大阪・摂津市のダイキン工業淀川製作所周辺で、高濃度のPFOAが血液から検出されたのは、2021年に判明した男性9人だけではなかった。
摂津市内の女性60人からも、血液検査で高濃度のPFOAが検出されていた。京都大の研究チームによる2008年の調査の結果、60人の平均で非汚染地域の6.5倍を超えていたことが判明した。
2021年に高濃度のPFOAが検出された男性9人は、地下水で育てた野菜を食べたことが主な原因だった。
ところが女性60人は、こうした野菜を食べていない。
なぜ、PFOAが血中に蓄積したのか。
摂津女性の血液から非汚染地域の6.5倍のPFOA
摂津市内の女性たちから高濃度のPFOAを検出したのは、小泉昭夫ら京都大の研究チームだ。
話は2000年代に遡る。米国の大手PFOA製造メーカー「3M」がPFOAの製造を停止。米国環境保護庁(EPA)も、健康への影響について指摘するようになった。
ダイキンは、3Mやデュポンと共にPFOAの世界8大メーカーに数えられる。小泉はこう考えるようになった。
「淀川製作所周辺をはじめ日本国内でも、PFOA汚染が起きているのではないか」
PFOA汚染の深刻なところは、母親を通じて胎児にまで影響が出ると指摘されていたことだ。小泉ら京大チームは、女性がPFOAに曝露していないか調べることにした。
2008年、淀川製作所が立地している摂津市内の女性60人の血中濃度を分析した。非汚染地域の6.5倍を超える値だった。
摂津市の女性60人の平均値 17.0ナノグラム/ミリリットル
非汚染地域の住民の平均値 2.6ナノグラム/ミリリットル
風に乗って広範囲にPFOA拡散
女性たちのPFOA濃度が高い原因が、淀川製作所にあるとして、問題は女性たちがどうやってPFOAに曝露したかだ。
京大チームはこの頃、すでに淀川製作所周辺の河川のPFOA濃度が世界最悪レベルであることは、突き止めていた。本シリーズ第8回「淀川支流、18年前に世界最悪レベルのPFOAを記録」で報じた通りだ。
しかし、女性たちはこの河川の水は使っていなかった。
2008年、京大チームは大気の調査に乗り出した。淀川製作所から排出されているPFOAを測った上で、それがどのように拡散するか、450キロメートル四方の大気をシミュレーションで分析した。調査範囲は、東は愛知県、西は広島県、北は石川県、南は和歌山県にまで及んだ。
調査の結果、ダイキンは淀川製作所から大気中にPFOAを排出し、季節によって風向きを変えながら1年中PFOAを拡散していたことが判明した。
女性たちのPFOA曝露と、淀川製作所からのPFOA排出の相関関係を突き止めた京大チームの論文は、『Environmental Science & Technology』に掲載された。環境衛生分野での世界的有力誌だ。
左から1月、年間、7月の大気中のPFOA濃度を表した図。1月は北風に、7月は南風に乗ってPFOAが拡散する=京都大の研究チームの論文『Long-term simulation of human exposure to atmospheric perfluorooctanoic acid (PFOA) and perfluorooctanoate (PFO) in the Osaka urban area, Japan』より(図中の赤字はTansaが補足)
製造工程から工場外に出るPFOAの23%は大気
工場から排出されるPFOAの割合はどうなっているのだろうか。
デュポンが外部の調査機関に、製造過程で発生するPFOAがどのような割合で工場外へ出るか調べさせたことがあった。
調査結果によると、内訳は次の通りだ。
水 65%
大気(粉塵や揮発性のガス) 23%
土(敷地内の土に染み込む) 12%
ダイキン「弊社の解釈と異なるが、コメントは差し控える」
事実を突き止めた京大チームの気がかりは、母体と胎児への影響だった。論文では次のように警鐘を鳴らした。
「最近の疫学研究により、PFOAは2008年に摂津市の女性で観察された濃度よりもはるかに低い母親の血中濃度で、胎児の成長に悪影響を及ぼす可能性が示唆されている。このため、ダイキン工場の半径4.5キロメートル以内の住民を対象に、胎児および新生児の成長への悪影響を疫学的に評価する必要がある」
ダイキンは、京大チームの研究結果をどう考えているのだろうか。
Tansaはダイキンに対し、京大の科学論文を示した上で、淀川製作所から大気へのPFOA排出を把握しているかどうかと、その責任について尋ねた。
ダイキンの回答。
「提示いただいた京都大の論文の内容については、弊社の解釈とは異なりますが、コメントは差し控えさせていただきます」
ダイキン工業淀川製作所
=つづく
(敬称略)
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