公害「PFOA」

「800ナノグラム/L」を「1ナノグラム/L未満」と虚偽報告した町【岡山・吉備中央編-4】

2024年06月11日18時00分 中川七海

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水道水のPFOA汚染公表から2日後の2023年10月18日。岡山県吉備中央町の町民たちは、ある事実に辿り着いた。

日本水道協会のホームページに、2020年度のPFOA濃度が掲載されていたのだ。

町は10月17日の住民説明会で、2020年度の濃度は「測っていないから分からない」と言っていた。

町と日本水道協会のどちらが正しいのだろうか。

吉備中央町・賀陽庁舎=2024年5月30日、中川七海撮影

「1ナノグラム/L未満」に安心

10月18日朝、吉備中央町に住む阿部順子の元に、友人の米沢早紀(仮名)から1本のメールが届いた。

「日本水道協会のホームページに水質検査結果が公表されています。2020年度は低い数値になっています」

「2020年度の数値? 」。順子は首をかしげた。昨夜の住民説明会で、町は「2020年度以前はPFOA濃度を測っていない」と言っていたからだ。

不思議に思いながらも、順子は日本水道協会のホームページを開いた。全国の浄水場の水質検査結果がまとめられている。その中に、高濃度のPFOAが検出された吉備中央町・円城浄水場の記録があった。

町の説明通り、2022年度の表には「1,400ナノグラム/L」、2021年度の表には「1,200ナノグラム/L」が記載されている。

そして、2020年度の表を見つけた。順子はPFOAの値を探した。

「本当にデータがある…」

2020年度のPFOA濃度は、「1ナノグラム/L未満」だった。

なぜ、町が「測っていない」と説明した2020年度のデータが存在するのかはわからない。

だが同時に、少しほっとした。汚染水を飲まされていた期間が、2021年〜2023年の2年間だと確定したからだ。

ただ、この「1ナノグラム/L未満」というデータが間違っている可能性もある。順子は日本水道協会に電話し、データの出所を確認することにした。

電話口の担当者が言う。

「吉備中央町から提出されたデータです」

町職員は、まるで初耳

電話を切った順子は、隣にいた夫の直樹に、「1ナノグラム/L未満」は吉備中央町のデータであることを告げた。

直樹が町の水道課に電話をかけた。

「日本水道協会のホームページに、2020年度のPFOA濃度が載っていたのですが」

「えぇ! 本当ですか? 」

電話口の職員は、まるで初めて聞いたかのような反応だった。

直樹は「日本水道協会に問い合わせると、吉備中央町から提出されたデータだと言っていたのですが、そうなのですか? 」と尋ねた。

職員は慌てながら言った。

「上の者に確認して、折り返しご連絡します」

直樹が電話を置いてから、数時間が経った。午後になっても、折り返しの電話が一向に鳴らない。

痺れを切らした直樹は、役場が閉まる前に、再度水道課に電話した。

「今朝、2020年度のPFOA濃度の件でお電話した阿部です」

職員は、直樹の声を聞くなり言った。今度は、落ち着いた声色だった。

「その件については明日、記者会見を開いて説明します」

国の目標値の16倍

町が情報を出さない以上、メディアを頼るしかない。

翌19日の朝から、順子と直樹はテレビニュースで会見の中身が報道されるのを待った。

ようやく放送されたのは、夜のニュースの中だった。

順子と直樹は、本当は2020年度の値もあったこと自体を伝えるニュースだと思っていた。日本水道協会のホームページに記載されている値は、「1ナノグラム/L未満」。3年前までの水道水については、心配する必要はなさそうだからだ。

ところが、ニュースは数値を問題にしていた。

「今日、新たに、2020年度の調査でも、(国の目標値の)16倍の値だったことが分かりました」

二人は耳を疑った。ニュースは続く。

「(日本水道協会が実施する)水道統計調査への報告では、実際には『800ナノグラム/L』が検出されていたにもかかわらず、町は『1ナノグラム/L未満』と記入していました」

高濃度を保健所に報告しなかった町

一体、何が起きているのか。

町長の山本雅則はこの日、ホームページにある文書を掲載した。

表題は、「円城浄水場の有機化合物検出における検査結果について(お知らせ)」。

令和5年10月17日付報道発表において、同浄水場での水道法で定める水質検査項目に加え、国の通知に基づく、水質管理目標設定項目検査を過去2年(令和3、4年度)実施し、暫定目標値を超える数値が検出されたとしていましたが、令和2年度においても検査を実施していたことが判明しました。

 

また、令和2年度の検査結果の数値は、800ナノグラム/Lでしたが、その際に備前保健所に報告しておらず、翌年度に行った令和2年度水道統計調査における報告においては、町において入力を誤り1ナノグラム/L未満として報告しておりました。

 

町民の皆様におかれましては、ご迷惑をおかけしますとともに、あらためてお詫びいたします。今後判明した情報につきましては、事実関係等を確認次第、随時ホームページにてお知らせいたします。

文書は、町民が納得のいく内容ではなかった。

高濃度を検出したにもかかわらず保健所に報告していなかった理由も、「800ナノグラム/L」を「1ナノグラム/L」だと入力した背景も、2019年以前の濃度も、町民が知りたいことは何ひとつ書かれていなかった。

「本当に入力を誤っただけなのだろうか。意図的に数値を隠した可能性もあるのではないか」

「なぜ住民説明会を開かないのか。質問されると困ることでもあるのか」

そう考えざるを得ない、根拠のない文言ばかりが並んでいた。

「ずっと飲んできたかもしれない・・・」

ニュースを見た順子と直樹は、日本水道協会のデータの存在を教えてくれた、米沢早紀と夫の大地(仮名)に電話を繋いだ。

直樹の第一声は、「これはやばいね」だった。

高濃度のPFOAが入った水道水の飲用は、2年間だと思っていた。だが実際は、3年間だった。

さらに4人は、重大なことを知る。

実は、国がPFOAを水質検査の対象に加えたのは2020年4月だった。そのため、2019年度以前のPFOA濃度は計測されていない。2019年度以前のPFOA濃度を知る術がないのだ。

少なくとも3年間の飲用は確定した。その上、さらに何年も、もしかすると、吉備中央町に移って来てからずっと飲んできた可能性だってあるということだ。順子たちは思った。

「もう町は頼れないね。自分たちでなんとかしよう」

(敬称略)

=つづく

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