公害「PFOA」

摂津市民と京大科学者が大阪府を動かした/追い込まれるダイキン

2023年02月24日20時27分 中川七海

2023年2月24日、ついに大阪府がダイキン工業への対策を求めると明言した。

全国一のPFOA高濃度汚染が広がっている摂津市の市民が、吉村洋文知事に対し、1万6317人分の署名を提出した結果だ。

この日、摂津市民と京都大学の研究者は共同で記者会見を開いた。「ダイキン」の企業名を出してこなかったマスコミ各社も参加した。

左から、「PFOA汚染問題を考える会」の谷口武事務局長、京都大学の原田浩二准教授、同小泉昭夫名誉教授

「将来を担う子どもたちが心配」

午前10時45分、私は大阪府庁4階の記者室に到着した。記者室には、NHK、毎日放送、朝日放送、読売テレビ、関西テレビといった在阪のテレビ局に加え、朝日新聞や産経新聞などの記者やカメラマンがいた。総勢25人。

会見の主催者は摂津市民からなる「PFOA汚染問題を考える会」だ。1時間ほど前に、吉村知事あての1万6317人分の署名を提出し、府事業所指導課の小梶登志明課長補佐から「今後ダイキン工業に対して対策を促進するなど、適切な対応をしていく」という回答を得たばかり。考える会の谷口武事務局長は「大阪府がダイキンに対して対策を求めると言ったのは大きい」と会見前に私に話した。

会見の冒頭は、谷口事務局長が発言した。谷口事務局長は元商業高校の教師で、退職後は小学校の学童保育の職員として、今でも子どもたちと接している。日頃は心優しくてどちらかというと物静かな人物だが、この日は怒りがこみ上げたからか、声に張りがある。

強調したのは、子どもたちの将来だ。全国一の汚染を記録しても摂津市、大阪府、そして国が互いに責任を押しつけ合う。住民たちは地域で穫れたコメを小学生が食べる行事を止めるため、校長や市長らに要請書を出すなど自ら動いてきたと説明した。

「日本最大、世界最大の汚染が見逃されていいはずがありません。心配するのは将来を担う子どもたちの未来です」

もちろん、子どもだけではなく大人たちも不安に晒されている。行政が動かない中、市民自ら京都大学の研究チームに血液検査を依頼した。2020年7月以降に検査した市民の85%が高濃度曝露していることが判明した。最も高い人で、非汚染地域の住民の70倍を超える。

谷口事務局長の話はどんどん熱が込もっていき、話はマスコミ各社へと向けられた。

「今まで私たちのところに、取材にきてくださった報道関係者がいくつかおられます。大変ありがたいと思っております。しかし、ほとんど取材だけで番組や新聞記事で報道されることはあまりありませんでした。それは、汚染源がダイキンという大企業であるため、たとえば訴訟リスクなどがあるのではないか、そう思っています」

ダイキンが汚染源であることを含めて、摂津市のPFOA問題を正面から積極的に報道していただきたいと願っております」

京大チーム「汚染源はダイキンで疑いない」

この会見には、京都大学名誉教授の小泉昭夫氏と、同准教授の原田浩二氏も参加した。私は、考える会にとって、これはとても効果的な作戦だと思った。なぜなら単なる住民の思いではなく、科学的知見でダイキンの汚染源としての責任を説明できるからだ。小泉氏と原田氏は摂津市を含む全国のPFOA汚染を20年にわたって調査している。

2人の共通の見解は、「汚染源がダイキンであることに疑いはない」ということだ。

例えば2004年、京大チームが全国の河川のPFOA濃度を調べた時のことだ。京阪神地域で特に濃度が高く、調査を進めると摂津市内にあるダイキン淀川製作所の排水に行き当たった。当時の世界のPFOA生産量の1割を排水していた。

2008年の大気中のPFOAについての調査結果も、淀川製作所が汚染源であることを示した。淀川製作所から450キロメートル四方の大気を実測とシミュレーションで分析したところ、淀川製作所から季節によって風向きを変えながら一年中PFOAが拡散していたことが判明した。この研究結果は、環境衛生分野での世界的有力誌『Environmental Science & Technology』に掲載された。

妊娠高血圧症や腎臓がんの基準値超え

小泉氏は、衛生学が専門で有害物質が健康に与える影響について長年研究してきた。

1994年には、硫酸製造工場での高熱を伴う「製錬所病」の原因が、水銀中毒であることを解明。英国の有力医学専門誌『ランセット』に論文を投稿した。労働安全衛生法の改正にまでつなげた実績がある。

この日の会見ではPFOA汚染による住民への健康影響についての懸念を述べた。題材にしたのは、2022年7月に米国で発表された『PFAS曝露、試験、及び臨床的フォローアップに関するガイダンス』(米国科学・工学・医学アカデミー)。

ガイダンスによると、血中濃度が2ナノグラム/ml以上の人に対しては、対処が必要だ。

これに対して、2022年6月の摂津市民11人を対象とした血液検査では、全員が2ナノグラム/mlを超え、内4人が20ナノグラム/ml以上だった。

例えば妊婦の場合、2〜20ナノグラム/mlの場合は、妊娠高血圧症の検査が必要になる。妊娠高血圧症は、妊娠前は高血圧でなかった女性が、妊娠20週〜産後12週の間に高血圧になる症状で、PFOAが引き起こす代表的な疾患の一つだ。母親の出血や肝機能の悪化、胎児の発育不全などを引き起こし、最悪の場合は母子の死亡につながる。

20ナノグラム/ml以上の場合は、腎臓がんや精巣がん、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患のリスクを考慮した処置が必要となる。

京大チームによる検査人数は市民の一部だが、健康に影響を及ぼすほどのPFOAが検出される割合は高い。

小泉氏は、ダイキンがそれでも摂津市民の健康不安への対応を行わないことに怒る。米国のダイキン工場では、摂津市の50分の1の汚染に対して400万ドル(約4億4000万円)の和解金を支払ったからだ。

「この問題を真正面から、透明性を高めて取り上げていただくことは、むしろダイキン工業の面目も、評価も上がっていく。それなのに隠しているというのは、一部上場の大企業として非常に残念なことだと思っております」

元ダイキン社員の勇気

会見は約1時間で終わった。

印象的だったのは、元ダイキン社員で、淀川製作所の近くに住む男性が記者会見に出席していたことだ。自身の血液から、非汚染地域の住民の3倍を超えるPFOAが検出されている。

男性は会見開始前、報道陣に、自身の顔を映さず、名前も報じないよう要請した。ダイキンによる対策を求めるようになってから、自宅にイタズラ電話がかかってくるようになったからだ。

誰が、どのような理由でイタズラするのかはわからない。ただ、雇用面など経済的に摂津市に恩恵をもたらしてきた「ダイキン城下町」で声をあげるのは難しいことは確かだ。

それでもこの男性のように勇気を出して活動に加わる動きは着実に出てきている。私が取材を始めた当初とは、明らかに状況が変化している。

大阪府は今後、本腰を入れてダイキンに対策を求めるのか。国もダイキンの責任追及に加わるのか。私は引き続き取材を続ける。

 

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