虚構の地方創生

山形・舟形町が「縄文の女神」のレプリカに交付金 町民「誰が見に行くかわかんねえ」「違うことに使って」(8)

2022年05月11日19時16分 辻麻梨子

私たちは地方創生臨時交付金3兆円の使い道を検証するため、約6万5000事業を統合したデータベースを作りました。これまでの本シリーズでは、全国で100の無駄事業を洗い出し、北海道から沖縄まで地域ごとに報じてきました。

ここからはさらに、Tansaのリポーターが現場を歩き取材した「無駄遣いの自治体」の実情を詳しく報じていきます。

初回は山形県にある高齢化率42%の町・舟形を取り上げます。

町は地方創生臨時交付金649万円を使い、町から出土した縄文時代の国宝土偶「縄文の女神」のレプリカを2体製作しました。町長はこのレプリカで、町を盛り上げたいと意気込みます。

しかし住民との間には、溝がありました。

公民館に停められた役場の車にも、縄文の女神がプリントされていた=2022年1月31日撮影

町のあちこちに縄文の女神

山形県北部の内陸にある舟形町には、約5000人が暮らす。65歳以上の人口は42%に上り、町の全域が過疎地域になっている。

私は今年1月末、舟形町に向かった。東京駅から山形新幹線で3時間40分かけて新庄駅へ。新庄駅からはレンタカーを使い、30分ほどで町に入った。

舟形町は県内でも有数の豪雪地帯だ。当日は数メートル先も見通せなくなるほどの吹雪で、電信柱の3分の1ほどは雪に埋もれていた。

町内に大きな量販店や職場はない。町の人たちは、仕事や買い物は車で数十分の新庄市や尾花沢市に出るという。

町の名物は、東西に流れる小国川(おぐにがわ)で釣れる若鮎だ。毎年7月から10月の鮎釣りシーズンになると、観光客が集まる。9月の若鮎祭りにはコロナ以前では約3万人が参加した。町の高台にはコテージスタイルの温泉施設があり、テニスコートや野球場も備えている。取材で訪れた日はコテージが雪で埋もれていたが、施設の目印である真っ直ぐ上を向いた鮎のモニュメントが見えた。

もう一つ、町のあちこちで目にするのが「縄文の女神」だ。

1992年、町内の道路建設中に出土した縄文時代中期の土偶である。高さ45センチで女性の形をデフォルメしており、2012年には国宝に指定された。以来、舟形町は「縄文の女神の里」と打ち出している。

公民館には寄贈されたレプリカも飾られていた=2022年1月31日撮影

駅や役場、公民館など町のあらゆる場所で、大小さまざまな縄文の女神のレプリカを見つけた。取材中に目にしただけでも、発掘現場の「西ノ前遺跡」に1体、公民館に10体、舟形駅前の観光物産センターに2体あった。他にも休館中の舟形歴史民俗資料館にもレプリカがあるといい、その数は町教育委員会の職員でさえ把握できていないほどだ。

ところが町は、地方創生臨時交付金を使い、さらに2体のレプリカを製作した。一体なぜだろうか。私は役場に向かった。

大阪の業者に製作を依頼

舟形町役場=2022年1月31日撮影

役場にも、玄関にガラスケース入りの小さな縄文の女神のレプリカが置かれていた。

まちづくり課で名刺を渡すと、曽根田健課長が詳しい話を聞かせてくれた。

町が製作したのは、実際に出土した縄文の女神と形、重さ、色合いがほとんど同じの陶製の精巧なレプリカだ。2021年11月に、669万9000円で2体を製作。そのうち交付金で充当したのは649万円だ。現在は1体が町の公民館に保管され、もう1体は町長室に飾られている。

製作は、芸術作品や文化財の複製などを手がける、大阪府の業者に依頼した。町が提供した三次元計測データに基づき、表面の凹凸を再現。細かな色合いや質感は職人の手作業だ。

最大の特徴は、直接触れられることだ。ガラスケースの両側に空いた穴から手をいれ、質感を確かめたり持ち上げたりすることができる。

曽根田課長は、「子どもたちや地域の方が本物に近いレプリカに触れることで、地元への愛着や誇りの形成につなげてほしい」と話す。レプリカを製作するアイデアは、教育委員会からの提案だったという。

だが、レプリカは町内にたくさんある。これ以上必要なのだろうか。

翌日、森富広町長に話を聞くため、再び役場の町長室を訪れた。

今回の交付金で作られた、本物そっくりの縄文の女神=2022年2月1日撮影

触ることができる「本物に近い偽物」

町長室に入ると、窓際の中央に今回の交付金で作った縄文の女神のレプリカがあった。ガラスケースの底には鏡がついており、足の裏まで見ることができる。その隣の棚にも、大小さまざまなレプリカがずらりと並ぶ。紙や布で作られたものもあった。

町長室で取材に応じる森富広町長=2022年2月1日撮影

町長はソファに腰掛けると、こちらが質問するよりも先に語り始めた。

「今、国宝の土偶を持っている自治体が全国に5箇所あります。その中で出土した場所に本物がないのは、舟形だけなんです」

現在、縄文の女神は山形市内の県立博物館に所蔵されている。国宝に指定されると、文化財保護法の定めにより学芸員の配置や展示室の耐震工事など、展示のための細かな条件を満たす必要がある。舟形町ではそうした施設を作ることができず、縄文の女神を県立博物館から返してもらえないのだという。

町はプロジェクトチームを作り、女神の返還に向けて動き出している。だが、国宝を保管できる施設を作るとなれば、数億円の費用がかかるという。すぐには捻出できない。

「縄文土偶を好む観光客の方から問い合わせがあっても、本物がないとみなさんがっかりされる。今後コロナを克服してから町に訪れる人を増やそうと思ったときに、実物と同じものを作らざるを得ないと思った」。

「本物は国宝ですから、触れません。これは本物に近い偽物ですので、触ることもできるし写真撮影もできる。愛好家の方に来ていただければと」。

森町長はスマートフォンを手に取り、Facebookの画面をこちらに向けた。

「Facebookでは縄文クラブ、というようなコミュニティもあります。好きな方々にとっては本物に近いものが、必要だと思うんです」

森町長は「レプリカを見るついでに温泉施設などに寄ってもらえれば、町にお金が落ちる」といい、こう語った。

「(そちらが)お聞きしたいのは、無駄なものを作ったということだと思うんですが、今回のレプリカは他のものとは全然違います」

山形県立博物館にある、本物の縄文の女神=2022年2月2日撮影

帰京後に町長から届いたメール

だが、なぜ国の地方創生臨時交付金を使うのか。そこまでレプリカが欲しいなら、町の予算で作ればいい。その点を森町長に尋ねると、一般財源に占める公債費の割合が県内で一番高い点を挙げて言った。

「財政状況が悪い中でも、町として借金しながら本物の縄文の女神を展示する博物館を建てていかないといけない。それがいつ作れるかわからないが、その間何もしないわけにはいかないでしょう。こういうお金(交付金)を有効利用する形で、レプリカを作れば(観光客らに)来ていただけるだろうと思う」

だが交付金は、地方創生の名目で配られたものだ。地方創生にはどのように繋がっているのか。

森町長はたびたび「交流人口や関係人口を増やす」と口にした。交流人口とは通勤・通学や観光で町に立ち寄る人、関係人口とは町にルーツがあったり、地域に継続的に関わりたいという思いをもつ人たちのことだ。町に関係する人を増やすことで、特産品のお米の拡販や、観光客の集客につなげたいという。

地方創生政策が始まった当初の目的は、各自治体の定住人口増だった。

しかし実際には東京一極集中の状態が続き、地方への定住は進まない。関係人口は定住へのハードルを下げるために、2017年頃から総務省の検討会などで取り上げられるようになった概念だ。

舟形町も他の過疎の町と同様に、定住者の確保には苦戦している。森町長は言った。

「できれば移住してほしいですが、見ての通りこの雪なんですよ」

「でも4500年前の縄文人ですら、雪の大変なこの場所で暮らしていけたんです。縄文の女神は、誇りと自信を持ってここに住み続けるための一つの大きなシンボル。子どもたちに対する情操教育、郷土愛の教育に使っているんです」

インタビューの2日後、町長からメールが来ていた。

「コロナ収束後の地方創生を考えた時、全国1700余の自治体の中において、舟形町として差別化をはかれるのは、国宝土偶『縄文の女神』だと思います」

「何れにしても、製作して終わりではなく、それをツールとして交流・関係人口増をはかって地方創生につなげてまいりますので、是非、コロナが収束し、数年経ったら、検証取材に舟形町にお越しください」

実際に触らせてもらった=2022年2月1日撮影

「全然わかんねえ」

町長の取材を終えて役場を出た後、町の人に話を聞くことにした。

町民たちは触れるレプリカのことを知っているのだろうか。

役場のある通り沿いを数十メートル歩いたところに、精肉店があった。声をかけると、店の奥から店主の男性が出てきた。現在73歳で、40年近くこの場所で営んでいるという。

縄文の女神のレプリカができたことをご存知ですか、と尋ねてみた。

「レプリカはあるけど、いっぱいあんべ。同じやつ作るってか?」

「ふたつも作ったのか。俺、町民だけど全然わかんねえ。初めてこれ聞いたけど」

男性は縄文の女神を、「舟形のやつってより、山形県のやつだからにゃ」という。これまで女神を町に取り戻そうという町会議員もいたそうだ。

「別にここさ持ってきたって誰が見に行っかもわかんねえべ。やっぱり山形県の博物館さあったほうが見にくる人いるべね」

店を出て車に乗り、他の町の人を探した。家々の前を通り過ぎると、高齢者が腰を曲げて雪かきをしている姿が目についた。精肉店の店主が別れ際に言った言葉が頭に浮かぶ。

「もうそろそろ店やめんだわ。高齢者だし。別に子どもさ継がせるわけにもいかねえし。もう舟形は高齢者だけだわ。ぽつんぽつんと空きができてきてんだわ」

雪かき中の高齢女性にも声をかけたが、レプリカのことは知らなかった。「役場さ行ったらわかるよ。わしはわからね。悪いな」

4歳児の母「レプリカ作るなら子育てに使って」

役場の通り沿いで、雪かき中の男性にも声をかけた。現在72歳。退職する少し前に生まれ育った舟形に戻ってきたという。「町の税金の使い方について取材をしています」と趣旨を伝えると、男性は怒った様子で勢いよく話し始めた。

「俺はずっと言ってんだけど、若鮎のキャンプ場が今流行っててすごいんだよ。でも舟形の人がさ、誰も使わないじゃん。公園の整備だって我々の税金でやってもよ、舟形さ一銭も落とさねえでよ。落としてくのはよ、小と大だけだってあそこ。トイレも水道もみんな町のをタダで使ってるんだべ」

縄文の女神のレプリカの作成には、コロナの地方創生臨時交付金約650万円が使われたことを伝えた。

「町は目玉としてそんなものに金使うけど、我々から言わせればなんでこんなものって思うよ。誰も行かねえじゃん」

「コロナとは関係ねえよな。別のところでイカの像に使ったの思い出すよ。町会議員も騒ぐやついねえじゃん」

男性の隣に住む40歳の女性は、縄文の女神のレプリカが公民館に展示されたのを、4歳の子どもと一緒に見に行った。女性は舟形町の出身で、中学生の時に縄文の女神の発掘作業も手伝ったという。

「公民館で文化祭をやっていた時に見に行きましたけど、その時だけで、常設されても誰も見ないですよね。だったら子育てに回すとか、もっと違うことに使って欲しいです」

縄文の女神が出土した西ノ前遺跡公園。雪に埋もれ、中には入れなかった=2022年1月31日撮影

=つづく

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