ピックアップシリーズ

横須賀火力発電所建設で、CO2が一気に年間726万トン増 環境アセスに1970年代の数字を持ち出し

2023年06月06日13時21分 アナリス ガイズバート、渡辺周

JERAが建設中の横須賀石炭火力発電所=2021年4月22日撮影

神奈川県横須賀市久里浜で、大規模な石炭火力発電所の建設が着々と進み、試運転が始まっています。東京電力グループ(東京電力フュエル&パワー)と中部電力が出資する株式会社、「JERA」の発電所です。発電所のCO2の排出量は年間726万トン。横須賀市内のCO2排出量の4倍に上ります。

横須賀市は、温暖化対策を担う当時の環境大臣・小泉進次郎氏の地元。大量のCO2を排出する石炭火力に批判が強まる中、環境大臣の選挙区で建設が堂々と行われているのです。

環境大臣に就任した記者会見でこの点を聞かれた小泉氏は、この発電所については何もしない意思を示しました。Tansaの取材にも応じません。

地元の住民は横須賀での石炭火力を止めるため、国を相手取って裁判を起こしました。

環境問題に取り組むNPO「気候ネットワーク」のレポートによると、石炭火力からのCO2排出は日本の全排出量の2割を占めています。電力の中では日本政府によると6割です

日本政府は2021年4月、温室効果ガスについて「2030年度までに2013年度比で46%減らす」と宣言しました。従来の目標は同じ期間で26%削減するというものでしたが、一気にハードルを上げました。日本を含む世界の国々はパリ協定で、気温の上昇を18世紀の産業革命前に比べ1.5度以内にとどめる目標を立てましたが、このままでは達成できないとわかってきたからです。

石炭火力にとっては大逆風です。そんな中、JERAはなぜ新たな発電所の建設計画を実現できたのでしょうか。そして小泉氏はなぜ建設を止めようともしなかったのでしょうか。

世界で加速する「脱石炭火力」の流れに、日本の政府と電力会社が抗っている。インドネシアには日本の石炭火力の30倍の大気汚染物質を出す発電所を輸出し、日本国内では大量のCO2を排出する発電所を建設中だ。既得権益にしがみつく人々が、更なる気候危機を招いていく。本記事は2018年7月から2021年10月にかけて配信したシリーズ「石炭火力は止まらない」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

電力会社が石炭にこだわる理由

JERAが建設を進める石炭火力の敷地には元々、石油とガスを燃料にした東電の火力発電所があった。1960年に稼働を始め、高度経済成長を牽引した京浜工業地帯に電力を供給した。

だが2010年に発電所は稼働をやめた。経済成長の鈍化と共に電力の需要が減り、発電所も老朽化したからだ。原発事故後の電力不足に対応するため2011年7月に再稼動したが、それも2014年4月にはやめている。

古い発電所を取り壊し、石炭を燃料にした火力発電所を新たに作る計画が持ち上がったのは2016年のことだ。

2016年といえばパリ協定が発効した年だ。世界は温暖化を防ぐための「脱炭素」に邁進していた。しかし、日本の電力会社はまだ石炭火力にこだわっていた。なぜか。

日本の石炭火力発電所の問題を研究している京都大学地球環境学堂・学舎・三才学林のグレゴリー・トレンチャー教授はいう。

「日本の大手電力会社は、自然エネルギーへの専門性が低い。専門性が高いのは火力発電所と原発だ。自分たちの競争力を発揮するために石炭火力にこだわる」

実際、東電グループが2016年度に売った電力の電源構成は、以下のようなものだった。

天然ガス(LNG)火力 65%

石炭火力 20%

石油火力 4%

買い取りの自然エネルギー 4%

水力 3%

太陽光、風力、小規模水力、バイオマス、地熱 3%

その他 1%

自社で発電した自然エネルギーは水力も合わせ、6%しかない。同年度、ドイツは29%が自然エネルギーだ。

とはいえ日本も、ここから脱炭素の流れを加速する。日本もパリ協定を批准しており、石炭火力はどんどん追い込まれていたからだ。

だがJERAには石炭火力を新たに作るための奇策があった。

東京湾に面する横須賀石炭火力発電所=2021年4月22日撮影

環境アセスに1970年代の数字を持ち出す「ごまかし」

発電所の建設では、国は電力会社に対し「環境アセスメント」という手続きを定めている。大気汚染や騒音など発電所が周辺地域に及ぼす影響を、事前に評価する制度だ。

だがこの手続きを簡略化して建設のハードルを低くできる特例がある。効率が悪く古い発電所を新しくすることで、排出するCO2を減らせる場合だ。「火力発電所リプレースに係る環境影響評価手法の合理化に関するガイドライン」という。

国はこの特例を、地球温暖化を防ぐ対策として作った。古い発電所でCO2をたくさん出しているならば、一刻でも早く新しい発電所に切り替えてCO2を減らそうという発想だ。

JERAは横須賀の石炭火力計画を「古い発電所よりもCO2を出さない」として、その特例を利用した。

ところがそれは、かなりのごまかしだった。

横須賀の古い発電所は2014年以降稼働しておらず、現在はCO2を出していない。つまり現況はゼロだ。

にもかかわらずJERAは、1970年代初めに旧発電所が排出していた年間1,066万トンと、新発電所の排出予定量の年間726万トンとを比較し「CO2は減る」と主張していたことが発覚した。

横須賀石炭火力発電所の環境アセスメントにある旧発電所と新発電所の排出量比較

いつの時点の排出量と比べているかJERAが記していなかったため、建設に反対する訴訟で住民側の弁護士を務める小島延夫氏らが調べた。

旧発電所は時代と共に稼働率が下がり、CO2の排出量も減っていった。2009年は245万トンだ。しかしJERAは、旧発電所の全盛時の数字を引っ張ってきて比べていたのだ。

経産省は旧発電所の利用率のデータを持っている。つまり、JERAが提出してきた旧発電所のCO2排出量がいつのものか、把握できる。

しかし所管の経産省は2018年11月、環境アセスに関するこの特例を認めてしまった。

小島弁護士がいう。

「彼らは新たな発電所がCO2の排出削減にならないことをことをよく知っている。日本のど真ん中、東電と経産省とでそういうフェイクをやるとは思わなかった」

今は稼働しておらずCO2を出していない状態にもかかわらず、新たにCO2を排出することになる建て替えに対して、なぜ特例の「リプレースガイドライン」の適用を申請したのか。TansaはJERAの広報室に質問状を出した。

JERAはこう回答した。

「環境影響評価手続きを開始した時点では長期計画停止中であり、必要に応じて再稼働が可能である」

「火力発電設備のライフサイクルを考慮すると、長期間の稼働とともに、熱効率の低い発電設備の利用率が低下することは必然であり、熱効率が高い発電設備に更新するのがリプレースの本質である」

つまりJERAは「今は稼働していなくても、廃止ではなく必要な時に再稼動ができるようにしていた。今回の建て替えは新設ではなく再稼動にあたるので、古い発電所よりもCO2を削減できる設備であれば特例は認められる」と考えているのだ。

ではなぜ1970年代初頭の稼働率「85%」という過去の数字を持ち出して、CO2の排出量を比較するのか。

JERAは、新旧の発電所の排出量比較について、リプレースガイドラインが「設備利用率を同一として算出する」と定めていることを回答で挙げた。新発電所でJERAは85%の稼働率を想定しているので、その数字と同じ1970年代の稼働率とを比較しているのだ。

横須賀が地元の小泉元大臣、沈黙の理由

環境アセスでは、環境大臣も意見を述べることになっている。前環境大臣の原田義昭氏は2018年8月、横須賀石炭火力の環境アセスについて、経産大臣の世耕弘成氏に意見書を出した。次のような内容だ。

「日本は2016年にパリ協定を批准し、温室効果ガスの削減に取り組む必要がある」

「世界銀行をはじめ、外国の大手銀行は石炭火力への投融資をやめている」

「横須賀に建設予定の石炭火力は、新たに年間726万トンのCO2を排出することから、環境保全で極めて高いリスクを伴う」

原田は2019年8月には、東電社長の小早川智明氏を大臣室に呼んだ。そこで、石炭火力発電所全般について「極力抑制すべきだ」という内容の手紙を渡した。

環境問題に取り組む若者らの「Fridays For Future」やNGO「FoE Japan」が、「日本の政治家が2030年まで石炭火力全廃を発表しバイデン大統領に歓迎されるシーン」を横須賀の火力発電所の眼前で演じた=2021年4月22日に撮影

しかし翌月の2019年9月、原田氏から環境大臣を引き継いだ小泉氏は、トーンダウンする。

大臣に就任した2019年9月11日の記者会見で小泉氏は、環境問題の専門紙「環境新聞」の小峰純記者に横須賀の石炭火力について質問された。

「あなたの選挙区には横須賀石炭火力があって、今年の8月に環境アセスメントの手続きを終えました。4、5年先にはCO2をもくもくと出すんです。あなたは気候変動だなんだど綺麗事いってますけどね、いっそのこと東京電力の小早川社長を呼んで中止したらどうかといったらどうですか。まずは隗より始めたらどうですか」

小泉氏は「横須賀はいいとこですよ。ぜひ来てください」と応じ、こう答えた。

「石炭火力は減らしていきますよ。それは日本政府の方針ですもの。私もそうなるべきだと思っています」

「だけど政治家というのは、選挙区から選出されていることを地元の皆さんに感謝しつつ、日本全体、世界の中の日本ということを考えて仕事をするのが役割と思います。特に大臣という立場においていえば、横須賀だからということで、何かをやるっていうことは、私は大臣としては、それは違うというふうに思います」

小泉氏は横須賀の石炭火力について本当は何を考えているのか。Tansaは環境省の広報室を通じて小泉氏に取材を申し込んだが、多忙を理由に断られた。

小泉氏のことをよく知る自民党関係者が取材に応じた。その関係者は小泉氏の胸中を次のように推察した。

原発を動かすくらいなら石炭火力をやる方がいいという思いが、小泉氏の根底にある。

 

横須賀の石炭火力に反対しないのは、法的な手続きである環境アセスが経産省の担当だから。経産省と事を構えてまで反対の声をあげたくない。

 

そもそも横須賀では石炭火力に反対している人が少ない。野党や市民団体がたまに反対のデモをやっているぐらいで、その数も少ない。

環境大臣は動かなかった。横須賀をはじめとする三浦半島の住民の一部は、石炭火力を止めるため裁判という手段に出ている。

世界で加速する「脱石炭火力」の流れに、日本の政府と電力会社が抗っている。インドネシアには日本の石炭火力の30倍の大気汚染物質を出す発電所を輸出し、日本国内では大量のCO2を排出する発電所を建設中だ。既得権益にしがみつく人々が、更なる気候危機を招いていく。本記事は2018年7月から2021年10月にかけて配信したシリーズ「石炭火力は止まらない」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

シリーズ「石炭火力は止まらない」これまでの報道

横須賀編

(1)横須賀で石炭火力発電所建設、CO2が一気に年間726万トン増/地元の小泉環境大臣は「ノータッチ」

神奈川県横須賀市で、大規模な石炭火力発電所の建設が着々と進んでいる。東京電力グループと中部電力が出資する「JERA」という会社の発電所だ。発電所のCO2の排出量は年間726万トン。横須賀市内のCO2排出量の4倍だ。

(2)横須賀にも迫る気候危機、一変した海の底/経産省は自ら使ったデータを「否認」

2019年5月、横須賀市と近隣の住民48人が経産大臣を相手取って東京地裁で訴訟を起こした。大量のCO2を発生させる横須賀の石炭火力発電所の建設を止めたいからだ。経産省を相手取ったのは、発電所の建設に必要な環境アセスメントを承認する権限を持っているためだ。ところが裁判の過程で経産省は、自分たちがつくった資料のデータを含め、地球温暖化に関する基本的なデータを次々に否定しはじめた。東京地裁は2021年5月17日、経産省に対して、そうした裁判での「不誠実な態度」を改め、データに関する認否のやり直しをするよう求めた。

(3)世界の気候変動訴訟、判決の6割にあたる215件で勝利/各国政府が対策迫られる

世界では今、温暖化対策が不十分だとして、各国政府が訴訟で次々に敗れている。すでに判決が出た369件のうち6割に近い215件は、政府や企業など温暖化を進めてしまっている側に対策の強化を命じたのだ。背景には気温上昇を1.5〜2度に抑えるためのCO2排出許容量「カーボンバジェット」が急速に減っていることがある。気候変動訴訟はこれまで約40か国で1800件以上起きている。今後も、より厳しい温暖化対策を求める判決は続きそうだ。

 

インドネシア編

(1)公害経験国のもう1つの顔 : 石炭火力は止まらない ー アジアのなかの構造的差別

公害を防ぐ日本の高い技術があるのに、なぜそれが使われないのだろうかーー。日本と韓国の商社や電力会社が出資する石炭火力発電所がインドネシアに次々につくられつつある。すでに稼働している発電所は日本では公害防止基準をクリアできないものだ。住民は反対の声を上げるが、日本と韓国、インドネシアの政府は意に介さない。

(2)進む丸紅、退く韓国:石炭火力は止まらない ー アジアのなかの構造的差別

日韓の商社や電力会社が建設したチレボン石炭火力発電所には、公害防止に日韓では必須とされている技術が使われていない。日本と韓国が東南アジアの途上国に、自国の環境基準をクリアできない発電所をつくる。なぜなのか。建設コストを抑えるためだ。そこには、発展途上国を軽く見る「構造的差別」があるのではないか。だが私たちがこの問題を報じてから、韓国中部電力は3号機の中断を決め、再生エネルギーへの転換を表明した。

【速報】インドネシアの石炭火力めぐり汚職事件

国際協力銀行(JBIC)や丸紅が関与するチレボン石炭火力発電所の2号機建設をめぐり、インドネシアの独立捜査機関(KPK)が韓国・現代建設の幹部を贈賄の疑いで容疑者認定した。

(3)丸紅が出資の石炭火発事業めぐり、韓国・現代建設幹部に贈賄容疑 インドネシアの捜査機関

インドネシア西ジャワ州のチレボン石炭火力発電所2号機の建設をめぐり、建設工事を請負っている韓国の現代建設の幹部が、建設事業の許可を得る見返りに前チレボン県知事に63億6,998万5,000ルピア(約4,670万円、1ルピア=0.0077円)を渡した疑いがあることがわかった。

(4)「国民に説明を」「融資やめるべき」 インドネシア石炭火力汚職事件で環境NGOが国際協力銀行(JBIC)に抗議

日本の環境NGOのネットワーク「 JBICの石炭発電融資にNO! ー No Coal Go Green (ノー・コール ゴー・グリーン) !ー」が11月27日、同2号機に融資をする政府100%出資の公的銀行、国際協力銀行(JBIC)の前で抗議活動をした。「2号機への融資をやめるべきだ」「国民に説明を」などと、沿道を歩く人たちに呼びかけた。

(5)インドネシア石炭火力汚職事件 現地の環境NGOと弁護士が会見

現地の環境NGOのメンバーと弁護士が12月5日、東京都内で会見した。政府100%出資の公的銀行、国際協力銀行(JBIC)が問題の2号機への融資を中止するよう訴えた。会見したのは、首都ジャカルタに本部を置く環境NGOインドネシア環境フォーラム(WALHI)の都市・エネルギー問題キャンペーンマネージャー、ドゥウィ・サウン氏とバンドン法律扶助協会のラスマ・ナタリア弁護士。2人は長年、チレボン石炭火力発電所に絡む問題に取り組んできた。

(6)インドネシア・チレボン石炭火力 地元の住民が融資停止を求める書簡をJBICに提出

建設事業に反対している地元の住民組織「ラペル(Rapel Cirebon)」が、政府100%出資の公的銀行である国際協力銀行(JBIC)の前田匡史総裁あてに、2号機への融資を中止するよう求める書簡を提出した。書簡では「贈収賄事件が公に明るみとなった今、2号機に対するいかなる支援も停止しなくてはならないと考えています」としている。

ピックアップシリーズ一覧へ