ベーシックコース

倒産危機で見直したジャーナリズムの使命/ニューヨーク・タイムズV字回復への道のり/マーティン・ファクラーさん講演

2022年8月28日(日)、ゲスト講師に元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーさんを迎え、Tansa Schoolベーシックコース2期生の研修会を開催しました。

講演のテーマは「どのようにニューヨーク・タイムズは、V字回復を果たしたのか」。ニューヨーク・タイムズは、2000年代後半に一時倒産の危機に直面しましたが、今や有料購読者数は1000万人を超えています。

Tansaは今回、V字回復の過程から、メディアや記者が成長していくのに欠かせないことは何かを学ぶため、ファクラーさんに講演を依頼しました。

(マーティン・ファクラー氏)

マーティン・ファクラー

1966年アメリカ・アイオワ州生まれ。イリノイ大学でジャーナリズムの修士号を、カリフォルニア大学バークレー校で歴史学の修士号(現代東アジア史専攻)を取得した後、1996年からブルームバーグ、AP通信社で記者として活躍。2005年からニューヨークタイムズ東京支局記者。2009年、支局長に就任する。ジャーナリストとして『ニューヨークタイムズ』を始め、『フォーリン・ポリシー』『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』などにも寄稿。著書に『世界が認めた「普通でない国」日本(祥伝社)』、『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』、『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』(双葉社)など。 

研修会には、大学教授や若手記者、NGO職員など15人が参加しました。

参加者は、冒頭の自己紹介で「業界紙で働いており、記者は営業も兼ねなくてはならない。自分の会社の経営状況に危機感を感じている」といった日頃の悩みを共有しました。

研修会後、参加者は1時間近く会場に残り交流しました。研修会の感想をお互い共有し、更に学びを深める機会となったようでした。

以下、編集長コラム第24回「NYタイムズ『V字回復』に学ぶ」より一部抜粋し、研修会のレポートをお届けします。

編集長コラム第24回はこちらよりお読みいただけます。

 

支局員の解雇から始まった仕事

ニューヨーク・タイムズがいかに経営危機にあったか。タイムズスクエアの近くに新しく建てた本社ビルを、お金がなくて売ったというエピソードが象徴的だ。売却した上で、自分たちは家賃を払って入居したという。

ファクラーさんも経営難のあおりを体験する。2009年に東京支局長に就任した際、最初の仕事はスタッフ3人を解雇することだったのだ。「人を解雇するのは、戦争の次くらいに辛いものだ」とファクラーさん。

しかし、ここからニューヨーク・タイムズは脱皮していく。

ニューヨーク・タイムズの編集主幹であるジル・エイブラムソンさんが、ある目標を掲げたのだ。編集主幹は編集部門の責任者で、エイブラムソンさんは2011年にニューヨーク・タイムズでは女性として初めてその任に就いていた。

目標とは、当時は9割が新聞からの収入、1割がデジタルからの収入だったのを「2020年には全てデジタルからの収入で編集経費を賄えるようにする」というものだった。ファクラーさんいわく「ネットでも記事を出している新聞社」ではなく、「新聞も発行しているネットメディア」を目指すものだ。

この目標のもと、エイブラムソンさんは社内のジャーナリストたちを集めて、「君たちの将来をみんなで考えて新しいアイディアを出しなさい」と指示する。ファクラーさんも参加した。アイデアは4つのレポートとして結実。社内で共有し、実行していく。

2014年 『Digital innovation report』

2015年 『Our path forward』

2017年 『Journalism that stand apart』

2018年 『Mobile first』

オンリーワンの報道を

改革を実行する際にニューヨーク・タイムズが大切にした考え方で、私が興味深かったのは以下の3つだ。

①記者の姿が見える記事を読者は求めている。以前は記事中に「私」が出てくるのは御法度だったが、今は「私」が不在の記事は信用もされない。

②トランプ氏のように大統領でも嘘をつき、それがSNSで拡散するような時代だからこそ、ジャーナリズムが求められている。

③読者は馬鹿じゃない。オンリーワンの報道を求めている。発表されたことをそのまま書く「記者クラブ報道」と違い、探査報道はオンリーワンのコンテンツである。

ニューヨーク・タイムズが躍進したのは、スマホで読まれることを前提にしたコンテンツ作りを徹底していることや、米国発のニュース需要に支えられ海外の購読者が4分の1ほどいることも大きいだろう。

しかし、ジャーナリズムの使命を自立した個人が果たすという原点回帰が最大の成功要因ではないだろうか。

 

受講生とファクラーさんのQ&A(抜粋)

Q:紙からスマホへ媒体が移ることは大きな変化だったと思う。それまで社内で行ってきたことを根本的に変えるのは大変な作業だったと思うが、社内教育はどのように行っていたのか。

A:紙媒体からスマホへ変換するには20年を要した。リーマンショックでは、変化に対応できなければ、新聞社すらも倒産する可能性があるということを誰もが実感した。その危機感は共通して持っていたと思う。だから大きな変化にも取り組むことができた。

記者が編集者になることもあった。記者は書き手としてのこだわりだけでなく、「読み手はどのようなものが読みたいか」という両視点を持つことができた。デジタルの導入により、紙媒体の時にはわからなかった数字がはっきり見えてくるようになった。例えば、同じタイミングに出した記事でも、どちらがより見られているかわかるようになった。数字の分析を重ね、明確になった問題点を皆で共有し改善した。

 

Q:調査報道をさまざまな人に読んでもらえるような戦略はあるか。

A:基本的には、映画や小説と同じように主人公を追いかけたくなるストーリーを記事に書く。調査報道において、人間のストーリーを書くのは、今も昔も変わらず同じ戦略だ。ネットの発達により、文字だけではなく、地図、グラフ、動画や画像を記事中に入れられるようになった。ニューヨーク・タイムズはこれらをフル活用した。

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