保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

「長崎新聞さんの名誉を毀損したわけよ」–共同通信編(3)

2023年05月22日19時34分 中川七海

2022年11月、共同通信の記者・石川陽一は文藝春秋から書籍を出版した。長崎市の私立海星学園で高校2年だった福浦勇斗(はやと)が、いじめを苦に自殺した事件を追った内容だ。

本の中で、石川は地元紙・長崎新聞の報道姿勢を批判した。長崎新聞がジャーナリズムの使命を果たさなかった事実を綴った。

この内容に、長崎新聞が怒った。出版元の文藝春秋ではなく、石川が所属する共同通信に強く抗議したのだ。

11月14日、抗議を受けた共同通信は石川を呼び出し、聴取を始める。

福浦勇斗くん(左)と勇斗くんの兄(右)。勇斗くんは当時1歳で、家族で長崎ペンギン水族館を訪れた=遺族提供

発行された翌日に

はじまりは、著書が発行された翌日の11月11日だった。石川が所属する千葉支局の支局長である正村一朗から「外部から抗議がきている」と石川に連絡があり、3日後に聴取を受けることが決まった。

数時間後、聴取を担当する法務部長の増永修平からメールが入った。石川は抗議の主旨と内容を尋ねた。だが増永は「内容については、当日にまとめてお話しします」と、教えてはくれなかった。

11月14日、聴取は千葉支局で行われた。本社からやってきた法務部長の増永修平と、総務局人事部企画委員の清水健太郎だ。

聴取の冒頭で、増永が言った。

「結論から言うと、出版された本について、長崎新聞から非常に強い抗議をいただいている」

だがこの後、増永から伝えられる具体的な指摘内容は、的外れなものだった。

25年間読者の遺族が長崎新聞をめくっても・・・

増永がまず挙げたのは、長崎新聞のある行為を「黙殺」と本で表現したことだ。

2020年11月17日、石川は「海星高が自殺を『突然死』に偽装/長崎県も追認、国指針違反の疑い」と共同通信から報じた。

これは、石川が放ったスクープだ。

勇斗が自殺した後、海星学園は遺族に対して、対外的には自殺ではなく「突然死」と説明することを提案した。遺族には、到底受け入れられない内容だ。一方で、「突然死」とすることを長崎県の総務部学事振興課は了承した。当時、学事振興課で参事を務めていた松尾修が「突然死という言い方まではギリ許せる」と遺族に対して言ったのだ。

石川の記事は反響を呼んだ。記事を配信したその日、Yahoo!ニュースではトップページに掲載され、一時はアクセスランキングで1位になったほどだ。

遺族のもとへは、メディアが相次いで取材を申し込んだ。父・大助が丁寧に取材に応じ、夕方以降のテレビニュースで早速報じられた。

遺族は、この時のことを次のように振り返る。

「反響の手ごたえを感じていたこともあり、当然のことながら、翌日の朝刊にはこの話題が掲載されるとばかり思っていました」

ところが、翌朝の報道は遺族の期待を裏切るものだった。

長崎県内で最もシェアが高い長崎新聞では、全く報じられていなかったのだ。

一方で、県外の朝刊では、東京新聞の社会面トップを含む少なくとも15の新聞が報じていた。

遺族は何かの間違いかと思った。再度、25年にわたり購読している長崎新聞をめくった。しかし、記事はどこにもない。

「他県では、問題視されている県の職員の対応が、なぜ長崎県内では取り上げられないのか、私たちには理解できませんでした。遺族と学校の対立は広く報道されるのに、批判の矛先が行政となるとためらいがあるのだろうか、と不安になりました」

これらの事実を根拠に、石川は本で、一連の出来事を「地元では無視された格好になった」と表現し、小見出しに「地元メディアは黙殺」とつけたのだ。

だが増永は納得しない。

「​​長崎新聞さんが『黙殺した』ということの根拠が僕には読み取れない」

「あなたがここに書いたことで、長崎新聞さんの名誉を毀損したわけよ」

聴取が始まって、まもなく1時間が経とうとしていた。

=つづく

(敬称略)

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