
留学先でのジャーナリズムの授業=イギリス・コルチェスターで2026年3月17日、佐々木紘子撮影
イギリスに留学して5カ月が過ぎた。6階建ての図書館でも、目当ての本をすぐに探し出せるぐらいに慣れてきた。
大学では、ジャーナリズムを学んでいる。「International Journalism and News Reporting」という授業では、ジャーナリズムが直面している問題や、紛争地域における報道を考える。課題の一環で、異なるメディアが一つの出来事をどのように報じているかを比較した。
私は、2024年12月の韓国での戒厳令発令をテーマに選んだ。
寮の自室でパソコンに向かい、日本の新聞記事を検索していた時のことだ。ある記事を目にし、思わず声が出た。
「『その場で撃たれる分には大丈夫』・・・え?」
「撃たれる分には大丈夫」な記者
目を疑ったのは、朝日新聞の2024年12月28日付のコラムだ。
筆者は、朝日新聞・編集委員(当時)の高橋純子氏だ。見出しは「(多事奏論)心の年賀状『いざ』に備える反射、日々鍛えて」。コラムはこのように始まる。
「できるかな?」
「できますね」
過日、東京・丸の内。眼下に皇居の暗闇をとらえながら、年下の女性と日本酒を酌みかわしつつ話題にのぼったのは、韓国のトチ狂った「非常戒厳」、それに対し、「銃を下ろしなさいよ! 恥ずかしくないの?」と戒厳軍の銃をつかんで抗した野党の女性報道官のこと。
自分も「いざ」という時、あんな風に行動できるだろうか? 私が「拷問は嫌だけど、その場で撃たれる分には大丈夫だと思う」と言うと、彼女は「わかる!」。(以下、略)
2024年12月3日、韓国のユン・ソンニョル大統領(当時)が宣言した戒厳令に対し、韓国市民が抵抗した。戒厳令は、国民の言論の自由や集会の自由を制限する。権力の暴走を止めるため、深夜にも関わらず、推定約4,000人の市民や国会議員が国会に集まった。
その中に、国会に投入された兵士の銃を掴んで、抵抗しようとした野党の報道官がいた。
「その場で撃たれる分には大丈夫」という高橋氏の発言は、報道官の行動を振り返っての言葉だった。
戦地から同僚の死を報じるジャーナリスト
高橋氏の発言に対する驚きは、徐々に怒りに変わった。
世界では、命を落とすジャーナリストがあとを絶たない。国境なき記者団の調査によると、2025年には世界で58人のジャーナリストが殺害された。
その半数はパレスチナで亡くなっている。授業で見た、アラブ圏の衛星放送「アルジャジーラ」のリポーターの言葉が忘れられない。
「同僚の死を報道するのはこれが初めてではない。でも、毎回初めてのようだ」
ヘルメットと防弾チョッキを身に着けた彼女は、泣きながらカメラの前で語った。
動画を見た後にクラスメイトたちとディスカッションをした。
「怖い」「悲しいけれど、これが戦争や戦争報道のリアル」「家族のことを想像したら、仕事を続けられるか分からない」という意見が出た。私も恐怖を感じた。
戦地ではない日本でも、ジャーナリストになれば、恐怖を感じる瞬間があるだろう。
Tansaのメンバーも、身の危険を感じたことがあるという。たとえば直近のシリーズ「TM特別報告書」の連載中、記者の自宅前に不審な車が止まっていたり、非通知電話がかかってきたりしていた。
ジャーナリストは、身の危険を伴う職業だ。だからこそ自身の命を大切にし、生きて、人々に事実を伝え続けようと踏ん張る。
高橋氏は、韓国の野党報道官や各国のジャーナリストたちが感じたはずの恐怖や悔しさをなぜ想像しないのか。
想像力に欠けた言葉を掲載した、朝日新聞にも疑問を抱いた。
怖くても、事実を報じるために
私は、高橋氏のような楽観的な考えは持てない。銃口を向けられたら恐怖を感じるだろう。
それでも、ジャーナリストになりたいという思いは決して揺らがない。
仕事を楽しみ、やりがいを感じているジャーナリストたちを知っているからだ。
Tansaのメンバーは、会議中によく「面白い」と発言する。追及相手の曖昧な態度や資料にある違和感が「面白い」。状況を打破できる事実を手に入れた時のメンバーの顔は生き生きとしている。
韓国の独立報道機関「ニュースタパ」の前編集長のキム・ヨンジンさんも「面白がる」ジャーナリストだ。
戒厳令を発令したユン前大統領の検事時代の不正を報道したことで、タパは政治権力による弾圧の標的になった。タパの事務所や記者の自宅は家宅捜索を受け、当時編集長だったヨンジンさんは検察の取り調べを受けた。裁判は、捜査から3年目になる現在も続いている。
一連の弾圧を、タパはドキュメンタリー映画「非常戒厳前夜」に記録した。2025年9月、映画の試写会に際して、ヨンジンさんが来日した。冗談をよく言うヨンジンさんは「もし逮捕されたら、またタパの支援者が増えるかもしれない」と言い、会場を笑いにつつんだ。
だが、映画の中で国家権力と闘うヨンジンさんの眼差しは真剣だ。ユン政権と一体となってタパを追及しようとするマスコミの記者たちの前で、こう述べた。
「独立メディアの拠点を守り続ける」
私が目指すのは、「撃たれる分には大丈夫」と口走るような記者ではない。弾圧や死を簡単に受け入れたりはしたくない。そのようなジャーナリストに、犠牲者は救えない。
たとえ怖くても、事実を報じるために最後まで諦めず、面白がりながら闘うジャーナリストになりたい。

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