換」(*2)などと指摘された。

働き手の若い世代が出て行ったら、公営住宅はどうなるだろう。

コミュニティーセンター(愛宕かえで館)にあるデイサービスの送迎バスに乗るお年寄りの女性=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年6月3日午後4時28分(C)Taishi Sakamoto

1996年4月、衆議院建設委員会で批判の声があがった。

「現在でも公営住宅は高齢化している。それがますます促進されてしまう」

しかし政府は経済活性化を優先させ、公営住宅から働きざかりの人たちを「追い出す」ことに手を緩めなかった。

国土交通省の担当者は2002年10月、公営住宅についての審議会でこんな発言をしている(*3)。

「高額所得者ないしは収入超過者もきちんと追い出すという仕組みが十分でなかったものですから、2年の経過措置できちんと追い出すという体制を組んだ結果、収入超過者も減りました」

「収入超過者ないしは高額所得者につきましては、割増賃料を取ったり、追い出し措置を起こすような仕組みで対応しているところでございます」

「従来は特に貧乏な人と中ぐらい貧乏な人という1種・2種という区分がございましたが、それを廃止している」

国の政策が高齢化と貧困を公営住宅という場所に閉じ込めた。

5年で2,344人が孤独死するという「セーフティーネット」

愛宕団地を走る多摩市ミニバス=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年6月3日午後3時39分(C)Taishi Sakamoto

そもそも、公営住宅は本当に社会的弱者の最後の拠り所(セーフティネット)の役割を果たしているのだろうか。

東京都営団地では高齢化が進んだ。東京都によると都営団地の契約者で65才以上が占める割合は、67%だった(2017年3月末時点)。東京都全体の高齢化率は23%だ。

そして、「孤独死」が頻発する。2014年度から2018年度までの5年間で、計2344人が孤独死した。

愛宕団地も例外ではない。

子どもが成人して仕事に就き、所得を得るようになった場合、世帯の所得制限を超えてしまう。例えば、家族4人の場合、年収447万円を超えてはいけない。子どもは都営団地から出ていかなくてはいけなくなるケースが多いという。その結果、親だけが残り、高齢化が進む。

2016年に小学校が閉校しただけではなく、2001年には大型スーパーが撤退した。団地付近は標高差が最大で40メートルあるが、5階建てまでの棟にはエレベーターはなく階段ばかり。足腰の弱った高齢者がたどたどしく歩いている。

窓から見た愛宕団地=東京都多摩市和田3丁目、2019年5月24日午後5時17分 (C)Taishi Sakamoto

あたご自治連合協議会の総会に参加し、議案に賛成の拍手を送る人たち=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年5月26日午後12時20分(C)Taishi Sakamoto

高齢化が進む中で、団地の自治会は何とか孤独死を防ごうと奮闘している。

「おむすびプロジェクト」では、独り暮らしのお年寄りたちが梅干しなどを具に持ち寄る。その場でおにぎりを作り、わいわいがやがやとおしゃべりをしながら、口にする。

夏には盆踊り大会。どれも、独り暮らしのお年寄りが自室に引きこもって孤立してしまわないようにするための取り組みだ。

だが、若い人が少ないので活動には限界がある。

愛宕団地では、週3回、移動スーパーがやってくる。スーパーが団地から撤退した後、自治会の役員を務める松本俊雄さん(71)が中心となって、買い物に困っている高齢者のため行政に働きかけた。

6月10日の午前10時30分頃、1台の軽トラックが到着した。特別にしつられた荷台には肉や魚、野菜、調味料などが並んでいる。お弁当もあった。

この日は雨だった。雨傘をさした住民たちが、開店時間の40分間に次々と買い物に訪れた。

「半額の野菜なんかはすぐに売り切れちゃうのよ」

「ほんと、助かるのよ。こうしてここまで来てくれると」

自治会の松本さんは「お年寄りは駅まで買い物に行くのはつらい。バスのステップだってつらいのに、雨に降られてごらんなさい。暑い日や寒い日は大変ですよ。階段が多い街だから、これを行政になんとかしてほしいと思うけど」。

「亡くなった人の後に入ってくる人がまた高齢者では、将来は灰色だ。若い人を団地に取り込まないと、将来はバラ色にならない」

愛宕団地に来た移動スーパー=東京都多摩市愛宕4丁目、2019年6月10日午前10時58分(C)Taishi Sakamoto

「危機感を持っている」というけれど

愛宕団地の中にあった商店街はシャッター街になっている=東京都多摩市愛宕1丁 目、2019年6月3日午後1時56分(C)Taishi Sakamoto

都営団地には、東京都内で計25万6300世帯が入居している。2014年度から2018年度までの5年間で、計2,344人が孤独死した。

この事態を東京都住宅政策本部都営住宅経営部指導管理課の小町高幹課長は「危機感を持っている。孤独死をできるだけ防ぎたい」という(*4)。

都は2002年度から団地の高齢者宅を巡回して安否確認をする取り組みを始めた。その10年後の2012年には、巡回監視で、警察の立会いのもと緊急時には居住者の許可を得ないで入室できるようにした。その契機になったのは、都営住宅で高齢者の母子(母90歳代・子60歳代)が亡くなっていたことだった。巡回監視の際に応答がなかったが、許可なく部屋に入ることはできなかったため、発見が1〜2日遅れてしまったという(*5)。

小町課長は「危機一髪、救急車を呼んで助かったケースもある。緊急入室は一定の効果はあるかと思う」という。ただ、孤独死を減らすまでには結びついてないと考えている。

「巡回制度の改善や福祉部門との連携など、孤独死を防ぐ取り組みについて、議論と検討を始めている」(*6)

夜の愛宕団地=東京都多摩市愛宕3丁目、2019年5月26日午後7時16分(C)Taishi Sakamoto

1996年に公営住宅法を大改定した国はどう考えているのか。国土交通省住宅局住宅総合整備課の鈴木孝太課長補佐に聞いた(*7)。

「公営住宅は、民間住宅では家賃が高かったり、障害があるということで受け入れてもらえなかったりする人のセーフティネットになっている」

高齢者ばかりが団地に集住し、孤独死が起きている現状については「問題だと認識している」という。

では、全国の公営住宅で何人が毎年孤独死しているのだろう。東京都営団地だけで年間約500人が孤独死しているのだから、全国では相当な数になるはずだ。

鈴木補佐は、全国の公営団地で何人が孤独死したかわからないという。国交省として数字を把握していなかった。

現状を把握できていないのに、どうやって対策を立てるのだろうか。

鈴木補佐はいった。

「深刻な状況だと受け止めています。おっしゃることはわかります」

愛宕コミュニティーセンター運営協議会代表をしている中村義彦さんはこういう(*8)。

「若い人が入ってこない。稼ぎが増えると、ここを出ていかないといけない。孤独死もある。行政はそういう問題になるのはわかっていたのに手をつけないできた。行政の対応は泥縄式だ。問題を先送りしているだけだ」

石田光規・早大教授「地域づくりの発想が全くない」

早稲田大学の石田光規教授へのインタビュー

地域コミュニティのあり方を研究し、『つながりづくりの隘路ーー地域社会は再生するのか』『孤立の社会学ーー無縁社会の処方箋』などの著書もある、早稲田大学文学学術院の石田光規教授に話を聞いた。石田教授は都営愛宕団地の現地調査もした経験がある。

ーー都営団地で昨年度は501人が孤独死しています。この数字をどう受け止めますか?

「あれだけ高齢化が進めば、毎年500人が孤独死するのは不思議ではない。国の政策は、困窮している人を団地に集めるというだけで、地域づくりの発想が全くない」

ーー地域づくりで重要なことは?

「地域づくりは、高齢者や障がい者だけでは難しい。余力のある人たちが加わる多様性が必要だ。低所得者には家賃を補助して民間のアパートに入居してもらう政策をとっていれば、地域に多様性が生まれていたはずだ。一度住民の層が固定化してしまうと多様化するのが難しい」

ーー都営団地にこれから必要なことは?

「自治体、社会福祉協議会が地域づくりのために人的な支援を手厚く行う必要がある。低所得者の高齢者だけではなく、多様な人が入居できるよう家賃にグラデーションをつけてはどうか。自治会の次の担い手を探すことが重要だ」

愛犬とコンビニエンスストアのセブンイレブンへ向かうお年寄り=東京都多摩市和田3丁目、2019年6 月1日午後6時30分(C)Taishi Sakamoto

〈脚注〉

*1 平山洋介『住宅政策のどこが問題か』(キンドル版)、No.2391。

*2 林浩一郎「住宅階層問題の変容と都営団地の持続可能性ーー住宅市場化 / セーフティーネット化の歪み」石田光規編『郊外社会の分断と再編ーーつくられたまち・多摩ニュータウンのその後』晃洋書房、2018年、60頁。

*3 国土交通省「社会資本整備審議会住宅宅地分科会企画部会(第3回)速記録」2002年10月16日、国交省ウェブページ(2019年6月28日)。

*4 東京都住宅政策本部都営住宅経営部指導管理課の小町高幹課長への取材、2019年5月29日午前10時から、東京都庁で。

*5 東京都住宅政策本部都営住宅経営部指導管理課の小町高幹課長への取材、2019年5月29日午前10時から、東京都庁で。同、2019年6月6日午後5時1分から、電話で。

*6 東京都住宅政策本部都営住宅経営部指導管理課の小町高幹課長への取材、2019年5月29日午前10時から、東京都庁で。

*7 国土交通省住宅局住宅総合整備課の鈴木孝太課長補佐への取材、2019年6月21日午後1時から、国交省で。

*8 2019年6月3日午後1時35分から、東京都多摩市愛宕3丁目で。

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