公害「PFOA」

「公害PFOA」ここまでのおさらい・前編(19)

2022年04月01日20時24分 中川七海

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2022年3月29日、大阪府摂津市議会が、ダイキン工業淀川製作所周辺でのPFOA汚染に関して、国に対応を求める意見書を全会一致で可決しました。摂津市民たちは「PFOA汚染問題を考える会」を結成し、市やダイキンに対策を求める署名を集めています。

地元経済をダイキンに支えられてきた「城下町」が、ようやく動き出したのです。

これまでTansaはシリーズ「公害『PFOA』」で、速報を含む20本の記事を出してきました。そもそもPFOAとは何なのか、摂津だけの問題なのか、ダイキンや国はこの「公害」に対してどのような態度を取っているのか。2回に分けておさらいをします。

ダイキン工業淀川製作所

「焦げ付かないフライパン」で人気に(1930年代〜1950年代)

PFOAは「ペルフルオロオクタン酸(Perfluorooctanoic acid)」の略です。有機フッ素化合物の一種で、水や油をよく弾き、分解されにくい性質を持っています。1930年代に開発されました。

米国の化学メーカー「デュポン」は、水や油をよく弾くPFOAを「テフロン加工」に用いました。テフロン加工の「焦げ付かないフライパン」は1950年代以降、世界中で大ヒット商品となりました。その他にもPFOAは、身近な生活用品に使われました。炊飯器の内釜、防水スプレー、はっ水性の衣服、ハンバーガーの包み紙などです。

デュポンがPFOAの製造で莫大な利益をあげ、日本でもダイキンが「先発のデュポン社に追いつけ追い越せ」(『ダイキン工業70年史』)でPFOAを製造。PFOAの世界8大メーカーにまで成長しました。

PFOA工場の女性2人が「先天性欠損症」の子を出産(1960年代〜2002年)

ところが1960年代から、PFOAの有害性が米国を中心に明らかになっていきます。動物実験で、PFOAの投与によって、臓器に異常をきたしたり、低体重の子どもが生まれたりすることが報告されたのです。分解されにくいPFOAの性質は、水や油を弾くための製品では利点となる一方で、体内に蓄積されやすいことが重大な影響をもたらしていました。

1978年には、PFOAを製造していたデュポンと「3M」が、よりヒトに近い動物であるサルの実験を行いました。その結果、実験の中で最高濃度のPFOAを投与されたサルは、1カ月以内に死亡してしまいました。

その3年後、最悪の事態が起きてしまいます。

1981年、デュポンのPFOA工場で働いていた女性従業員から、先天性欠損症の子どもが生まれたのです。赤ん坊の右目は歪み、鼻の穴は1つでした。1人だけではありません。その工場では女性従業員7人中2人から、同じような症状の子どもが生まれました。

1993年には米ミネソタ大学の研究者が、3MのPFOA工場の従業員を調べ、PFOAの曝露と前立腺がんとの因果関係を指摘しました。

2000年、米国の環境保護庁(EPA)は、PFOAの危険性に警鐘を鳴らします。

2002年にはついに、PFOA製造で世界の最前線を走っていた3Mが、PFOAの製造を止めて市場から撤退しました。

日本で世界最高レベルのPFOA検出、原因はダイキン(2002年〜2010年)

その頃、日本でもPFOAの危険性を察知した研究者が現れます。京都大学の小泉昭夫教授です。

小泉教授は、東北大学医学部を卒業後に米国へ留学し、帰国してからは衛生学を研究していました。1994年には、硫酸製造工場での高熱を伴う「製錬所病」の原因が水銀中毒であることを解明し、労働安全衛生法の改正につなげた人物です。

「日本でも、PFOAは必ず問題になる」

そう直感した小泉教授は、2002年から京都大の研究チームを率いて、全国各地の水環境や大気、住民の血液中のPFOA濃度を調べました。

その結果、特に京阪神でPFOA濃度が高い傾向があると分かりました。

大阪を流れる淀川の支流では、世界最高レベルのPFOA濃度を記録した上、大阪・摂津の女性60人の血液からは、平均で非汚染地域の6.5倍もの濃度を検出したのです。

小泉教授たちは、原因を探りました。川の上流から下流まで何十箇所も採水したり、大気の流れをシミュレーションし住民の血液検査の結果と照らし合わせたりしました。

汚染源は、大阪・摂津にあるダイキンの工場であるという結論に達しました。

当時、世界各国の調査で、PFOAが母子の命や健康に影響することも報告されていました。小泉教授の研究チームは2010年に発表したPFOAに関する論文で、次のように警告しています。

「ダイキン工場の半径4.5キロメートル以内の住民を対象に、胎児および新生児の成長への悪影響を疫学的に評価する必要がある」

国際条約でPFOAついに廃絶へ(2006年〜2019年)

ダイキンを含む世界の主要フッ素化学メーカー8社は2015年、PFOAを全廃します。2006年に、米国EPAが8社を名指しして全廃を呼びかけた結果でした。

世界でのPFOA取り締まりはさらに加速します。

2019年、日本も批准する国際条約「ストックホルム条約」で、PFOAは最も危険なランクの化学物質に認定されました。ストックホルム条約で議題に上がるのは、人体に悪影響を及ぼすほどの強い毒性をもつ上、残留性が高い化学物質です。

この条約でPFOAは、甚大な健康被害をもたらした公害「カネミ油症」で知られる化学物質「PCB」と同じカテゴリに分類され、廃絶しなければならない物質に認定されたのです。

ダイキン工場周辺で目標値の110倍の濃度(2020年〜2022年)

ストックホルム条約で廃絶が決まったことを受け、日本国内でも行政が動き出します。

2020年5月、環境省は水環境中におけるPFOAの目標値を定めました。PFOAと類似の化学物質「PFOS」とPFOAの合計値で、1リットルあたり50ナノグラムです。

環境省は翌月には、全国の地下水や河川のPFOA濃度を調査した結果を発表しました。

1位は、大阪・摂津の地下水でした。値は、1リットルあたり1812ナノグラム。環境省が定めた目標値の36倍です。

翌年の2021年6月、環境省は地下水や河川の2回目の全国調査の結果を公表しました。全国1位の濃度を記録したのは、摂津のダイキン工場に近い計測地点でした。値は、1リットルあたり5500ナノグラムで、目標値の110倍です。

2021年10月には経産省が、PFOAの製造と輸入を法律で禁止しました。

しかし、PFOAが含まれている製品の回収はされていません。それどころか、PFOAの危険性すらほとんど周知されていません。

PFOAは毒性が強い上、残留性が高く、体内や水、大気、土、農作物などに長く留まり続けます。2015年に製造を停止したダイキン工場の周辺で今でも高濃度が検出されているという事実が、残留性の高さを物語っています。

では、汚染源であるダイキンは、PFOA汚染に対してどのような対応をとっているのでしょうか。

次回、おさらいします。

=つづく

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