保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

共同・水谷社長「加盟社なしでは存立しない」–共同通信編(8)

2023年05月29日21時44分 中川七海

2022年11月14日、共同通信の記者・石川陽一は、法務部長の増永修平と人事部企画委員の清水健太郎による聴取を受けていた。文藝春秋から出した著作の中で、長崎新聞を批判したからだ。

長崎新聞への批判は事実に基づいている。

長崎県は、福浦勇斗(はやと)の自殺を「突然死」とする、海星学園から遺族への提案を追認した。石川が共同通信から報じたスクープだ。だが長崎新聞は、この件を最初は報じなかった。県が記者会見で不適切だったと認めた後は、他社が県を批判する中、県を庇う記事を書いた。

こうした長崎新聞の態度を、石川は著書で「黙殺した」とか「県に追従」と表現した。さらに、広告掲載料をはじめとする県から長崎新聞への多額の支払いがあることも指摘した。聴取の中で石川は、事実に基づき批判しただけだと反論する。

しかし増永らは、何とか石川に非を認めさせようとする。

なぜ共同通信は、ここまで長崎新聞のことを気にするのか。

Tansaが入手した共同通信社社報「KYODO NEWS No.892」(2023.4.25)より

新聞労連からの受賞を称えても

聴取では、法務部長の増永を中心に石川を問い詰めた。だが途中、攻め手に欠いた末の、苦し紛れの発言が何度かあった。

例えば石川が、書くべきことは書くという判断は揺らがなかったと伝えた時のことだ。増永は「そらそうか」と同意して、こう言った。

「これは若干裏切りになるけど、さっきから言うように遺族なんかはそう思ってたって言うんだったら、遺族が長崎新聞の報道ぶりをそう思ってたっていう批判の仕方はできなかったの? 」

長崎新聞への批判を、遺族による見解として報じれば、著者である石川や、石川が所属する共同通信への抗議を回避できたのではないか、と増永は言っているのだ。

人事部企画委員の清水は、石川を称えた。

石川が共同通信から報じた「長崎市の私立海星高いじめ自殺問題を巡る一連の報道」は2022年1月、新聞社の労働組合でつくる新聞労連の「疋田桂一郎賞」を受賞した。

賞の選考委員は、フォトジャーナリストの安田菜津紀、元AERA編集長の浜田敬子、ジャーナリストで元共同通信記者の青木理、元毎日新聞記者の臺宏士。「長崎支局から他支局の異動後も問題を何とか伝えようとする工夫と執念は今後のさらなる活躍を期待させる」と評価した。

清水は言った。

「賞の選考理由を見ると、ストレートニュースを重ねて書いたっていうのが非常に評価されていて、素晴らしい報道だったと思うんですよね」

しかし、それでも石川は最後まで責められる。増永が言う。

「じゃあ、もう一度聞きますけど、今の段階では『長崎新聞さんすいません』という感じはないですか」

運営費の4分の3が加盟社から

共同通信がここまで執拗なのは、長崎新聞が「お客様」だからだ。

共同通信は、自社で制作したニュースを「加盟社」と呼ばれる全国56の報道機関に配信する。加盟社のほとんどが、長崎新聞を含む地方紙だ。地方紙は、全国各地や世界各国に記者を配置することができない。共同通信に対価を支払い、カバーできない分野の記事の配信を受けて、日々の紙面を作るという仕組みだ。

共同通信からしてみれば、加盟社は収入源だ。社長の水谷亨は、共同通信の社員に対し加盟社の重要性を説いている。以下は、入社式で新入社員に述べた言葉だ。

「加盟社に毎月負担いただく社費で、共同通信社の運営経費の約4分の3が賄われています」(2020年4月)

 

「新聞の発行部数は年々減り、広告も落ち込み、新聞業界の経営環境が厳しくなっています。しかしながら、加盟社や契約社は懸命の努力を重ね、共同の経営を支えてくれています。加盟社や契約社なしには共同は存立しないということを覚えておいてください」(2021年4月)

 

全国55の新聞社とNHKの計56の加盟社が、運営経費である『社費』を払っており、共同の全体予算の4分の3を占めています」(2022年4月)

 

「最近では用紙代の値上げがさらに拍車をかけていますが、こうした厳しい中でも加盟社や契約新聞社、契約放送局は、いい紙面、いい番組をつくるため、共同を頼りにしてくれています。加盟社、あるいは契約社と共同の関係がいかに大事か、しっかり覚えておいてください」(2023年4月)

加盟社第一の姿勢は、社長の水谷だけではない。社報には、幹部たちにも浸透している様子がうかがえる。

その代表例が、総務局長の江頭建彦だ。今回の長崎新聞との一件では、石川への対応の責任者である。名古屋支社長になった当時の2020年9月25日号では、次のように語っている。

「今回の異動を申し渡された時、自分は取材編集現場や加盟社・契約社の皆さんを強く意識する感覚が衰えてはいないかと不安を覚えた。支社局は13年ぶり。名古屋支社は管内も含め初めてだ。『気を引き締めて』くらいではまったく足りない」

再度の呼び出し

11月14日の聴取は2時間に及んだ。別れ際には増永が、石川の生まれて間もない子どものことで「子育ては大変? 」と聞いてきた。石川が「働いている方が楽ですね」と答えると、増永と清水は笑い和やかな雰囲気になった。

だが聴取から4日後の2022年11月18日夕方、石川が所属する千葉支局の支局長・正村一朗からメールが入る。

「本社がもう一度ヒアリングをさせてほしいそうです。ついては22日火曜日はいかがでしょうか」

=つづく

(敬称略)

保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~一覧へ